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卑弥呼伝 〜最強の精霊使いが女王になるまでの物語〜  作者: 山本 正彦
第一部 倭国大乱編
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第二十一話 コユ国

 ヒミクコ王子はコユ国の歓待を受けていた。贅を尽くした料理に酒、そして美女。これから防衛戦を行うというのになんとも悠長なことだ。思わずため息をついた。


「陛下、まずはお人払いをお願いいたします」


 コユ国王ツノヲカミは小心な男だとは聞いていた。しかし、それは想像を超えていた。年齢は三十歳くらいで、自分の方がひと回りは年下だ。その自分に対して顔を床に擦り付けんばかりにして頭を下げている。


「ヒミクコ殿。どうか……どうか、我らをお救いください」

「お顔をあげてください。もう安心です。我らが来たからにはコユ国の地に敵兵は一兵たりとも入らせません」

「ですが、ヤマト国は一万の軍勢を集結しているというではありませぬか」

「なに、我らも本国から増援がやってきます。敵が一万で攻めるというならば我らは二万で守ればよいだけの話です」

「二万……本当にそれだけの軍勢をよこしてくださるのですか」

「あたりまえではありませんか。我らは同盟国なのです」


 ヒミクコ王子は内心困惑していた。国王がこれではコユ国の民の不安は増すばかりだろう。同盟国としてそれでは困る。わざわざ『二万』という大げさな数字を示したのも少しでも王の不安を和らげるためだ。


「しかし、ヤマト国が我が国周辺で米を買い占めているというのです。一体どれだけ兵を増強しようというのか……」

「まずは陛下のお名前でご命令いただき、米の取引を禁じていただきとうございます」

「なるほど、敵を兵糧攻めにするのですね」

「……」


 攻められているのは自分の国ではないか。米を買い占められて干上がるのはヤマト国ではなくコユ国の方だ。それすら分からないくらい、この王は錯乱しているのだ。


「兵糧の問題に関しても我らにお任せください。クナ国にはまだまだ大量の備蓄がございます」

「は、はい。全てお任せいたします」

「さて、せっかくのおもてなしですが、時間が惜しい。早速今後の方策を話し合いましょう」


 ヒミクコ王子はあいさつもそこそこにコユ国の重臣も交えて打ち合わせを始めた。


 その頃、キクチヒコとミツハは別室に詰めていた。キクチヒコはミツハが連れてきたウサギを預かって膝に抱いている。


「おまえさぁ、なんでこいつを連れて来てんの?」

「一緒にいたほうが落ち着くんだよ」

「こいつが?」

「両方。わたしもサクラも落ち着くの」

「へぇ。まぁ、おまえは剣を振って戦うわけじゃねぇしな。こいつが邪魔になることもないか」


 会話を交わしながらも、ミツハは守護霊を操ってヤマト国軍の先遣隊の様子を探っている。鳥の守護霊の目を借りて、彼女の脳裏にはコユ国のはるか北、オオキタを上空から見た様子が映っている。コユ国とオオキタ、二つの場所に意識を置いて平然と会話をしている様子から言って、彼女の巫術師としての能力も中々のものと言えるだろう。


「見えた。まだ、オオキタにいるね」

「数は?」

「変わっていない。相変わらず二千ってところね」

「ヒミクコ様のおっしゃるとおり、俺達をおびき寄せているだけか」

「それはわからない。本当はヤマト本国の方を探れたら良いんだけど……」

「やればいいじゃないか」

「師匠ならできるかもしれないけど、私には無理。ここからは遠すぎるんだよ」

「だったら、もっと近づくしかねぇんじゃねぇかな」

「オオキタでぶつかるべきってこと?」

「うーん。そこまでは分かんねぇ」


 キクチヒコはウサギを抱き上げると、そのままごろりと横になった。


「だってよぉ、オオキタまで行くってことは、ヤマト国の誘導に乗っかるってことじゃねぇか?」

「そうねぇ」

「どうだ? 敵の様子に変わりはあるか?」


 ヒミクコ王子が不意に現れた。打ち合わせが終わったと見える。キクチヒコは慌てて飛び起きた。


「で、殿下! もう打ち合わせは終わったのですか」

「寝ていろ。この後、おまえには体を張ってもらわねばならんかも知れん」

「いえ、眠たいわけじゃないんで平気です。やっぱり、オオキタへ打って出ますか?」

「いや、様子を見てからだ。ミツハ、敵の様子は?」

「動きがありません。ただ、噂通り米をかき集めているのは確かです」


 判断が難しいところだ。オオキタまで足を伸ばすと、ヤマト国の本当の目標が阿蘇周辺国の攻略だった場合にはかなり遠回りで引き返すことになる。オオキタから西へ出て阿蘇山のふもとを抜ければ近いが、抜けた先にあるのは今年に入ってヤマト国陣営に下ったソナ国なのだ。


「これが敵の指揮官……」

「何が見えた?」

「殿下、見えました。敵の指揮官と……これはおそらく巫術師」


 ミツハの脳裏にふたりの人物が映った。窓越しに見えたのは鎧姿の武人。そして、向い合って何かを話している白装束姿の老婆だ。


「何を話しているかは聞こえるか」

「もう少し近づいてみれば聞こえるかも知れません」


 ミツハは守護霊を動かして窓枠に留まらせた。だが、すぐさま老婆がそれに気づいた。守護霊越しでも強烈な威圧感を感じる。


「うっ! こっちに来る!」


 思わずミツハは声を上げた。老婆が近づいてくる。呪符を取り出して何かを口ずさみ始めた。呪符がぼぅっと鈍い光を帯びる。


(殺られる)


 そう感じた瞬間、ミツハは無意識の内に守護霊を引っ込めていた。大きく肩で息をして、がっくりと両手を床についた。にわか雨にでもあったように全身が汗でびっしょりと濡れている。


「大丈夫か?」

「……」


 キクチヒコが駆け寄るが、ミツハはまだ呆然としている。


「……なんなの……あれ」


 師匠であるカエデからも感じたことがない威圧感。思い出すだけで気が遠くなりそうになる。圧倒的な力量の差を見せつけられた感じだ。

 ヒミクコ王子はその様子を見て決断した。


「行こう。奴らがこれほどの巫術師を同行させているからには放っておくわけにはいかない」

「やりましょう。蹴散らしてやる」

「しかし、正面からは当たれないな。遠くから巫術師だけでも狙い撃てればいいんだが」


 ヒミクコ王子は深刻な表情のままキクチヒコに向き直った。


「キクチヒコ、やはりおまえには体を張ってもらわねばならないようだ」

「俺が敵に正面からぶつかって巫術師を表に出すんですか」

「そうだ。勝つ必要はない」

「やりますよ。乱戦に持ち込めばいいんですよね」

「わたしも行きます。巫術師には巫術師。鬼神で敵を蹴散らしていれば、向こうの巫術師も動くはずです」

「よし。ただし、深入りはしない。退く判断は俺がやる。巫術師に隙が見えなければすぐに撤退だ」


 キクチヒコとミツハは深くうなずいた。狙うは巫術師の命のみ。


 コユ国からオオキタまでは五日ほどかかる。この時代のワ国には馬がいない。ひたすら徒歩だ。海岸線を北上した後、現在の延岡市周辺の村で一泊。そこからは北川にそって内陸を行く。

 ウメと呼ばれる地域がある。コユ国とオオキタのほぼ中間地点だ。山奥の地で、人はわずかにしか住んでいない。そこで二泊目。そこで思わぬ人物と出会った。

 

「ヒビキ、久しいな」

「へい、このようなところで殿下とお目にかかろうとは思ってもいやせんでした」


 商人の従者の一人、トビスケに脚を刺された小男だ。今だに脚を引きずっているが、その脚をかばいながらもヒミクコ王子の前に膝まずいた。


「コダマとワタリはどうした」

「コダマ様はヤマト国の将に捕らえられやした。その時にワタリはその場で切り捨てられて、あっしだけ逃げのびやした」

「そうか……」


 ヒミクコ王子が密かにヤマト国の勢力圏に構築していた諜報網の点と点を結ぶ役が彼ら三人だった。しかし、それはすでに寸断されていたのだ。


「殿下、ヤマト国の軍がオオキタから阿蘇へ向かいやした」

「なに?」

「散々噂が流れてますが、兵力一万なんていうのも嘘っぱちです。二千がいいところだ」

「やはり陽動だったか」

「すいやせん。あっしらがちゃんと情報を伝えていれば……」

「仕方あるまい。だが、よく伝えてくれた。引き返すぞ」

「へい」

「おまえはここに残れ。その脚では山道を歩くのも辛いだろう。オオキタに俺の部下を潜入させる。そこからの情報を逐一クナ国へ送れ」

「かしこまりやした」


 ヒミクコ王子はキクチヒコとミツハを呼んで指示を出した。


「引き返す。キクチヒコ、これからはおまえたちの疲労は考慮していられない。付いて来れられた者には褒美を出す。脱落した者はクナ国に到着したらそこで待機。よいな」

「はっ」

「ミツハ、カエデと連絡をとれ。『ヤマト国のコユ国攻めは陽動。陽動部隊は兵数二千。巫術師も同伴。オオキタから阿蘇へ移動中。ヤマト国の真の目的は阿蘇攻略』」

「はい」

「いくぞ」


 ここからは競争だ。父が率いる主力部隊は二日もあればカナソナ国に到着するだろう。それがヤマト国軍主力部隊や先遣隊よりも先になるのか微妙なところだ。自分もできるだけ早く合流したい。ヒミクコ王子の心は逸った。

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