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卑弥呼伝 〜最強の精霊使いが女王になるまでの物語〜  作者: 山本 正彦
第一部 倭国大乱編
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第十九話 陽動作戦

「……」


 トビスケは草むらの中に隠れている。仕掛けを作ってから四半時は経った。真夏の猛烈な日差しが降り注ぐ中、辛抱強く待つ。その姿は狩りをする獣のようだ。


 ようやく商人たちが近づいてくる。三人の印象ははっきりと脳裏に刻み込んでいる。


(丸々と太ったやつ。逆にガタイのいい大男。そして、チビだが動きの素早そうな男。こいつらに間違いねぇ)


 徐々に商人たちの会話がはっきりと聞こえるようになってきた。


「まだ、ガキだった。親がいるはずだ。見せしめに殺すのも手だな」

「そうでやすね。ちょろちょろしているガキより親を殺す方が手っ取り早そうだ」

「それにしても国の中で殺すのはまずいですよ」

「まあな。とにかくクス国からヒタ、ヤマト国と移動しながら聞き込むしかないな」

「あんなすばしこい動きをするガキなら、ちょっと聞き出せば誰の子供かくらいはすぐにわかりやすね」


 三人の会話を聞いてトビスケは手に力を込めた。


「おっ、あそこに落ちているのは……」


 (来た!)小柄な男が地面に置かれた箱に気づいた。無防備にそのまま拾おうと近づいてくる。


「あのガキ、慌てて逃げて、落としていきやしたね……っと、とととと……うわぁぁぁ」

「ちっ、片足だけか」


 小男の右足だけが大きく持ち上げられている。トビスケは舌打ちしながらも勢い良く飛び出した。


「て、てめぇ。なにしやがる!」

「バーカ、引っかかってやんの。マヌケめ」

「ぐわぁぁ」


 トビスケは小男が倒れまいと踏ん張っている左足の太ももに短剣を突き刺した。小男は唯一の支えを失って不自然な態勢のまま倒れこんだ。


(悪ぃな、爺さん。仇討ちと言っても人殺しにはなれねぇわ)


 とは言え、これで一人の足止めができた。三人の中で一番素早そうな男の動きを奪えたのは大きい。

 トビスケはすぐさま次の行動に移る。箱に視線を移した。護衛の大男はそれに即座に反応した。剣を抜き放って箱を拾おうと駆け寄る。


「くそガキが! 死にたくなければそこでじっとしていろ」

「おまえもマヌケだ! 中身はこっちだよーだ」


 トビスケは真珠が入った袋を高く掲げてガチャガチャと振った。これには商人が悲鳴を上げた。


「あぁ、真珠に傷が付く! やめろ! やめてくれ!」

「バーカ、知ったことかよ。返して欲しかったら俺を捕まえてみろ」


 トビスケは全力で走り始めた。まずは河原へ逃げる。そこから川に沿ってヒタへ。そのまま街道を通らずに移動すればクス国の門の前を通らずに行けるはずだ。


   ◇ ◇ ◇


 それよりも一日さかのぼる。ヤマト国ではカナソナ国征服のための先遣隊が出発しようとしていた。部隊を率いるのはイワサク。ヤヒコとミカヅチの手合わせに立ち会った例の無骨な副官だ。ヒミコとヤヒコが見送りに出ている。


「イワサク殿、ご武運をお祈りしています」

「ヤヒコ様、あなたも今回は出陣されると聞いております」

「初陣の俺がどこまで働けるのか……」

「なぁに、あなた様なら大丈夫でしょう」


 イワサクはヒミコに向き直った。


「姫さま、兵たちに一言いただけますでしょうか」

「うむ。それで兵たちのやる気が増すならば、いくらでも話そう」


 ヒミコは軽く息を吸うと話し始めた。


「そなた達も知っておるとおり、イワサクはわが国が誇る名将じゃ。イワサクの言うとおりに戦えば、そなた達の功績も上がると思え。わらわたちも後から駆けつける。その前に国を落としてしまえ……とイワサクが言うかもしれんが、わらわたちにも少しは手柄を残しておいてくれ」


 無骨なイワサクの口調をまねたヒミコを見て、兵たちの間から笑いが起こった。


「よいか? 今回はわらわも戦いに加わる。わらわの切り札をそなた達に見せておこう」


 ヒミコは呪符を取り出すと火の神を呼び出した。兵たちの前に巨大な火の鳥がわらわれた。大きく翼を広げたその姿に兵たちは度肝を抜かれている。


「怖いか? じゃが、これはわらわが呼び出した鬼神。そなた達にとっては味方じゃ。そう考えたら頼もしいとは思わぬか?」

「た、確かに……」

「誰か触れてみるか?」

「だ、大丈夫なんですか」


 兵の一人が恐る恐る近づいていく。そっと手を伸ばして羽の先に触れようとする。その瞬間、火の神は羽を広げて威嚇した。兵は完全に腰を抜かしてしまった。


「ははは、脅かしてすまぬ。火の神は無愛想なのじゃ。これでもそなた達に気を使っておる」


 ヒミコは兵を助け起こすと火の神の顔に手を触れさせた。


「どうじゃ? 熱くはあるまい? そなたたちに力を貸そうと考えておるからじゃ。じゃが、敵には容赦せぬ。今そなた達が感じたよりも何倍もの恐怖が敵を襲うこととなろう」


 兵たちの顔に自信がみなぎってきたのがわかる。それを確認してからヒミコは火の神を下がらせた。


「怪我を恐れることはない。わらわは傷ついた者を治す力も持っておる。じゃが、わらわに触れて欲しくてわざと怪我をするのはなしじゃぞ」


 また兵たちの間に笑いが起こった。だいぶ緊張がとけてきたようだ。ここでヒミコは表情を引き締めた。笑い声が収まるの待って最後の言葉を発する。


「このいくさに勝てば、戦乱を終わらせる大きな一歩となる。一番の功績を上げた者には多大な恩賞が与えられるであろう。敵を降伏させたあかつきには皆で祝杯をあげようぞ! 存分に武功をあげてまいれ!」


「おう!」という兵たちの気勢が国中に響き渡った。イワサクはふたりに頭を下げたあと、兵たちに出発の号令をかけた。続々と兵たちがヒミコ達の前を通り過ぎていく。ヒミコはそっとヤヒコにもたれかかった。やはり若い彼女の体にはまだ火の神の強大な力は負担が大きいようだ。ヤヒコもさり気なく彼女を支える。

 

「すまぬ」

「無茶しやがって」

「これくらいの消耗で兵たちの士気が上がるなら安いものじゃ」

「まあ、こいつらの目の前でぶっ倒れなかったことは褒めてやる」


 先遣隊は東門から出て行く。攻略目標は阿蘇山の西にあるカナソナ国だ。それならば、むしろ逆に西門から出て千歳川に沿って有明海に出た方が大兵を動かすには都合が良い。あえて東へ向かうのはわけがあった。

 『ヤマト国はコユ国攻略の兵を動かした。兵数は一万。国王イザナギ自らが率いる』という噂は周辺国に広まっていた。コユ国は今の宮崎県児湯郡にある国だ。つまり、誤った情報を流して陽動として先遣隊を出したのだ。その情報は当然クナ国側も察知している。

大国同士の情報戦がすでに始まっていた。


   ◇ ◇ ◇


 商人は苦虫を噛み潰したような表情で仁王立ちしている。玖珠川の流れの途中に三日月の滝とよばれる滝がある。文字通り三日月のように川が大きく蛇行しており、その途中には滝がある。落差はさほどないが、大きな足止めになるのは間違いない。彼は街道を先回りしてここでトビスケを待ち構えていた。


「……」


 腕を組んだまま言葉を発しない。しかし、その表情には明らかな殺意が現れている。


(ピー)という指笛の音が上流から鳴り響いた。河原でトビスケを追い続けている護衛が鳴らしたものだ。

 商人には勝算があった。上流からは護衛が追い込み、それに沿った街道を小男が足を引きずりながらもゆっくりと近づいて逃げ道を塞いでいる。指笛の位置からトビスケはまだ河原を逃げていることが手に取るように分かる。まるで網に入り込んだ魚のようにトビスケは追い込まれつつあった。


 ついにトビスケが商人の前に姿を現した。長い距離を走り抜けてきたが、息は上がっていない。だが、顔からは先ほど三人をからかった時のような余裕がなくなっている。


「ちっ!」


 トビスケははさみ撃ちにあったとわかると土手に上がった。そしてそのまま街道に向かって走り始めた。すかさず護衛が二度指笛を鳴らして合図を送る。『進路を変えた』という合図だ。商人も後を追いかけていく。

 クス国の西門からはだいぶ離れているとはいえ、このあたりにも水田が広がっている。トビスケはまだ青々とした稲をかき分けて逃げていく。護衛がその後を追いかける。だが、二人の距離はどんどん離されていく。なにしろ水田にはまだ水が張られている。足を取られて思うように走れないのだ。


「こいつ……どんな走り方をしたら、あんなマネができるんだ」


 護衛は追いつくのを諦めざるを得なかった。トビスケは普通の地面を歩くのと変わらない速さでぬかるみを走り抜けていく。そのままあぜ道に上がって、街道まで駆け抜けた。

 だが、その先には小男が短刀を構えて前に立ちふさがっていた。


「ちっ。おっさん、よく追いついたな。やっぱりナマクラ刀じゃ傷が浅いか……」

「ガキが。舐めたまねをしてくれたじゃねぇか。お返しさせてもらうぜ。だが、足一本なんかじゃ許さねぇぞ」

「たかが真珠でもう一人殺そうってか」

「ほう、あのジジイの身内か。じゃあ、なおさら生きては帰せねぇな」


 商人と護衛も追いついてきた。トビスケは前後を挟まれる形になった。


「上等だ。やれるもんならやってみろ! あんたなんかこの青銅の短刀で十分だ」


 煽られた小男はついカッとなった。短刀を大きく振り上げてトビスケに斬りかかる。動作が大きくなった隙をトビスケは見逃さなかった。小男の脇を駆け抜け、そのまま近くの木によじ登った。


「バカが! 猿じゃあるまいし、そこでずっと暮らすつもりか」

「そろそろだな……」

「なんの話だ」

「聞こえないか? 大勢の人間が歩く地響き……」

「はったりか。くだらない」

「やっぱりお前らはマヌケだ。頭だけじゃなく、耳まで悪いらしい」

 

 商人は街道の先に目をやった。確かに街道をこちらに向かってくる集団が見える。


「どうやらはったりじゃなさそうだぞ。あれはヤマト国の軍勢か」


 それは誰の目にも明らかだった。この周辺でこれだけの軍勢を動かせる国はヤマト国を置いて他にない。

 鍛え上げられた軍勢の行軍はさすがに速い。みるみる内に近づいてくる。商人たちは地面にひれ伏した。だが、小男だけは木の影に身を隠した。トビスケが木から降りてくれば斬り殺すつもりだ。

 しかし、その用心はまったくの無駄におわった。いきなりトビスケが大声で喚きだしたのだ。


「これから戦場に向かうヤマト国の兵士たちに真珠の大盤振る舞いだ! そぉれ受け取れぇ」


 木の上から大量の真珠がばら撒かれた。兵たちは突然の出来事にとまどって完全に隊列を乱した。


「小僧、何のマネだ」

「申し上げます。この真珠は我々からあの子供が盗んだものです。取り返そうと今まで追いかけていたのですが、あの通り木の上に逃げられました。追い詰められた苦し紛れにばらまいたのでしょう」


 商人の説明を聞いて、イワサクは頭上のトビスケを見上げた。


「小僧、それは本当か?」

「ああ、間違いねぇ。だがよぉ、これはこの短刀を俺にくれた爺さんの仇討ちだ」

「その短刀は……ハヤマ殿のものではないか」

「知ってんのか? 頭が真っ白なよぼよぼの爺さんだぞ」

「忘れもしない。その柄の形……子供のおまえではわからんだろうが、それはヒタ平定戦で武名をあげたハヤマ殿のものだ」

「その爺さんがよぉ、そいつらの話をたまたま聞いたから口封じに殺されたんだ。俺ははっきり聞いたぜ。その真珠と引き換えに闇取引でヤマト国の武器を横流しするってな」

「どういうことだ」


 イワサクが商人たちに視線を移そうとした瞬間、護衛が剣を下から跳ね上げて斬りかかった。イワサクは咄嗟に後ろに身を引いてそれをかわすと、抜き打ちに切り捨てた。

 商人はその混乱を見逃すまいと走りだした。


「追え! 殺すなよ。生け捕りにしろ」


 大勢の兵たちが一斉に駆け出した。


「小僧……」


 だが、イワサクが木を見上げると、そこにはトビスケの姿はもはやなかった。

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