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卑弥呼伝 〜最強の精霊使いが女王になるまでの物語〜  作者: 山本 正彦
第一部 倭国大乱編
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第十八話 報復

 トビスケは河原を走っていく。まずはあの男たちよりも先回りして待ち伏せしなくてならない。驚くのはその速さだ。商人たちが歩いている道は多くの人が歩いて踏みしめられている。しかし、河原ではそうはいかない。大小さまざな岩が転がっていて道よりもはるかに歩きにくい。しかし、彼には全く問題ないようだ。河原や山はトビスケにとっては庭みたいなものだ。幼い頃から走り回って遊んでいた。その経験が生きている。


「このあたりでいいかな」


 十分先回りした。次にトビスケは老人からもらった短刀でくずのつるを切り取った。葛は繁殖力が旺盛な植物だ。つるをどんどんと伸ばして広がっていく。今日でも郊外では樹木やガードレールなどが無数の大きな葉にびっしりと覆われてしまうことがある。あれが葛だ。現在はビニール紐に取って代わられたが、かつては葛のつるが梱包に使う紐としても使われていたそうだ。それほど葛のつるは丈夫なのだ。


「見てろよ。吠え面をかかせてやる」


 トビスケはワナを仕掛けると草むらに身を隠した。


 商人たちはゆっくりと道を歩いて行く。ついさっき人を殺めた連中とはとても思えない落ち着きぶりだ。


「昼過ぎにはクス国に着くか?」

「そうでやすねぇ。ここから先は一本道でやすから、迷うこともありませんでしょう」

「お二人とも、お気をつけて。人が一人死んでいるんですから、大騒ぎになりますよ」

「なぁに。騒ぎになるのはせいぜい明日だろう。それに俺達がやったという証拠もない」

「そうそう。あんたは心配しすぎだ」

「取り越し苦労なら良いのですが……」

「ハハハ、心配顔をしているとかえって疑われっ……あっ!」


 商人の足に不意に張られた葛のつるが引っかかった。商人はそのまま態勢を崩して両手を地面についた。


「大丈夫ですか」

「あっ!」


 倒れこんだ商人に二人の従者が気を取られれたその瞬間、音もなく走り寄ってきた何者かが三人の脇を走り抜けた。


「取られた! 猿か」

「いや、人です。子供のようです」

「追え!」

「はい」


 「猿か」と商人が叫んだほど、その動きは素早かった。何より驚いたのは、真珠が入った箱を取られる直前まで誰にも気付かれなかったことだ。気配の消し方がまるで野生動物のようだった。護衛は後を追って駆けて行った。


「何をしている! おまえもだ! 追え追え!」

「へ、へぇ」


 もう一人の従者も慌てて山道を駆けて行った。


   ◇ ◇ ◇


 ヤマト国の東、阿蘇山のちょうど北の山中に小さな国がある。中央にある広場には大きなクスノキが一本生えている。旅人がこの国を話題にする時は「あのクスノキの国」と言えば誰にでも通じるほど有名なものだ。地上からは木のてっぺんが見えないほど高く、幹の太さは五、六人の大人が手をつないでやっと抱えられるかというくらいの巨木だ。


 その木の中ほどの枝に登って例のトビスケが遠くを眺めている。遠目には猿が木に登っていると見られても不思議ではないほど枝に寄った姿がこなれている。


「よし、まだ来てねぇな」


 手をかざして遠くを眺めたが、街道にはあの三人組らしき人影は見えない。しかし、ここまで一本道だ。放っておけばこの国まで入ってくるだろう。トビスケはあんな人殺しを自分の国に入らせてはいけないと思っていた。

 木から降りる素早さもまるで猿だった。枝から枝へ飛び移り、手頃な高さまで来たらポーンと飛び降りた。そして、そのまま音もなく街行く人々の間をすり抜けていく。だが、周りの人たちにはそれは見慣れた光景だった。中には「あいつは猿の生まれ変わりだ」と話す者もいたほどだ。


「母ちゃん、薬買ってきたぞ。こいつが咳止めにいいらしい」


 トビスケは自分の家の入口に立って話しかけた。部屋の中には彼の母親が床に伏せている。三十代くらい。少しやつれている印象があるが、肌が透き通るように白く美しい女性だ。

 土器に水を入れて火にかける。お湯が湧く時間ももどかしい。


「トビスケ、その短刀はどうしたんだい?」

「ああ、これか。同じ薬を買いに行こうとしていた爺さんがいてさ。よろよろ歩きながらユフまで行こうとしていたから分けてやったんだ。そうしたら代わりにくれた」

「そんな立派なものを……」


 トビスケの脳裏にあの老人の笑顔が浮かんだ。初めて会ったばかりの人とはいえ、ついさっき言葉を交わしていた人が目の前で殺されたのを見た時は心が揺れ動いた。しかし、そんな気持ちを母には覚られないようにトビスケは無理やり笑顔を作って答えた。


「なぁに、こんなナマクラじゃ、今どき使い物になんねぇよ。なんでも、爺さんは昔はすごい戦士だったんだとさ。怪しい話だけど」

「でも、おまえにも武人の血が流れているからねぇ。母さん心配だよ」

「ハハハハ、心配すんなよ。戦場になんか行くもんか。俺なんて体が小さいから門番くらいしかやることがねぇよ」


 彼の父親は数年前に戦場で亡くなっていた。クス国は豊かな国とは言いがたい。クスノキの葉は虫除けになるので貴重な交易品の一つではあったが、国を豊かにするというほどのものではなかった。米もよその国へ売るほどの量は採れない。しかし、大国であるヤマト国の東の入り口に位置するという地理的な条件がこんな素朴な国を戦いの渦に絶えず飲み込み続けた。ヤマト国の属国であるクス国は何度もいくさに駆り出されてきたのだ。


「さてと……できたぞ。ちょっと飲んでみてくれ」


 トビスケは煮出した薬を器に移して母親に手渡した。母親はもともと病弱だったが、ここ最近特に咳き込むことが多くなった。今も起き上がった拍子に何度か咳をした。


「ありがとう。少し楽になった気がするよ」

「ハハハ、そんなすぐに効くもんか。そのうち効いてくるさ」

「そんなものかねぇ」

「へへへ、そんなもんだ。ちょっとまた出かけてくるよ。ヤマト国に行ったらこんなナマクラでも売れるかも知れないぜ」


 トビスケは家をあとにした。それからの動きは素早かった。あっという間に門の前まで来た。門番は意外そうな顔をしてトビスケを迎えた。


「おや、もう出かけるのか。さっき帰ってきたばかりじゃないか」

「こいつを売ろうと思ってね。古いものみたいだけど、高く売れるかどうか」

「青銅だろ? そりゃ無理だ」

「やっぱりそうか。薬と交換したんだけど、損しちゃったかなぁ。まぁ、行ってみるよ」


「おっちゃん、あのさぁ……」

「あ? どうした?」


 トビスケは、いっそ門番に事情を話して助けてもらおうかと迷った。しかし、あの商人の話では彼らはクナ国の間者とのつながりも持っている。あの商人がこの国の人に恨みを持つようなことになると面倒が起こりそうだ。


「俺が留守の間はまたお袋を頼むぜ」

「おう、任せろ……っておい! もう行っちまいやがった」


 あいさつもそこそこに風のように走っていった。門番にとってはいつものトビスケだが、それにしても今日はいつになく速い。門番は呆気にとられたように口を半開きにしたまま見送っていた。


 実際、トビスケは急いでいた。あの商人たちはまだクス国にたどり着いていない。国に入り込んでいたならば、自分の姿を探して聞きこみをしていたはずだ。しかし、その様子はない。さっき来た道をまた戻れば出くわすはずだ。


「だったら、もうひと泡、ふた泡吹かせてやる」


 トビスケの作戦はこうだ。もう何度か挑発して彼らを引き寄せる。そして、クス国を通過させて隣のヒタまで誘導する。できれば、その先のヤマト国まで引っ張って、そこで煙に巻くようにしたい。


 まずは準備が必要だ。普段はイノシシなどを獲るのに使うワナを道に仕掛ける。縄などで足を絡め取って捕まえる、いわゆる『くくり罠』だ。今回はまた葛のつるを使う。トビスケは慣れた手つきで仕掛を作っていった。つるの先は木の枝にかけて、その先端には大きな岩をぶら下げた。これは一苦労だった。小柄なトビスケの体重では上げられる岩の重さには限界がある。おそらくこの仕掛では大人を吊り上げるのは無理だ。それでも足止めにはなるはずだ。何より一心不乱に自分を追いかけてきてもらわなくては困る。そのためには……


「徹底的にからかってやるわ」


 トビスケは不敵な笑みを浮かべた。

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