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卑弥呼伝 〜最強の精霊使いが女王になるまでの物語〜  作者: 山本 正彦
第一部 倭国大乱編
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第十二話 新たなる鬼神

 ヒミコはヒバリとともに川辺にむしろを敷いて座り、何か儀式を行っていた。ここは以前ヒミコが幼い弟たちを連れて、ヤヒコと共に訪れた同じ場所だ。ふたりの後ろには剣を持って立つ彼女の兄、第二王子カグツチの姿も見える。全員が押し黙り、川の水が流れる音だけが響いている。


「要領は火の神と同じじゃ。意識を川の水に溶け込ませて、半分は川の中、半分はこちらに置け。できるな?」

「はい」


 ヒミコは精神を集中させて、川の水音に聞き入った。ヒミコがこの儀式に期するものは大きい。これがうまくいって水の神と契約できれば、火の神に続いて二柱の神の力を得ることになる。

 ヒミコの意識は徐々に川の中に入っていく。地上の音は小さくなり、逆に魚が水をかく音や水流が岩にぶつかる音が大きく聞こえる。心の目を見開くと、そこはもう水中だ。魚があちこちを動きまわり、上を見上げると明るく輝く水面が見える。


(まだ浅いな。ここは川岸近くじゃろう)


 ヒミコはもう少し奥にまで意識を運ぶ。魚が多く集まっている場所がある。岩の影になり、彼らの隠れ家にはちょうどよい場所のようだ。


(ヤヒコはこのあたりに糸を垂らしたのだな。ああ、ここでやるのならヤヒコが出かける前にやれば良かった。ヤヒコの驚く顔を見たかった)


 地上ではヒバリがヒミコの様子を注意深く見守っている。ヒミコの端正な顔の表情に大きな変化はない。何か苦しんだりしている様子があればこちらに引き戻さなければならない。

 巫術師が大きな術を使っている間は完全に無防備になる。そのため護衛の存在は欠かせない。カグツチは剣の鞘に左手を添えて辺りを見回している。ふたりの様子が気になるのか、チラチラとヒミコやヒバリの方に目を送るが、周辺への警戒も怠らず警護を続けている。


 すると、突然水面が沸き立つように揺れ動き、不自然に盛り上がった。カグツチはさっと身構えると右手で剣の柄を握った。ヒバリは水面に現れた水の塊を見てつぶやいた。


「現れたか」


 そこに現れたのは水の塊が形を変えた巨大な亀の姿だった。水の神は竜巻に吸い上げられた水柱のような形をした二体の蛇を従えている。二体の蛇は水が沸くようなゴボゴボという音を伴った声を揃えてヒミコに問いかけた。


「「我らの眠りを妨げる者は誰か?」」


 しかし、ヒミコの返答はない。ヒバリはヒミコの方を振り返った。ヒミコの表情に変化はない。


「いかん! 水の方に意識が行きすぎじゃわい」


 ヒバリはヒミコの頬を手で叩いて呼びかけた。


「ヒミコ! 聞こえるか? 意識をこちらに戻せ!」


 カグツチが剣の柄から手を離さずに鬼神を睨みながらジリジリとふたりのもとに歩み寄った。


「ババ様、なにが起きている?」

「ヒミコが水の方に意識を持って行きすぎた。神の問いに答えられておらん」

「どうしますか?」

「儀式は中止じゃ。ヒミコを目覚めさせて神の怒りを買わぬうちに引き上げる」

「分かった」


 カグツチはヒミコを揺り動かして声をかける。


「ヒミコ、目を覚ませ! 帰るぞ! 儀式は中止だ!」


 その間にヒバリは懸命に鬼神に話しかける。


「水の神よ。眠りを妨げた無礼、お詫び申し上げる」

「おまえではない。そこの娘か? その娘、我に贄として捧げよ」

「それはできませぬ。あなたと契約を結びし私に免じて、ここはどうかお帰り願いたい」

「おまえとの付き合いは長い。だが、その娘は見事な美しさだ。気に入った。食わせろ」

「この子は私の(おい)の娘です。それだけは平にご容赦を」

「ならぬ!」


 水の蛇が高くかま首を上げると、空中に浮き上がって槍のような形状になった。ヒバリは咄嗟に自分の左右に呪符を投げて前面に結界を張った。


「カグツチ、逃げるぞ! ヒミコを担げ!」

「しかし、ヒミコの意識は?」

「問題ない。戻れる体さえこちらにあれば、意識は戻せる」

「わかった!」


 カグツチはヒミコの体を肩に担いだ。ヒバリは結界に集中している。


「その娘、置いていけ!」


 ドバーンという派手な音を立てて、二本の水の槍がヒバリの結界に激突した。


「くっ。この結界とて、いつまで保つかわからぬ。カグツチ、ここはワシが支える。逃げよ」

「よし、ババ様も逃げ遅れるなよ」

「大丈夫じゃ。ヒミコの姿が見えなくなれば、神も諦めるじゃろう」


 カグツチはヒミコを担いで走りだした。それを見た鬼神はさらに四体の水の蛇を呼び出し、それぞれを水の槍へと変化させて続けざまにヒミコとカグツチに向けて打ち出した。


「いかん!」


 結界は水の槍を三本までは防いだ。しかし、四本目の槍がついに結界を粉々に打ち砕き、ふたりに向かって一直線に飛んでいった。ヒバリは慌てて後ろを振り返った。

 槍はカグツチの右太ももを貫通していた。カグツチはその場に倒れこんだ。ヒミコもまた地面に放り出された。そして、その衝撃でようやくヒミコは意識を取り戻した。


「兄上!」


 ヒミコはカグツチに這い寄った。出血がひどい。ヒミコはカグツチの太ももに手を当てた。


「兄上! 今、治します」

「いい! 逃げろ! 儀式は失敗した。神はおまえにご執心だ。おまえが姿を隠さなければ神が治まらない」


 しかし遅い。鬼神はもう一本の槍を創りだして飛ばした。槍がヒミコを貫く。


 と思われた瞬間、水の槍は飛んできた岩にぶつかって弾け散った。



「ヤヒコ!」


 ヒミコの目の前にはヤヒコが立っていた。しかし、ヤヒコは振り返らない。鬼神をじっと見つめている。鬼神のわずかな動きも見逃さないように気を配りながら、もう一度足元の岩を両手で抱えた。


「どうしたらいい?」

「逃げるのじゃ!」

「分かった」


 ヒミコはヤヒコの背中に隠れた。同じ川で共に魚釣りをして遊び、突然現れたイノシシから自分たちを守ってくれたあの背中だ。たった一ヶ月会えなかっただけだが、懐かしさを感じる。


 ヒバリも結界を解いて駆け寄った。カグツチはそのヒバリに肩を借りて立ち上がる。


「すまん。ババ様、逃げきれなかった」

「もはや結界は役に立たぬ。一刻も早く川から離れるのじゃ」


 ヒバリは懐から呪符を取り出して馬の守護霊を召喚した。それにカグツチと共にまたがるとヤヒコがいる方を振り返った。


「ヤヒコ! 助けを呼んでくるゆえヒミコを守れ」

「はい!」

「カグツチ、飛ばすぞ! ちと揺れるが我慢せい」


 ヒバリとカグツチは馬の霊を煽って走らせ、その場を去っていった。残るはヒミコとヤヒコのふたりだ。


「ヘマをやったみたいだな」

「すまぬ」

「いいさ。これでこの前の借りは帳消しだ」

「そうじゃな。しかし、どう逃げる?」

「ババ様が呼び出した霊はおまえも呼び出せるのか?」

「無理じゃ。普段なら呼び出せたが、水の神の召喚に力を使いすぎた」

「走って逃げるしかないか」



 話している最中にも鬼神は再び水柱を立てる。今度のは大きい。人の胴体くらいある太い蛇が現れて変化していく。もはや槍というよりは丸太だ。攻城兵器のような水の塊が空中に浮かんだ。


「俺の背中から離れるなよ。狙われているのはおまえだ。だからかえって防ぎやすい。このまま後ろにさがるぞ」

「うむ」 


 ヤヒコは一瞬後ろを振り返るとまわりの状況を把握した。


「来い!」


 岩を持つ手に力を入れて身構える。ヒミコはヤヒコの背中から胸に腕を回して、しっかりとしがみついた。

 鬼神が放った大きな水の塊がヒミコを狙って飛んできた。ヤヒコは手にした岩でそれを受け止める。


「お、重てぇ!」


 ずんと鈍い音が響いて、ヤヒコとヒミコの体が吹き飛ばされた。いや、むしろ水の塊の勢いを利用して後ろに飛んだという方が正確か。ヤヒコはよろめいたが、すぐに態勢を立て直した。そして、岩を捨てて、ヒミコの体を両腕で抱き上げた。


「走るぞ! しっかり、つかまってろよ」

「うむ!」


 ヒミコは両腕をヤヒコの肩に回してしがみついた。自然と二人の顔は触れ合うくらいに近づく。そのままヤヒコは力の限り走り続けた。



   ◇ ◇ ◇



 川からは相当離れた。ふらふらになるまで走ったヤヒコは抱き上げたヒミコと共に草むらに倒れこんだ。幸い地面は柔らかく、倒れこんだと言っても大した衝撃ではない。仰向けに倒れたヒミコに覆いかぶさる形でヤヒコは肩で大きく息をしている。


「はぁはぁはぁ……なんとか逃げ切ったか」


 ヒミコは地面に横になったまま、ヤヒコにしがみついた腕を離さずにいる。


「……」

「すまん。重いよな」

「良い。しばらくこのままでいさせてくれ」

「どこか打ったのか?」

「いや、平気じゃ」


 ヤヒコはヒミコにかけていた体重を自分の手で支えて少し体を離した。しかし、ヒミコはしがみついたまま離れようとしない。

 ここに来てようやくヒミコは生きた心地がした。気が緩むと涙がとめどなく溢れて止まらなくなった。より強くヤヒコに抱きつくとすすり泣き始めた。


「う、うう……」

「無事で良かった」

「死ぬかも知れぬと思った。もう、そなたと一緒におれぬのかと……」

「今回はさすがにやばかったな」


 二人の目が合う。ヤヒコはヒミコの頬を伝う涙を優しく拭った。

 ヒミコはそっと目を閉じた。ヤヒコはゆっくりと顔をヒミコに近づけると、その唇を自らの唇でふさいだ。

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