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祝福の鐘を鳴らしたら  作者: 古賀幸也
第二章 愛を許容すること
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第二章24

 癒しの奇跡の光が収まり、また部屋は夜の暗闇を取り戻す。なおエメリーヌが近づいてきていた時点でアリスとクロエが動き、カーテンを閉めてくれていた。そのおかげで外には殆ど光は漏れていなかっただろう。

 暗く、静かになった室内でエメリーヌが説明を続けることを示すように指を立てた。


「さて、バルトリード側については、リク様の御力に期待するとして……リアン王国側の国民が亜人を受け入れてくれるかどうかですが、これは難しいと言わざるを得ませんわ」


 今までの発言をひっくり返すような発言である。

 そしてそれを聞き、ギガースの男性とコロクルの女性が顔に憂いを浮かべた。この国での亜人の立場は当人である自分たちがよく知っているというように。


「で、ですがエメリーヌ様……王都の周辺では確かに未だ我々亜人への排斥、差別感情などが多く残っていますが、バルトリードに近い場所では我々を理解してくれる者たちもおります。それはエメリーヌ様自身もそうではありませんか」


 ギガースの男性の言葉に、コロクルの女性がコクコクと頷いている。

 それを聞いてエメリーヌは柔らかく微笑んだ。


「えぇその通り、一部では亜人に対する感情や待遇が改善されている場所もありますわ」


 ここが肝要なのだと言うように立てた指が言葉と共に数度振られる。


「国という規模で政策を通して行われた、亜人に対する群集心理の操作。それも時が経ち、亜人との交流が続いてきたことにより変化が出てきています。この町トゥールで冒険者として生活できている亜人などがその最たる例でしょう」


「えっと、つまり……?」


 コロクルの女性がその先の答えを期待するようにエメリーヌを見上げる。

 それにエメリーヌは笑みを浮かべたまま頷き答える。


「えぇ、つまり……リアン王国全体では難しいというだけで、バルトリードに面したこのアルターニュ領では土壌が育っているので、受け入れられる可能性は高いでしょう」


 その言葉に亜人である二人が喜びの表情を浮かべる。エメリーヌたちには受け入れられているのだろうが、未だに亜人に対する偏見の目を持った人間は多くいるということだろう。

 しかし、それも彼女の計画が成功すれば変わっていくかもしれない。エドガールの魔の手から主人が逃れられるというだけでなく、彼らにとってもそれは希望となるだろう。


「お考えはわかりました……しかし、お嬢様」


 言葉を失っていた初老の執事の代わりにフランソワが前に出る。小さい頃からエメリーヌに付き従い無邪気でいられた頃は一緒に遊んでもいたという彼。

 女物の服を着せられたりと結構な無茶振りにも応えていたこともある経験が立ち直りを早くしたのだろうか、今まで聞いた話を頭の中でまとめたようで、質問を投げかけてきた。


「バルトリードは完全に閉じられた地域、交流するための伝手がないのでは?」


「そうね、過去の争いの後、彼らは完全に交流を絶った……」


 フランソワの言葉に頷きながら同意する。

 あっさりと肯定されたことを訝しむフランソワ。

 それに対して彼女は教師が生徒にするように問いかけを投げた。


「けれど、時を経た今もなお、そうであると言いきれるかしら?」


「希望的観測です」


「そうね、あくまでもそうだったらいいなという私の……推測に過ぎないわ」


 彼女は、エメリーヌはそこまで考えていた。昨日俺に祝福を与えられたあとの僅かな時間で既にフランソワが言う問題点に対する答えに行き着いていた。本人が言う通り推測に過ぎないがしかし、彼女の立場であってそこまで推測できることがそもそもおかしいのだ。


「推測、ですか?」


「えぇ……そもそも考えてもみて頂戴。亜人の扱いが少しずつ改善していったとして、今までずっと虐げられ押さえつけられてきた者たちが、冒険者としてある程度の地位を手に入れたからと、そう簡単に意気揚々と人目を気にせず大通りを胸を張って歩ける?」


 事前に彼女から話を聞いたとき、思い浮かべたのはこの地にきて最初に見た光景。己の腕前や技術に自信を持って大通りを歩く冒険者たち。

 その中にはセリアンスロピィなどの亜人の姿もあり、彼らも周りに萎縮するようなことなく堂々と大通りを歩いていた。


「少数ならそういう者がいたとしてもおかしくはないかもね。けれどそれなりの数の亜人が自分たちの強みを活かし迷宮を活用して町での地位を確立させていっているわ。あなたも調査報告の際に自分で言っていたわよね。八級以上の亜人たちが思いの外多く驚いたと」


「それが、バルトリードの者だと……? 飛躍し過ぎではないでしょうか」


「市場の様子についても聞いたわよね。年々生活用品や食料品の売り上げが少し伸びていて市民たちの生活が潤っているようだと。けれど、スラムに落ちるような人間は減っていないでしょう? 確認のためにリク様からアリスさんの境遇について聞きましたが、その話の限りではこれまでとそう変わらないものだと思いましたわ。それでもなお売り上げが伸びていっているとなれば……」


「バルトリードに、物資が流れている……?」


 フランソワが答えに行きついたことを確認すると、生徒が難問を解いたのを褒めるようにエメリーヌは笑顔を浮かべて頷いた。

 そしてその答えを補足するように言葉を添える。


「バルトリード以外の他国へ流れていると考えるのは難しいわ。税関がありますからね。他国へそれなりの物資が流れているのであれば、調べればすぐに出てくるでしょうが、フランソワの調査ではそのような流れはなかったのでしょう?」


「は、はい、その通りです」


「であれば、交流がなくそもそも税関など関係がないバルトリードに流れているという想像も強ち全くの的外れではないと思うのだけれど、どうかしら?」


「……その可能性は、否定できませんね」


 自身の疑問に整然と答えられ、フランソワは一応の納得を見せた。


「つまり、この町には既にバルトリードの者がいる可能性がある。彼らと接触を図り、バルトリードの情報を得ることができればリク様が彼らをまとめあげる足がかりとなるでしょう。そうなれば、彼らとの融和も不可能ではなくなる……」


 そこまで言ってから、エメリーヌは胸元を押さえて小さく息を吐く。

 静かに窓辺へ歩いていき、カーテンを払うと窓枠を撫でるように触れて外を見つめる。そして何かを感じ入るように瞳を閉じてから、胸元で拳を握り締め振り返った。


「私たちの夢は、夢のままでは終わりませんわ」


 胸元で握った拳は描いた夢を離さないという意思の表れなのかもしれない。もう片方の手は大きく広げられていて、今のエメリーヌの言葉の私たちという部分を強く示しているような気がした。

 その手が向いているのは、今まで付き従ってくれていた、今まで雌伏の時を強いられてきた者たちだから。夢を描くことくらいしかできなかった者たちに向けられた手と言葉。

 それは当然、エメリーヌ自身も含んでいるのだろう。


 夢を夢のままで終わらせない。


 その言葉にはきっと、今までの全てを変えるという決意が滲んでいた。

 今回は、使用人たちは黙り込むことはなかった。エメリーヌのその言葉は、確かに彼らの中に響いたのだろう。エメリーヌの言葉だからこそ響いたのだろう。


 自身の主人を守ることもできない悔しさを抱いた者。少しでも幸せな道を歩んでほしいと足掻き協力し、彼女の幸福な未来を夢に描いたこともあったかもしれない。

 亜人でありながら厚遇してくれた人を守ることもできず、屋敷の外では自らを虐げる者に出会うことを恐れる日々。自身も主人も、幸福に生きられる未来を夢見ることは幾度となくあっただろう。


 せめてマシな未来を掴もうと足掻くことしかできなかった哀れな主人。そんなエメリーヌが今までと同じく夢を語った。そして言うのだ。その夢を、夢のままでは終わらせないと。

 その場の人間の殆どが、エメリーヌの言葉に興奮したように声をあげた。


「やってやりましょう! バルトリードとの融和!」


「エドガール様がなんですか! 今までの分見返してやりましょう!」


「お嬢様がこんなに立派に……体も弱く内気だったというのに……そこまでのお考えがあるのでしたら、この家に仕えてきた先祖全ての名にかけて、どこまでもお供しますとも」


 使用人たちが口々に気合と意気込みの篭った言葉を吐き出していく。

 彼らを見ながらエメリーヌは微笑み、フランソワに手招きした。それに反応したフランソワは素早く彼女のもとへ近寄り軽く頭をさげて待機する。


「まず必要なのはバルトリードとの繋がり。それまで私たちはなるべく動かずお兄様の目から逃れなければいけません。そのうえでリク様と情報のやり取りを行い、連携が必要になれば共に動く必要があります。そのためにもフランソワ、あなたにはリク様についていって私たちとの連絡役となってほしいのです」


「私が、ですか? しかしそれではお嬢様が」


「先程あなたも実感したでしょう。人相手であればそれなりに自衛できますわ。一応常にメイドの一人は連れるようにしますしね」


「……わかりました」


「ありがとう……それでは皆さん、怪しまれないうちに持ち場へ戻ってくださいまし。今夜は集まっていただき、私の話を聞いてくれてありがとうございました」


 彼女の言葉に一同は頭を下げると口こそ閉じたものの、中々戻らない興奮した面持ちをどうにか落ち着けようとしながら退室していく。フランソワは何故か退室する瞬間までこちらを、エメリーヌと俺を見つめているようだった。

 そして、全員が出ていくまで見送ったエメリーヌは、扉が閉じた瞬間倒れた。

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