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其の三十二「翌朝に」

 ちよちよと、鳥が鳴いている声が聞こえてくる。

 閉め忘れたカーテンから、真っ直ぐに差し込んでくる太陽の光が眩しくて目を細めて横を向く。布団の中で、温かさを求めて動く。ベッドのスプリングが少しだけ軋む音がして、気がついた。


 あれ、俺ベッドで寝てたっけ? 


 その矢先に、肌と肌が触れ合うようにして温かいものが近くにあることが分かって……。


「え?」


 一気に目を開く。

 横になった俺のそのすぐそばに、普段のきりっとした表情とは真逆の、あどけない表情で眠っている愛しの彼女がそこにいた。


 ――ひどく、服装を乱れさせて。


「夢だけど夢じゃなかっ……!?」


 待て待て待て。あれは夢の中での出来事で、現実にしたわけじゃなくて、紅子さんが痛いんじゃないかって俺が散々ひよりまくったのも現実じゃないはずで……! 


「んぅ……?」


 俺が布団から起き上がって悶えていると、布団が剥がれて寒くなってしまったのか紅子さんが俺の腰に腕を巻きつけてくる。びっくりして見下ろしても、彼女は寝ているままだ。完全なる無意識。その無防備な姿に、何度目かになる劣情を抱きそうになるが、なんとか抑え込む。


 夢の中でもずっと起きていたようなものなので、正直なところ眠った気がしない。それに連続でそういうのは彼女に負担で……って俺はなにを考えているんだ!? 


「あの、紅子さん……?」


 そっと彼女の肩を揺らす。寝ている彼女を堪能するのもいいが、色々と、そう色々と俺の限界が来てしまいそうなので……というか、先に料理でもしていればいいのでは?


 彼女が眠っている間に朝ご飯を作って、その料理の香りでゆっくりと目を覚ます。それからふわっと笑って「おはよ、おにーさん」って。


 想像したら試したくなってしまった。いや妄想か。

 ただ紅子さんならそう言ってくれると信じている……!


 とにかく、冷蔵庫の中身くらい確認しておかないと……と思ったのだが。紅子さんが腰に腕を回して頭をぐりぐり押しつけてきたまま離れてくれない。


 お互いあれは夢の中の出来事だったのでちゃんと服は着ているものの、少しだけ乱れた部分に彼女のさらさらとした黒髪がくすぐり、どうしようと困惑する。これを引き剥がすのはさすがに無理だ。


「まだ疲れてるのか? それとも、馴染んでないとか……? 夢の中じゃ元気そうだったが」


 新たな怪異として生まれなおし、転生し、紅子さんが紅子さんとしてあれるようにした俺達の努力。期待と、噂の積み上げ。それら全てを背負って、取り込んだ彼女にも負担はあるだろう。


 今までとそんなに変わらない噂の内容とはいえ、元からあった『赤いちゃんちゃんこ』という存在からオリジナルの『紅子さん』という存在となったのだ。


 一人じゃ成し遂げることができなかった偉業。そして大勢の願いと祈りと思いの形をこの小さな体いっぱいに、それこそ不意打ちでいきなり詰め込まれたような状況だったから情報処理にだって時間はかかるものだし、必死だったとはいえ悪いことをしたな……。


「紅子さん、好きだよ」


 布団の外に出ることを諦め、寝ている彼女の目蓋に口を寄せる。

 もう少し、もう少しくらい寝ていてもいいよな。彼女にはゆっくり休んでほしい……この腕の中で。


 ちょっとした独占欲を胸に秘めつつ、俺は手を伸ばしてスマホを手に取り、刹那さん達へ連絡を入れるのであった。




『紅子さんはもう大丈夫そうだ。けど、もう少し寝かせておいてやりたいから、まだ部屋にいる。しばらく二人にしてくれ』

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