其の二十六『紅い夢の幽霊、紅子さん』
静かになった部屋の中。まるで時が止まったような静けさの中でベッドに座ったまま寄りかかり、俯いて意識を落とされた令一が眠っている。
「主ちゃんは、ちゃんとがんばってるよ。だいじょうぶ、キミならできるよ」
眠っている令一の、あぐらをかいたその膝に片手をかけて小柄な影が、俯く彼の前髪を払って頬に手を添える。慈しむように微笑む薔薇色の髪をしたその子供は影を落とした目を伏せてそのままそっと離れていく。
後ろ手に組んで立ち上がったアルフォードの分身――リンが人型を取り紅子の部屋の中で周囲を見回す。それから令一の端末を取り出してパスワードを解除、すぐさま行動に移した。
「うわさのないようは、きまってる。そうでしょ? ごしゅじんさま」
ずっとそばで見守り続けていた。だからこそ、リンだけは知っている。令一が悩みに悩んで決めていた噂の内容を。
ネットを開き、深夜というよりも朝方の時間にとある掲示板を表示させる。
はじめての噂の内容は拙いものから。いきなり詳しい内容を決めて書いてもそれは噂とはならない。作り話だと初めから認識されてしまうだけ。ならば最初の噂は些細なものから始めるのがいい。幸い、その書き込みを呼び水として動く人数は大勢いる。それも全国各地、世界各地に。
どうあがいても裏で繋がりがあるとは特定できない『人外』達の同盟が、動く。そう、たった一人の人間と、たった一人の儚い幽霊のためだけに。
――ただの人間と幽霊のためだけに、数十、数百もの神妖が動く。
「それが、どれだけすごいことなのか、令一ちゃんはわかってるのかなぁ」
神妖達は気まぐれだ。人の心から生まれた者達はその心と同じく移ろいやすく、気難しい。けれど、自分達が捻くれているからか純粋で馬鹿みたいと思えるほどにまっすぐなものが好きなのだ。
彼らの恋路を笑って娯楽にしているのも事実。しかし、真剣に応援しているのもまた事実。
「さてさて、おまつりのはじまりだよ。あいずはオレだ」
波紋を広げていくように。
人の心に届くように。
願いが叶うように。
二人のために手を動かす竜神が、そこにいた。
◇
【みんなの】怖い夢を見たらとりあえず書き込むスレ【怖い夢】
526 名無しの悪夢
久々に怖い夢を見た
街中で変な噂を聞いたからかもしれないけどそれに関する夢だった
街中で聞いた噂は以下の通り
・学校の怪談
・聞いた人の夢の中に現れる
・全身赤色の女の子が質問または問題を出してくる
こんな感じのやつ
で、見た夢に実際にこれに該当する女の子が出てきたんだよね
気がつくと暗い部屋の中で、奥の扉を開けたらその先に真っ赤な女の子がいた
不思議と顔は覚えてない
そこで確かなんか探してって言われたんだ
でも俺は探し物に失敗して、朝起きたらほっぺたに引っ掻き傷みたいなバッテン印がついてた
多分寝てる間にどっかで引っ掛けたんだろうけど、結構怖かったのでここに書き込みにきた
似たような夢見た人他にもいない?
◇
始まりは些細な情報から。
そして、徐々に細かく。たった一人ではなく複数の人間が似た書き込みを誘発するように。
失敗例から書いているのは、万が一にも『失敗したら殺される』という噂が尾鰭としてつかないようにするためである。
「そう、おおまかにはこんなかんじですすめていって。それから、せいこうれいもだして。ヒントのへやのはなしとか、紅子ちゃんのなまえはもうすこしたってからけんしょうサイトでもつくって『名称募集』でもすればいいよ」
書き込みを続けてからどこかへと連絡し、リンは真剣に行動する。
彼自身は令一に協力要請されてはいない。しかし、自ら動いているのだ。一番そばで見守り続けてきた。だからこそ令一に協力したいと、彼が寝ている間にできないことをして。
「ほんとうは、令一ちゃんもねずにやりたかったよね。わかってるよ、だからオレがかわりになる。キミのしたいことなんて、オレにはおみとおしなんだから」
眠る令一。そのあどけない寝顔を眺めながら彼は笑う。
きっと、役に立ってみせるよと。
一分一秒と、無駄にすることなく計画は進んでいく。
ただの人間のためだけに、大勢が協力をして。
――怖い夢の話が話題だって。
――みんなのトレンドに夢の話が。
――話を聞いた人のところにくる怪談で。
――真っ赤な女の子が部屋にいて。
――問いかけしてくるんだって。あれ、問題を出してくるんだっけ?
――失敗したときは起きても現実にバッテン印の傷が体のどこかに。
――脱出ゲームをしかけてくるって。
――最初の部屋から真っ赤な蝶々を追いかけた先に女の子がいて。
――それがね、とっても可愛い女の子らしくて。
――探し物があってこう言うんだって。
「アタシを殺した凶器を探してよ」
――赤い夢。いや、紅い夢? 紅い蝶とその質問が特徴的で。
――全国から同じような夢の報告が次々と。
――作り話? それなら全国に広がってるわけないじゃん。海外からも報告があるんだよ?
――俺のところにも出たわ『紅子さん』
◇
噂は広がっていく。どこまでも。
自分も見た。誰々が見たらしい。小さな嘘が大きな嘘に。そして真実へと膨らんでいく。一度流れ出したものはもう止められない。形を変えそうになれば軌道修正され、少しずつ、少しずつ規模を大きくしながら、信じる人や知る人を増やしながら紅い幽霊の噂が独りでに渡り歩いていった。
「…………リン」
「きゅいー?」
「……………………やりすぎ」
「きゅーん」
五時間程の睡眠から覚めた令一は、しょんぼりとする小さな赤いドラゴンを撫でながら苦笑いを溢した。けれど、その笑いは呆れからではない。
「ありがとう、俺が休んでいる間にも動いてくれて」
「きゅ?」
怒ってない? と言わんばかりに彼を見上げるドラゴンに、令一は「怒ってるわけないだろ」と断言した。
「それじゃあ、もっと噂を広げるか。協力してくれるよな?」
「きゅうい!」
そうして、令一の勝負の五日間が始まった。
◇
ねえ、知ってる? 『紅い夢の幽霊、紅子さん』のお話。
知らない? それなら教えてあげるね。今すごい噂になってるんだ。
ほら、『This Man』って知ってる? 海外での噂なんだけどさ。
確か、夢の中に現実で会ったことのない男の人が現れるんだって精神科医に相談する案件が続いて……その患者の、それも別々の人が描いた似顔絵同士がよく似ていたことからまことしやかに囁かれることとなった都市伝説だよ。人が見る夢の中に共通の男の人が現れるっていうお話。
この同じ男の人の目撃情報は2006年から現在までに2000件もの数があるの!
多分それと一緒なんだと思う。
みんなが必ず一生に一度は見る夢。特定の男性を見るっていうなら、特定の女の子を見るっていうのもあってもおかしくないよ!
それが『幽霊の紅子さん』
なんでもね、夢の中で脱出ゲームをするんだって。
彼女の探し物を探すことができたら合格。できなかったら不合格。
探し物がなにか?
確か――彼女自身を殺した凶器だったかな。多分現実で見つかってないんじゃないかな? ほら、そういうパターンの怪談、よくあるでしょう?
え、不合格になったら?
大丈夫、殺されないよ。でもその代わり、現実に目が覚めたとき、体のどこかにバッテン印の不合格になった証が残ってるんだって! 怖いよねぇ。
あ、この紅子さんね。
話を聞いた人のところに来るらしいよ? 昨日私も見た!
ちょっ、ちょっと冗談じゃん!
そんなに怒らないでよー!
ほらほら、まとめサイトもできたらしいよ?
オカルト系の話検証したり集めたりしてるサイトが元々あってさ、そこの管理人が新たに作ったんだって。サイトから飛べるから行ってみて!
サイトの名前?
『スズメとオオカミの怪異調査相談室』ってところだよ。
オカルトまとめサイトなの! そこから『紅子さん』のまとめにも飛べるから!
◇
五日であっという間に広がった噂は、届くべき人に届けられているのか。
それは、本人に会ってみなければきっと、分からない。




