其の二十四「ルール無用」
相手に全力で挑む。知り合いだからと力をセーブしてしまうのは失礼である。
今までそんなこと考えたことすらなかった。いや、自分がそんな風に力を加減していることすら知らなかったし、自覚がなかった。でもそれはただの言い訳にしかすぎない。
薔薇色の炎が宿った赤竜刀で肉迫し、鍔迫り合い、尻尾すら武器として扱う銀魏さん相手に一太刀浴びせようと工夫を凝らす。
アルフォードさんの加護があるとはいえ、こちらは打刀。あちらは太刀。長さと重さにかなりの差があるものの、小回りはこちらのほうが効くはずだ。
しかし、一度鍔迫り合えば彼は尻尾で足元をすくおうとしてくるし、あの銀色の尻尾でその場から動けないように拘束だってしてくる。全身を使って全力で俺を試す彼に振り回されて、もう何度「はい、今ので首落ちた」と言われたことか。
油断とか、加減とか、そういうのはもう一切ない。
なのにこれだけ実力の差が生まれているのは彼の年季が入っているからか、それとも俺に真剣さがまだまだ足りていないか。がむしゃらに向かうだけでもダメで、考えながら、しかし一瞬の判断を求められる。
これが普通の相手ならば太刀筋を予測するだけで良かったのだが、狐である彼は太刀を片手で扱うことさえできる。もう片手に足払い、四本の尻尾と気をつけるべき部分が多すぎる。次にどこが動くか分からない。それが、いまいち決め手に欠ける俺にとって厄介なところだった。
「……」
「おらおら、普段相手にすんのは理知的な怪異じゃないんだ。いちいち手段なんて選んでいたら守れずに死ぬことになるぞ!」
「っく……!」
ガリガリと刀同士の擦れる金属音。
足元からすくわれるように尻尾が突き上げて来て、こちらから鍔迫り合いから逃れてバックステップ。よろけてたたらを踏み、乱れた息を整える。額に流れる汗が、長時間の試合継続を如実に表しているようだ。銀魏さんが多少待ってくれている間に手で拭い、考える。
外野と化した刹那さんと春国さんと視線が合って、頷かれる。
ん、なにが「いい」んだ? ………………そうか、そういえばこれは神前試合ではあるものの、ルール無用だったな。
そうとなればあとは……。
再び銀魏さんのところへ走り出し、刀を構える。
そしてまた防いだうえで反撃してこようとする彼の目の前で叫ぶ。
「リン!」
「きゅっ」
その口から薔薇色の炎が溢れ出す。銀魏さんの目の前を覆うほどの威力が乗った浄化の炎だ。相手は妖狐になりかけとはいえ、神域でずっと暮らしてきている狐だ。浄化の炎の火力はそんなに効かないだろう。しかし、目的は焼くことにはない。
「ッチ、そっちか!」
ゆらりと、炎が傾いで断ち斬られる。
彼の目が塞がっているうちに振り上げられていた『俺』の武器が、その勢いに乗じて弾かれてしまう。
シャンッと涼やかな音を鳴らして弾かれた武器が『俺』の手元から離れ、神社の境内のほうへ転がっていった。銀魏さんが訝しげにそちらを見る。
――なぜなら、そこで観戦していたはずの二人がいなくなっていたからだ。
境内のほうへ転がっていった『赤竜刀』がゆらりと歪み『錫杖』へと姿を変え、そして銀魏さんが勢い余って振り下ろした地面にはなにもいない。しかしすぐそばに、尻餅をついて参ったような、悪戯が成功したような顔をした『春国さん』がいた。
ばさり。羽音が響き渡る。
銀魏さんがその音に反応し、咄嗟に上空へ向けて刀を構える。
刹那さんに持ち上げてもらい、空から彼のもとへ斬りかかった俺には、迎え撃ってくる彼の刃から逃げる場がない……はずだった。
忘れてはならない。鴉天狗の刹那さんは、幻術遣いなのだから。
ほんの少しだけずれた地面に着地し、すぐさま下から背中を向ける銀魏さんの尾に向かって斬りあげる! ざっくりと着物を斬り裂き、驚く彼のまん丸な瞳と目が合った。
薔薇色の炎で彼の視界を塞ぎ、その間に春国さんが刹那さんの錫杖を持って俺と入れ替わり、化けた状態で銀魏さんへと挑む。そして俺は刹那さんに抱えられて上空に離脱。頃合いを見計って上空から落下。刹那さんの幻術により、俺が着地する位置をずらして見えるようにしてもらい、不意を打つ。
騙しの連続。
しかし連続で化かすようなこの作戦でなければ、きっと銀魏さんには全て塞がれていただろう。
「味方に協力してもらったらダメなんてルール、ないもんな」
不敵に笑って見せた俺に、銀魏さんはふっと表情を緩めると笑みを浮かべる。
「参った、合格だ」
「でも銀魏さん、尻尾で防ごうとすればできただろ」
「……なんのことだ?」
……いいらしい。
「やったぜ旦那! よくぞ俺らの言いてぇことに気づいてくれたぜ!」
「令一さん! やりました! やりましたね!」
「ありがとう、二人とも」
持つべきものは親友だな。
こうして、どうにか俺は彼からも合格をもぎ取ることに成功したのであった。




