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其の二十一「付喪神の露店」

 絹狸の呉服店は行ったことのないエリアにあった。

 今までは神社へと伸びる石畳の道からあまり大きく外れて歩いたことがなかったのだが、彼女の店はそこから外れた場所にあったのだ。

 神社前の大階段、どうやらそこに辿り着く前にいくつか道が横の方に広がっていたようだ。


 きちんと屋台がある石畳沿いの店とは違い、そこから外れた場所にある店は露店のようにシートを敷いてなにかを売っているというパターンが多かった。

 古い時計が並べられていたり、人形が並べられていたり、それぞれがそれぞれ同じ種類の物を売っている。

 あちらが祭りの出店なら、こっちはフリーマーケットの露店という印象を持つ。


「あれって普通に買えるのか?」

「ああ、旦那」


 俺が露店に視線を向けると刹那さんが同じように目を向ける。


「あれは全部、付喪神なんだ。ここに迷い込んだ人間で相性のいい奴がいると、あそこに誘い込まれるんだぜ。相性のいい奴はタダ同然で買えるが、相性の悪い奴はどんなに欲しても高額を支払う必要がある」

「へえ」


 付喪神とはいえ、道具に対しても相性の良い悪いなんてあるんだな。


「相性の悪い人はすぐに打ち捨ててしまいますからね。道具を大切にしない人向けに売り出されている付喪神もいるようですが」

「え、それはまたなんでだ?」

「わざと買われていって、怖い目に遭わせるためです」


 春国さんの解説が入って言葉を失う。相性の悪い人に対して悪意のある行為だ。なぜ? 


「物を大切にしない人に、散々弄ばれてきた道具達の復讐……ですね。また希望を待ちたいという道具もいますし、復讐を望む道具もいます。ですから、あそこの店主が客の見極めをして値段や買い手を決めたりするそうです。もちろん、殺すほどの力は持ちませんが、恐ろしい目には遭うでしょうね」


 なるほど。ここは、あくまで怪異達のための夜市だということだ。

 決して人間のためにあるテーマパークではない。全ては怪異のためになることをする店主ばかりと。


「あそこの店主は二人組です。相性の良い人に売ろうとするのが暮露暮露団(ぼろぼろとん)。ボロボロになるまで大切に扱われたお布団の付喪神ですね。それから、相性の悪い人に売ろうとするのが白溶裔(しろうねり)。布巾が龍のようになった付喪神です。たまに喧嘩していますよ」


 白溶裔のほうはアニメで見たことがある気がする。

 確か雑巾から成る妖怪だったかな? そうか、元は布巾か。似たようなものだけれど。


「喧嘩って?」


 俺が尋ねると、今度は刹那さんが答える。


「どちらが多く人に売りつけることができるかを競っているらしいぜ。『良い人のほうが多い』『いや悪い奴のほうが多い』と言い争っているのをよく聞く。あと、布団のほうも白溶裔のほうも、絹狸や司書さんと同期なんだぜ」


 刹那さん曰く、白溶裔、暮露暮露団、絹狸、文車妖妃は大体同時期に生まれた怪異なのだと。

 鳥山石燕の『百器徒然袋』という、上中下の三巻あるうちの中に登場する怪異達だから、実体化もほぼ同時期だったそうだ。ただ、他が上巻収録なのに対し、暮露暮露団だけは中巻収録なのでほんの少し年下だとか。

 全員二百歳超えなのは間違いないらしい。


「付喪神の露店にいるあの子達は人に関わらない限り中立ですね。神様でもあり、怪異でもありますから」

「どっちでもある……? って、どうしてだ? 付喪神っていうと、神って名前はつくが妖怪のイメージが強い。唐傘お化けとか」


 歩きながらの雑談に興じて二人が嬉々として俺にレクチャーしてくる。

 俺が疑問をよく口にするからというのもあるのだが、彼らの話を聞くのは楽しいし、仕方のないことだと思う。


「もう少しで着くよ」

「はい」


 会話の合間に入れるように、先導している絹狸が告げた。道中の話題は次で終わりそうだ。


「ええとですね、付喪神はちょっと特殊なんです。彼らは人に乞われて大切にされれば神様寄りになって僅かながらに神格を持ちますが、打ち捨てられ蔑ろにされれば怪異としての性質に寄ります。付喪神は道具ですが、持ち主によって神にも怪異にもなるんですよ」

「神と怪異、五分五分の性質を持ってる奴が、持ち主の扱いで神七割、怪異三割に変化したり、その逆になったりするんだってな。不思議な生き方じゃねぇか?」

「確かに不思議だなあ」


 そうこう言っているうちに、付喪神達の露店を通り過ぎて林の中へ。

 木々と竹が交互に存在するその林の中を抜け、少し経つとそこには大きな……暖簾か? 垂れ幕か? とにかく、狸の尻尾を模した紋が中央に入った、大きな大きな布が入り口にかかっている和風建築の建物があった。


 開けた場所で、近くに川もあるようでせせらぎの音が聞こえる。ここにも三途の川から分かれた水が来ているのだろうか。

 着物を染めるのに川の水を使うと聞いたことがあるし、立地的にも呉服店に適しているのかもしれない。いや、普通呉服店と染物屋は別か……? 


「ここがアタイのおうちさね。今日は手伝いに来てくれる子もいないからねぇ、話し相手が少しばかり欲しかったところさ。それに、質問もあったし」

「質問ですか?」


 中に案内され、布をくぐる。

 中には着物が広げて吊るされている……俺は名称を知らないが、とにかく着物を広げて吊るすハンガーみたいなやつ。あれで色とりどりのお洒落な和服が飾られている。奥には巻物のように丸められた生地単体も積み上げられていて、注文する際はあそこから生地を選ぶのかな? という印象を受けた。


 中央にベンチのようになった木のテーブルと椅子があり、そこへ誘導される。

 絹狸が少し奥へ行って帰ってくると、テーブルの上に温かいお茶がなみなみと注がれた湯飲みが置かれる。礼を言って、本題に入った。


「あの、条件つきで手伝っていただけるということでしたけど、その条件っていうのは……?」

「アタイの質問に答えることさね。それと、今時の若者であるあんたに着物の柄とかが地味すぎないか意見を貰いたいんだ」


 今時の若者って言っても、俺は流行りとか分からないぞ……ピンチだ。


「えっと、それじゃあ質問っていうのは?」

「そうそう、それが一番重要なんだ。なあ、あんた。結婚式をあげるなら、お相手の子に着てもらいたいのは白無垢かい? それともドレス?」


 その瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。

 ……正確には、さまざまな妄想が過ぎってなにも答えられなかったのだった。

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