其の二十「放送室のおしらせさん」
真白さん達に協力確約をしてもらい、連絡先を交換したところで別れの挨拶をした。寿司屋を出れば、周囲はわいわいがやがやと祭り特有の喧騒が支配している。
「それで、次はどうするんで?」
小さな狐が店番をしている出店で桃飴を購入し、封を開けると刹那さんが口を開いた。三人共に桃飴をいただきつつ、歩いている。この桃飴は春国さんのところの神社から出ている店の物だ。さっきの小さな狐は修行中の身らしい。
「思いつく限りだと……しらべさんはここにいると思うか?」
俺が問うと、春国さんが悩ましげな表情で答えた。
「あのヒトはあやかし夜市にいた場合、自分を呼ぶ声が聞こえれば向かってきてくれますよ。しかし、あのヒトは赤座紅子さんの先輩でもありますし……もしかしたら、彼女が紅子さんを囲って守っている場合もあるので、姿を見せてくれるかどうかは微妙ですね」
「そうか……」
「そういえば、詳しい経緯は聞いていないんですよ。紅子さんが消滅の危機に瀕して姿を消したことは知っているのですが、なにか機会があったり、予兆があったりしましたか?」
今思いついたように春国さんが言う。
刹那さんは視線をときおり動かし、俺達の会話を静観しているのだが、聞いているのか、いないのかちょっと判断つかない感じになっている。もしかして、なにかしているのだろうか……? なにかしているようには見えないのだが。
「確か……前日におかしなことがあった」
「おかしなこと?」
「それが、あの日は紅子さんと喫茶店にいたんだが」
「デートかい?」
「そうとも言う」
刹那さんの合いの手が入る。
事実だし、改めて言われると少し照れ臭いな。俺がデートだと思っていただけという可能性もあるが、彼女にとってもそうだったらいいのだけれど。
「喫茶店にいるときに、変な放送が入ったんだ。ノイズだらけで、なにも聞こえなかった……というよりなにを言っているのか判別がつかなかったんだが、今思えば紅子さんはその放送で、随分と動揺していたように思う」
「放送か」
「そう、放送だ」
刹那さんが神妙な顔で俺の肩を叩き、立ち止まる。
つられて立ち止まり、彼と向き合った。
「そいつは、やっぱりさとり妖怪の仕業だと思うぜ。旦那は知ってるだろう? 七彩高等学校の七不思議の七番目」
尋ねられて思い出す。
偽物の青凪さんから貰い、そして脳吸い鳥事件のときに手に入れた資料。紅子さんである赤いちゃんちゃんこが一番目で、あのとき合言葉にもした七不思議の七番目。
「放送室の、おしらせさん」
放送室のおしらせさんは人の秘密をなんでも知っていて、放送でバラしてしまう七不思議……だそうだが、そうか放送室。
確か、鈴里さんは自ら七不思議の七番目と名乗っていた気がする。放送室を使って人の秘密をバラし、その慌てる様を見るのが好きなのだとか……趣味は最悪だが、確かに今回のことと合致する。
「それで、その放送を聴いてから紅子さんは、なんとなくぎこちない笑顔になっていて、心配だったし早めに切り上げて帰ることにしたんだ。それで、帰り道に『また明日』って言って……紅子さんは」
また明日、とは返してくれなかった。
返ってきた言葉は『じゃあね』であって、『またね』と明日の再会を確約するものではない。あのとき、既に彼女は俺の前から姿を消すつもりだったんだろう。
「なら、やはり夜市の総大将に頼るのはよくありませんね。ここではなく、学校にいる可能性が高いです。探してもいないでしょうし、別のところを周りましょう」
すっぱりと、そう言った春国さんが歩き出す。
その足は明確にどこかへと向かっているようでもあり、そうでないようにも見える。
あと夜市で向かうべきところは……。
「あれ、あんた久しぶりだね」
彼についていこうとしたところで、声がかけられた。
振り返り、声の出所に視線を移す。
「ついこの前見かけたっきりだったけれど、もしかしてたまにここに来てんのかい? あんたが同盟入りしたっていうのは噂で聞いていたけれど、あれ以来会わなかったからさぁ」
黄色い着物、下駄に狸の尻尾。
えーっと、誰だっけ。
「覚えてないかい? 人間は薄情だね、ついこの前会ったばかりなのに! アタイは絹狸のキヌタさ」
ついこの前……?
記憶を辿っていく……が、狸。ああ、そういえば一年くらい前、初めて夜市に来たときに絹狸に会ったな?
一年近く経つのに「ついこの前」とは、なかなか人外と俺との認識の差が酷い。
「えっと、お久しぶりです……?」
「その顔は『さっきまで忘れてました』って顔だね! なんだい、条件付きで手伝ってやろうってのに、そんな顔するんじゃ声かけるんじゃなかったかねぇ」
申し訳なさに頭を下げていた俺は、その言葉にパッと顔を上げた。
「本当ですか!?」
「ああ、条件付きでね。あんた達のことは噂で聞いているからさ。いい機会だと思って」
左右の親友達に視線を向けるが、首肯で返された。ついていっても安全ということだろう。両隣にしっかり確認した俺は、彼女の提案に二つ返事で了承した。
「さて、アタイの『呉服店』へと向かうよ。ついて来な」
そうして、狸の女性の案内について行くのだった。




