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其の十九「お手軽和風カルパッチョ」

 さて、どうしようか。

 これは得意分野の料理でこの人達を納得させる、ある種の試練である。気は抜けない。


 料理を作ると言っても、ここは寿司屋だ。材料はどうしても限られてくるのだが……あるのは、サラダになるようなものに酢飯、魚の刺身に調味料や油くらい。あとは卵かな。


 どうやらここの店主は回転寿司屋にありがちな、魚の刺身以外を使ったおかず寿司のようなものは扱わないみたいだ。見事に食材は魚ばかり。ガスコンロやフライパンなどの寿司に関係ない調理器具は存在してはいるものの、洋食を作るという条件には今ひとつ足りない印象がある。


「ええと、洋食で美味しいって認めてもらえれば合格できるんですよね……?」

「ええ、わたくしめが美味しいと感じる、『食材の旨味を殺さずしっかりと引き出した料理』が条件ですわぁ」


 食材の旨味を殺さず……。


「しょ、食材の本来の味を引き出す……みたいなのはありですか?」

「ありですよぉ」


 材料から思い浮かぶのは、お手軽に作れる料理くらいなのだ。

 もちろん美味しく作れる自信はあるが、それがありなのか、なしなのかは先に訊いておかなければならない。一応あれも料理ではあるはずだ。


 ということで、まずは玉ねぎから。

 紫玉ねぎがあったので、まず半分に切ってから片方を保存。使うのは二分の一だけでいい。薄くスライスしていき、軽く塩で揉んでから水に晒す。


 それから、寿司の飾りに使っていたのだろう三つ葉を二〜三㎝幅に刻み、冷蔵庫の中にあったミョウガを千切りに。

 ここで大皿を用意しておくが、それぞれの食材を三つ葉、ミョウガと分けて置く。水に晒した玉ねぎは、辛味を抜くために行なっていることなので十分程で引き上げ、これも小皿に分けておく。


 あとは寿司用のマグロを薄めに切り、準備をしておく。

 それからタレを作るためにボウルにごま油を大さじ三、酢を大さじ二分の一、しお酢を小さじで三分の一、おろしニンニクを小さじ一。あとはブラックペッパーを少々お好みで混ぜていく。


 それから大皿に辛味を抜いた紫玉ねぎ、マグロ、三つ葉、ミョウガと盛り付けて最後にタレを充分に上からかける。

 ここまで来たらもう分かるだろうか。「あらあら」と呟く店主に少しだけ不安になった。サラダも料理は料理……でいいんだよな? 


「ええと、簡単なものですけれど」


 大皿に盛った『カルパッチョ』を差し出す。


「マグロと三つ葉の和風カルパッチョ……です」


 料理に自信はある。

 なんせ、邪神野郎に嫌というほど仕込まれたからだ。

 料理ができなければ俺はお仕置きを受けたし、あいつの満足いくものを作れるようにならなければ、外出は禁止され……監禁された。


 外に出られるようになるために、必死に覚えて、そして今では趣味の一つになっている。あいつのために料理を作るのは(しゃく)だが、人に料理を振る舞って美味しいと言ってもらうのは好きだ。


 紅子さんにもお菓子を作ったりして喜んでもらっていたわけだし、カルパッチョひとつ作るのにも手は抜かない。ちゃんと美味しくできているはず。


「なるほどぉ、確かに洋食のひとつですねぇ」

「さらだ、かしら?」

「量は少ないだろうが、我らもいただこう」


 店主が大皿を持って厨房のほうからカウンターへと移動する。

 全員に振る舞うつもりではあるが、まずは審判である店主からだ。


「旦那、写真撮っていいかい?」

「いいよ。刹那さんって料理の写真撮ったりするタイプでしたっけ?」

「記念だ、記念!」

「雑では……」


 記念撮影と言いつつカルパッチョを撮影する刹那さんに、理由が雑だと口にする春国さん。二人の視線もカルパッチョを前にした店主に移る。


「それでは、まずはわたくしめから……」


 箸を手にして、店主が手を合わせる。


「いただきます」


 心臓がうるさいくらいに緊張を訴えてくるのが分かる。

 店主の白い手が箸を操り薄切りにしたマグロで玉ねぎとミョウガ、三つ葉を包み込んで行くのを見守る。一緒に食べるためにサラダを刺身で包むのはよくあることだろう。

 食材がひと纏めにされて彼女の口の中へ。

 小さな口いっぱいにカルパッチョを頬張り、じっくり味わうように咀嚼する姿。それから「はうっ」と溜め息を吐いて空いた左手で頬を押さえ込んだ。


「どう、ですか?」

「サラダですけど、玉ねぎの辛味やえぐみもないので食べやすく、タレがマグロちゃんの旨味をぎゅっと引き出してくれていますねぇ。食材本来の味が活かされているのが分かりますぅ……これならこの子も本望でしょう」


 本望って……。料理になることが? 

 これまた不思議な価値観だ……。


「そ、それじゃあ……?」


 合格か、と言う前にあゆるさんが「真白さまと破月(はづき)さまもどうぞぉ」と差し出す。彼女の心の中では多分もう合否は決まっているんだろうが、二人にも今食べてもらおうということらしい。


「それじゃあ、いただくわよ」

「うむ、川姫が我らに差し出すということは、もう気持ちは決まっているだろう」

「お、それなら俺も食べさせてもらいたいな」

「僕もいただきます」


 次々とマグロに包まれたサラダが彼らの口の中に消えていく。

 俺はその様子を見ながら保管に使っていた小皿や包丁などの調理器具をさっと洗う。


 刹那さん達の箸が伸びる勢いも止まらない。

 一応それぞれがそれぞれに遠慮してカルパッチョを摘んではいたが、そう時間がかからずに完食した。


「ごちそうさまですぅ」

「お粗末様です。えっと、どうでした?」


 恐る恐る訊く。

 あの様子だと大丈夫だろうが、しかしやはりこれを訊くのは緊張を伴った。


「合格ですぅ。うふふ、当たり前ですよぉ、美味しいものでなければ真白さまに差し出すわけないじゃないですかぁ」


 ま、まあそうだよな。どうやら真白さんのことを慕っているようだし、そうだろうとは思っていたが……。


「なら」

「合格でしたのでぇ、わたくしめも含めて……ですよねぇ?」

「ええ、私達も協力を確約するわ。安心してちょうだい」


 あゆるさんの言葉に真白さんが頷く。

 今更ながらに実感が湧いてきた俺は、小さくガッツポーズを決めて「よし」と呟いた。


「旦那、お見事だぜぇ!」

「やりましたね! あ、すごく美味しかったです!」


 それぞれ片手をあげる刹那さんと春国さんと軽いハイタッチをして喜び合う。

 協力をしてもらうための、はじめての試練。クリアだ! 

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