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其の十八「協力の条件 真白の場合」

「鮎の化身なのに寿司屋……?」


 自分も魚なのに魚を捌く寿司屋。

 正直その神経が分からない。いやだって人間が人間捌いているようなもので……え、同族だよな? 鮎の化身ってことは、化け鮎ということで……鮎が長生きして化けたか怪異というわけで……その鮎が寿司を握る……? 


「初めての人は混乱するわね。いつものことよ」


 カウンターに頬杖をつきながら薄い笑みを浮かべて真白さんが言った。

 あ、良かった。混乱するのは俺だけじゃないのか。


「俺も最初は意味が分からなかったが、まあ説明を聞けばなんとなく理解はできると思うぜ」


 隣から聞こえた声にそういうものかと頷く。

 それぞれが注文をして彼女の話を待った。


「勘違いをしてはなりませんわぁ、お客様。わたくしめは確かに鮎の化身……お魚です。そしてわたくしめが捌くのもまたお魚……それは事実でございますけれどぉ」


 やけに間延びした甘ったるい声であゆるさんが微笑む。

 手を洗い、寿司を握り始める彼女に自然と視線が吸い込まれる。ウェーブした長い髪は前に垂れてくることはなく、飲食店で髪をまとめてあげていないというのに、なぜか不潔さは感じられない。ああいうの、嫌な人は嫌なものだろうと思うが、不思議だ。


「わたくしめどもは、大きなお魚が小さなお魚を食べるのは自然の摂理。弱肉強食の世界ですわぁ。その頂点へと至り、あやかしとなったわたくしめが弱者を調理し、食らうのはそれほどおかしなことではありませんのぉ」


 い、言われてみれば……? 

 納得しかけてやっぱり少しもやっとしたものが残る。しかしこれは恐らく俺のような人間と彼女との価値観の差なんだろうと思ったので、無理矢理飲み込むことにした。

 相手はあやかし……まあ広域的には怪異か。怪異なんだし、常識の齟齬があるのは仕方のないことだろう。彼女は魚だけど魚を捌く。それだけだ。


「はい、お待ち。新鮮なうちに召し上がってくださぁい」

「来ました来ました!」


 春国さんの腰元からピンと尻尾が現れる。興奮したときに本性が出てくるようなので、よほど楽しみにしていたのだろう。彼が注文していたのはもちろん稲荷寿司である。


 目の前に並ぶのはマグロにアジにカジキ、それにえんがわやシメサバ、春国さんには稲荷寿司と注文したものの数々。

 醤油を小皿に垂らし、ちょんと身につけて頬張れば新鮮なマグロの旨味が口いっぱいに広がった。これは……! ほろほろと崩れていくマグロの身に程よい酸味のある酢飯。たまに行く回る寿司では味わえないものだ。

 要するにめちゃくちゃ美味しかった。値段がますます気になってきてしまう美味しさなのだが、手が止まらなくなりそうだ。


「真白さまぁ、網の準備できましてよぉ」

「はいはい、一応聞くけれど、あんた達もサザエ食べるかしら? 今が旬よ」

「漁港より直接仕入れている新鮮な貝類もあるのだ、お前達も食らうだろう?」


 真白さんと破月さんの申し出に縦に首を振る。まさかサザエの壺焼き……! 寿司屋だけどいいのか? 他の食材に影響出たりしないのか……? 


「結界を張って、その中で網で焼くのよ。人間の街ではこんなことできないでしょう?」


 真白さんの説明に納得した。

 なるほど結界。さすが怪異達の世界だなぁ。

 そして破月さんが焼く役目に回って楽しげに準備を始めたところで、真白さんがこちらに鋭い目を向ける。


「それで、噂は聞いているわ。そのときが来たようね」


 見抜かれている。そして、やはり噂は出回ってしまっている。

 それに気付かされて、黙って頷く。まるで責めるような巫女の視線に圧倒された。忠告されていたというのに、結局こんな土壇場になって動き出した。そんな俺は非難されてもおかしくはない。特にこの二人は、俺達の関係を快く応援してくれていた。自分達も異種族同士の恋人だった故に、なおさら俺達に対する期待も大きかったろう。


「はい。情けないことですけれど俺だけの力では、紅子さんを取り戻すことができそうにありません。だから、俺は俺にできることをやります」


 いや、ダメだ。この言葉で終わったら呆れられるだけだ。

 だって俺は。


「絶対に、諦めません」


 諦める気なんて、毛頭ないのだから。


「故に、俺は今まで出会ってきた人達全てに協力を願い出ています。紅子さんを取り戻すためには、いくらでも頭を下げますし、対価だって、払えるものなら払ってみせましょう。俺にできることならば。もちろん、だからといって命やこの心を取られるような対価は差し出せませんが」


 こういう願いではもちろん限度がある。

 俺の知る邪神野郎なら、迷いなくこの恋心を引き換えにとかなんとか言ってくるだろうと想像がつく。しかし、そんな御伽噺の中のような理不尽な取り引きはするつもりがない。


 俺と彼女の縁が結ばれないのなら、意味がないのだ。


 物語の中のように、俺の命と引き換えに彼女を助けてくれなんて綺麗事は通用しない。そんなことは今までの経験で理解しているし、そんなことをしたら彼女がどう思うかなんて考えるまでもなく知っている。




 ――令一さんも、もう無茶をしないように。キミが死んじゃったら、きっとアタシはもう生きていけない。もう、死んでるんだけれどね。


 あのときの約束があるからだ。神中村での、約束が。


 ――約束だ。俺は君を守るよ。そして、もう無茶をしないし、死んだりしない。

 ――約束。アタシは守られて、大人しくしている。無茶もしない。


 彼女と交わした指切りげんまん。とても大切な約束。


 ――怪異との明確な約束は絶対だよ? いいの?

 ――分かっていてやってるんだよ。




 怪異との約束は絶対だ。

 俺は自身も犠牲にせず、そして必ず紅子さんだって守ってみせる。

 紅子さんが人を殺さないという意地を張って消滅の危機を迎えているなら、俺は意地でも迎えに行く。連れ戻しに行く。それだけだ。それだけでいい。


 人間は一人では生きてはいけない。

 人に頼って生きていくのが人間なら、俺は全力で頼らせてもらう。

 だから、明確な意思を持って真白さんに答えた。


「真白さん、破月さん、あなた達の協力をお願いします。紅子さんを連れ戻すために。条件があるなら、内容によっては飲めませんが、俺のできることならなるべくやってみせましょう」

「ふむ、良いな」


 独り言のように破月さんが漏らす。


「そこで命を賭けたりなんてしていたら蹴り飛ばしていたところだわ」

「然り、然り」


 真白さんと破月さんが口元を着物の袖で覆ってくすりと笑う。

 まあ、そうだよな。


「……ここでタダで了承したらあんたのためにはならないでしょうし、条件をつけましょうか」

「まずは我らからの条件で慣れよ。なに、人間にできぬような難題は出さんよ」


 そう来たか。

 この人達なら対価はなしに……なんて甘い考えは通用しない。誠意は言葉で充分伝えたはずだし、彼女達は今後俺がいろんな神妖の条件を飲んでいくことを見越して練習させてくれようとしているのだろう。

 それなら、その言葉に甘えるべきだ。


「内容を、聴かせてください」

「そうねぇ……私達、基本的に和食しか食べられないのよね。作るのが和食に傾倒しているから。だから、そうね……魚を使った洋食料理で、そこにいるあゆるを納得させてみせなさい。それが課題よ」


 彼女の言葉にパッと店主に視線を移す。


「わたくしめは、お魚料理にはうるさいですよぉ……この店にあるものなら使わせてあげましょう。素材の味を殺さず、しっかりと美味しいものを作ってくださいねぇ」


 とろんとした目尻の下がった笑みに頷く。


「分かった」

「よ、旦那! 俺達にも食わせてくれよな!」

「楽しみにしていますね」


 刹那さんと春国さんに笑みを返して、案内されるままにカウンターの中へと入る。そして渡されたエプロンを手に、俺は内心の喜びを押し隠した。


 嫌というほど邪神野郎に仕込まれた料理の腕が、まさかこんなところで必要になるとはな。人相が悪いとよく言われるこの顔で、不敵な笑みを浮かべる。


「料理は、得意分野だ」


 さて、なにを作ろうか。

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