其の十六「ペチュニア魔法薬店」
「……すまない」
「い、いや、情熱は伝わったよ」
十分ほど熱く語られたところでアリシアからストップが入り、字乗さんはようやく我に返ってくれた。あのまま続けられたらどうしようかなと思っていたところだったが、冷静になってくれたのなら構わない。
さすがに一週間しかないのに、ひとつの場所に時間がかかりすぎるといけないが。
「それで、話っていうのは紅子お姉さんのことですよね?」
「そうだよ、紅子さんが……」
ある程度のことは他の怪異達の噂で聞いていたらしいアリシアに事情を話し、協力をお願いする。ジェシュは先程協力してもいいと言っていたので、その前提で。
「もちろん、あたしができることならやりますよ。紅子お姉さんのこと大好きですもん」
「ベニコのことなら私様も協力してやろう! 世話になったしのう!」
アリシアは元から彼女を慕っていたし、レイシーも事件のときに一応敬った言動をしていた紅子さんには懐いている。二人が協力を確約してくれたのは必然だった。
「私もやれるだけはやるさ。しかし……本当に手紙を書く時間はないのだな」
「すみません、今日中にできるだけいろんなヒトのところにいきたいので」
「分かった。なら私は、移動図書館でも開いて噂を広げて来ようかね」
字乗さんの協力もこれで約束された。
「司書さんが自分から動くだなんて珍しいねぇ」
「私は他者の恋に弱いのさ。失恋妖怪だからね……自分にないものには羨望を抱くし、同時に、無性に応援したくなるのだよ」
よもぎ色の袂を持ち上げ、字乗さんが自嘲気味に笑う。
彼女は己が失恋した文が元の付喪神だからと、絶対に恋なんてできないと思い込んでいるらしい。これは刹那さんも前途多難なわけだ。そもそも彼女、自分が報われるわけがないって思っているようだし。
しかし応援してくれるのはありがたい。字乗さんと言葉のやりとりを繰り返し、言葉遊びをして交流を図る刹那さん。それを微笑ましげに見守る春国さん。
図書館にいる全員に話は通せたのであとは次の場所へと行くだけだ。
「次はどうしますか?」
「水晶の森で」
図書館から出発し、迷いなく水晶の森――ペティさんのところへと向かうのだった。
◇ 水晶の森 ペチュニア邸
「待ってたぜ三人とも!」
魔力の籠もった水晶が美しい森。
その奥の、ペチュニアさんが住んで薬師をしている店に行けばそうやって出迎えられた。
待っていたということは、もしかして既に俺がこうして鏡界巡りをしながら協力を募っているのも出回っているということだろうか?
「まあなー、ま、そっちの二人は知っているみたいだし、今お前がアレを見ると気が抜けそうだから気にしないでおいたほうがいいぜ」
両隣へと順番に視線を送る。
刹那さんにも、春国さんにも、そっと目を逸らされた。
おいおい、知ってたのか? 二人とも。
「……そうですね、令一さんは知らなくても大丈夫ですよ。ほら、ここの住民って異種族同士の恋愛が好きですから、二人の恋の行方が気になるヒトも結構いるんですよ。それで噂が巡っています」
前にそんな話を聞いた気もするな。
そういえば、刹那さんと初めて出会ったクリスマスの宴会でも、彼に記者としてそういう質問をされたし……たしかあのときにそんなことを言っていた気がするぞ。皆、いったいどこからこんな話を嗅ぎつけてくるんだ……?
「知った仲とはいえ、俺様も魔女として対価を要求……と言いたいところだが、今はいい。レーイチは今後、俺様があの子を迎えに行くときに協力することを約束してくれたら積極的に動かせてもらう」
ペティさんの言うあの子……と言うと、以前話していた銀の毛並みをした猫のことだよな。どこかで怪異として暴れていると噂の。なるほど、そのときに協力することを約束することで、今回は俺の話にも乗ってくれるというわけか。
知り合いとはいえ無償で働くわけにはいかない。だから各目上の理由が必要になるわけだ。確かにこれなら互いの利になる話だし、損もない。
「分かった。そのときは俺も積極的に働くよ」
「約束だぜ? んじゃ、レーイチにはアドバイスをやろう」
「アドバイス?」
彼女の店の玄関の前でのやりとり。
図書館では少し長居してしまったので、ここではあまり長居できないからだ。それを彼女も分かっているらしく、店の中に招こうとはしてこない。その場での立ち話。そして別れ際、ペティさんはにかっと笑いながら人差し指をたてた。
「俺様は師匠に魔法を教えてもらう契約をしている。それにはもちろん対価が必要だった。普通、悪魔との契約には生贄やら女の純潔やらを捧げる必要があったりで、こっちの負担がでかいんだが、師匠はそんなことはしなかったんだ」
「は、はあ……」
生返事をする。話が見えてこないんだが。
あと魔女と悪魔の契約事情はあまり知りたくなかったな……なんとなく生々しくて。
「師匠は甘党なんだ。これ、豆知識な?」
そう言ってペティさんはウインクをした。
彼女の師匠はケルベロスのケルヴェアートさんのはずだ。彼が甘党なんだろうということは、なんとなく分かっていたことだが……。
「おかげさまで俺様は毎月菓子作りに精を出すはめになっているわけだ。ま、そんなところだな。頑張れよ、レーイチ」
ヒントとばかりに言葉を紡いで彼女は手を振りながら店の中に戻って行った。これで話は終わりだということだろう。
協力はしてくれると言っていたから、目的は達成したはずなんだが……。
「アートさんって、中立なんだよな?」
「ええ、そうですね。でも僕もそれは同じですよ?」
春国さんの言葉にハッとした。そうか、彼も同盟と仲はいいが、建前上は中立派なのか。俺と仲良くしてくれているから忘れていたが、そうだった。
「俺は同盟所属のブン屋だが、春国の旦那は違ぇ。令一の旦那だからこそ、俺達は協力しようと思ったんだ。だから、相手が中立派でも攻略法さえあれば動かせるかもしれねぇ。それは、さっき亡霊の魔女が言ったことで分かっただろ?」
「ああ、ならアートさんに会ったとき用に、あとで手作りのパイでも作るかな」
お人好しのケルベロスは甘いもので動くかもしれない。
心のメモに記して、俺達は次の場所へと向かった。あやかし夜市なら鈴里さんもいるし、昔会った絹狸もいるかもしれないからだ。
長い長い一日は、まだ終わらない。




