其の十三「詭弁と推理」
「君の五体が揃うのは、三百年後の三月、水曜日だ」
迷わずに、言い切った。
痛いほどの沈黙が落ちる。しかし、意見を撤回するようなことはしない。決してしてはいけない。なぜなら「自信満々」に答えなければならないからだ。
『確カ、ですネ?』
「ああ、確かだ」
否定してはいけない。
迷う素振りを見せてはいけない。
でたらめの勘や嘘だと見破られるようなことはしてはいけない。
……そうでなければ、五体を奪われる。
『分かリ、ましタ。それでハ、ごきげんよウ』
「こっちこそ、助かった」
その言葉を最後に通話が切れる音がして、ようやく肩の力を抜いた。
「終わった……」
「おつかれさまー、うんうん、上手くやったね」
項垂れる俺に、アルフォードさんが声をかけながらティーポットと新たなカップを用意し始めてくれている。茶葉を蒸らしたりなどの行程はすでに終えているようで、彼は温めてあるらしいカップに紅茶を注ぐと、俺の前にコツンと置いた。
「はい、頑張った令一ちゃんにご褒美」
「ありがとうございます」
礼を言って、そっと口をつける。
紅茶の適正温度なのだろう。非常に高温だが、白磁のカップからふわりと漂う香りは最高だ。少しだけストレートの紅茶を口に含み、火傷しないようにいただいた。
体の芯から温まるようにじわりじわりと紅茶の味が広がっていく……本場の神様の淹れる紅茶なのだ。なんて贅沢なんだろうか。これは確かにご褒美だな。
「さて、令一さん。少し確認をいたしましょう」
こちらを見やった真宵さんに頷く。
俺が視線を向けると、彼女はわざとらしくテーブルの反対側で足を組み替えて見せてくる。長く美しい藍色のドレスの衣擦れの音が届いてくるようだ。
俺には好きな人がいるので目を奪われたりしないが……真宵さんって生足でヒールを履いていて痛くはならないのだろうか。
「わたくしは正解をお教えはしませんでした。なぜ、怪人アンサー……彼女の質問に、堂々と『三百年後の三月、水曜日』と答えたのでしょう? 教えてくださいな」
ヒントをくれたのは真宵さんのほうなのに、答えあわせを要求してくるのか。
まあいい、間違えればやばい案件だったわけだがなんとかなったし、ちょっと冷静に考えれば分かることだ。
この手の怪異の屁理屈には、紅子さんでもう慣れたものなのだから。
「まず、真宵さんが事前に『迷ってはいけない』って言っていたじゃないですか」
「ええ、そうね」
テーブル越しに向かい会い、彼女に答える。
向かい側には真宵さんと、ちょっと間を空けてアルフォードさん。こちら側には俺と刹那さん、春国さんが座っている。二人は俺と同じように出された紅茶を飲みつつ、俺の話に耳を傾けている。
どうやら無事に怪人アンサーとの問答を終えたことで安堵してくれたらしい。
二人がいるだけで俺自身もだいぶ精神的に支えられているので、言葉はすらすらと出てくる。
「怪人アンサーからの質問に答えられなければ、アウト。これだけ聴くと、必ず正解を言わないといけないと思い込むかもしれませんが、実際には違いますよね」
「違うとは、どう違うのかしら?」
怪人アンサー自体にもヒントを与えられ、ようやく俺は推理することができた。そこはちょっと情けないが、思い込みの怖さっていうのも知ってゾッとしたな。
「言っていたじゃないですか。怪人アンサーは自分のことは分からない。だから、必ずしも正解を言わなければならないわけではないんです」
そう、怪人アンサーと俺。互いに知りたいことがあり、互いに答え合うのが彼女との問答。そして、彼女自身も答えを知らないが故に、堂々と迷わず答えて「嘘」や「でたらめ」で言っていると捉えられなければ、どんな答えでも正解になるのだ。
〝怪人アンサーはなんでも知っている〟
〝だからどんな質問にも答えてくれる〟
その噂の前提があるからこそ、怪人アンサーがまるで全能の存在のように思えてしまう。しかし、あちらからも質問してくるということは、その質問内容の正解はあちらも知らないということ。そして、その条件はこちらも同じ。
こちらの質問に答えてくれたとして、彼女が教えてくれるその答えが〝嘘やでたらめではない〟という確たる証拠なんて、実はどこにもないのだ。他ならない彼女自身がそれを証明している。
だから、こちら側も堂々と迷わず、さも知っていますよと言わんばかりに適当な答えを言う。
これが、怪人アンサーとの問答に必要な答えなのだ。
「では、具体的にあの数字にしたのはなぜかしら? 三百年後の三月、水曜日と」
「まず、数年とか数十年単位だといざそのときが来たら、嘘だってバレるじゃないですか。なら、非現実的な数百年後単位で答えるのが一番だと判断しました。月と曜日は適当ですね」
「ん、そういや旦那。本来訊かれるのは何年後かと何曜日かだった気がするんだが、なんで月まで答えたんで?」
電話中の内容は、俺にしか分からない。
一つ質問を追加して聞いたから、向こうも追加してきただけなんだが。
「怪人アンサーも協力してくれるか? っていう言葉を質問と捉えてきて、その代わりに月も答えろって追加されたんだ。でもおかげさまで、噂の拡散を始めたら電子の中で彼女も協力してくれるって言ってくれたよ」
「彼女はいつでも電子の海に潜んでますからね……心強いですが、よくそんな勇気出ますよね」
アルフォードさんが追加で出してきたカップケーキを摘みつつ、春国さんが言う。
「とっさに口をついて出ちゃったんだよ。それに……」
紅茶からゆらゆらを立ち上がる湯気が香りを広げていく。
俺は視線をカップに落として、不敵に笑った。不敵に見えるよう、笑った。
「――無謀なのは、いつものことだ。そうだろ?」
「違いねぇなあ。いっつもそれで怪我してる印象があるぜ」
「それで調子に乗って、痛い目に遭わないでくださいね」
からからと笑う鴉天狗。
そしてジト目になってこちらを見る狐精霊に……。
「格好つけさせてくれてもいいのに」
「旦那には似合わねぇよ」
「え、格好つけてたんですか?」
がくりと、肩を落とした。