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其の十一「怪人アンサー」

「じゅ、十個も使うのか……?」


 袋から次々と出てきた携帯電話の数に思わず声が出る。

 さすがにその数は予想していなかった。


「原則、怪人アンサーを呼び出すのには十個の電話を使うんだよ。全部合わせて二十の耳を揃えて彼女を呼び出すって言うのがルールなんだけど……まあ人数がそれだけいなくても電話さえあればできるよね」


 本来は十人でやるべきってことか。

 そこまでくると本当に儀式じみているな。こんな凝ったやつが創作された怪異譚だなんて、信じられない。しかしそうか、細かく決めていればそれだけ大勢に噂が伝播(でんぱ)しやすいのだろうか? 


 ふと、脳内にチラつく影があった。

 長いクチバシ、細口の花瓶のようなシルエットに大きく膨れた腹、カエルのような鳴き声で、煙草が苦手。そんな人間の脳を食べる鳥の怪異『脳吸い鳥』の存在。


 あれも、よく考えたら作り話から生まれた怪異、か。

 しかしどちらも長い年月をかけて伝播していった噂であり、徐々に存在を確立させてきたものである。


 紅子さんのために必要な時間は一週間。足りない。圧倒的に足りない。

 彼女が消えてしまったそのあとに噂が成就して、『紅子さん』が生まれてきたとして、それは俺が今までずっと過ごしてきた彼女ではないだろう。


 空っぽな、紅子さんという個人の魂が入っていない『魂のない伝承(ソウルレス・ロア)』になるだけ。それでは意味がない。彼女じゃないと、俺の心を救い出してくれた今の紅子さんじゃないと、隣にいてくれる意味がない。

 噂に今まで過ごした思い出なんて含まれるわけがないから、そのときはまた『はじめまして』になってしまうから。

 そうなったら、きっと俺は耐えられない。彼女なのに、彼女じゃない。そんな差にきっと絶望してしまうから。


 俺は案外我儘なんだ。

 春国さんみたいに、『未来』に託して待ち続けるなんて殊勝なこと、できそうもないから。我慢強くないから。


 彼女じゃないと、ダメなんだ。

 すぐに取り戻せないと、満足なんてできないんだ。


 なんて欲深いんだろう。

 でも、もうダメだ。知ってしまったから。

 好きな人を、そのままに手の中へ。紅い蝶をこの腕の中に閉じ込めて離したくない。


 ……我ながら執着がすごいなと、少し自嘲(じちょう)気味な笑みを浮かべる。


「……春国さん、は、すごいな」

「そうですか?」


 思わずこぼした言葉に彼が首を傾げる。

 きょとんとした瞳に、ふわりと揺れる白と桜色の髪。彼の愛した人は自ら望んでこの世にはもういない。いや、元々いなかったというほうが正しいのか。

 彼らの結末を見て、俺はあのときに考えた。俺は果たして待てるだろうか? 

 それでも待ち続けると決めた春国さんのように、待てるのだろうか? 何年、何十年、何百年とかけて、好きな人が帰ってくるそのときまで。


 無理だと思った。

 今すぐに手にしないと気が済まない。満足なんてできない。

 そんな醜い人間としての欲。こんなものを向けられて紅子さんは迷惑だろうかと脳裏に過りつつも、抑えることなんてできない想い。


「それでは、ひとつひとつ隣に電話をかけていきますわ」


 十個の携帯電話を円陣にするように並べて、時計回りに電話をかけていく。


「アル殿、失敗はねぇよな?」

「ないよ。ここは鏡界の中だし、俺オレ達幻想の住民も関わっているから確実に繋がるはず」


 ひとつ、電話をかける。通話中になる。

 ひとつ、電話をかける。通話中になる。


 ひとつ、呼び鈴が鳴る。電話に出る。

 ひとつ、呼び鈴が鳴る。電話に出る。


 次へ、次へ。


 ひとつ、ジリリと鳴る。隣へと繋ぐ。

 ひとつ、ジリリと鳴る。隣へと繋ぐ。


 ひとつ、電話が震える。ボタンを押す。

 ひとつ、電話が震える。隣へ電話をかける。


 呼び出し中のはずだ。通話中のはずだ。

 しかし、カチャリと音が鳴る。最後の電話を手にした俺は、息を飲んでその場にいる皆に目配せをする。

 頷かれた。そして、アルフォードさんが小声で「さっきの注意事項、忘れないようにね」と伝えてきた。でないと、失敗すれば俺は五体の一部分を持っていかれてしまうから。明確な回避方法を教えてくれないのは、やはり俺自身でやるべきだと判断されているからだろうな。


「旦那、訊くのはひとつ。一週間で噂を広げる効率的な方法だぜ」


 頷く。一応、ネットを使えばいいという結論には達しているが、念には念を入れてなんでも知っているという怪人アンサーに訊く方法をとっている。

 彼女に保証されれば、その方法は上手くいくということに他ならないからな。失敗は許されない。確かな方法と、その保証が欲しい。

 だから、こうして怪人アンサーに頼っているわけだ。


 緊張しながら「もしもし」と声をかける。

 すると、相手側からはざらざらとした僅かなノイズと共に返事が寄越された。


『もしもし』


 女性の声だ。大人っぽい女性の声。

 頭だけの怪異だと言うが……声帯はどうなっているんだろう。


「ええと……」

『アナタさまは、アタクシになにを訊きたいのかしラ。なにを、()りたいのかしラ?』

「……」


 考えろ。最適な質問と、対応を。

 ――怪人アンサーとの、問答が始まった。

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