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其の九「ひとりぼっちじゃない」

「落ち着いた?」

「ずびばぜん……」


 うずくまる俺の背中をアルフォードさんがぽんぽんと小さな手のひらでさすってくれている。正直情けないし、まさかこんな創作の中でしか見たことのない「ずびばぜん」なんて台詞を吐くことになろうとは思っていなかった。


 ずるずると鼻水をすすり、揺れる声を抑える。

 仕方ないとばかりに、箱ティッシュを鏡界の裂け目から俺の頭上に落としてきた真宵さんにも礼を言う。

 全然涙声が治らないし、喋るたびに泣いているのが丸わかりな声の揺れ方をしてしまう。


 スマホの画面に映る電話帳の名前達。いくつも増えた連絡先。

 紅子さんをきっかけとしてできた繋がりの全て。その全てが俺の宝物だったのだと気がついた。ようやく、実感することができた。


 泣き声は、まだ止まりそうにない。

 ああ――やっぱり、俺は紅子さんに救われてばっかりなんだ。


「ま、今のうちに泣いておいたほうがいいよ。ほら、いざってときに紅子ちゃん相手に涙でぐちゃぐちゃのまま震える声で告白なんてできないもんね」


 そんな例え話に笑う。

 想像してあまりの情けなさに「ないな」と思った。それだけは避けたいところだ。


「頼ることは悪ではないんだ。さっきも言ったように、キミが築いた人脈はキミの実力だし、親しいお友達のお願いを聞いてあげたくなる子はたくさんいるんだよ」


 アルフォードさんの言葉に頷く。

 思い浮かぶのは、もちろん刹那さんや春国さん。

 けれどそれだけじゃない。秘色(ひそく)さんや桜子さん、アリシアちゃんに(とおる)さん、ペティさんに詩子ちゃん達、それに真白さんや破月さん、いろんな人の顔が次々と思い浮かんでいく。


 一人じゃない。

 それがどれだけ心強いか。


「あはは、ちょっと臭い台詞かなあ……一度言ってみたかったんだよね、これ」


 薔薇色の髪先を指でくるくるといじりながら、彼は恥ずかしそうに微笑む。

 そんな彼に向かって口を開いたのは、腕を組んで目を蛇のように細めた真宵さんだった。


「そんなことを言って、トカゲ。あなたも素直になったらどうですの? あなたもどうせ友達だから協力したいと思っているのでしょう。神様だからってそんな風に誤魔化して、贔屓しないフリをして、あなたらしくもありませんわね」


 彼女の言葉に反射的にアルフォードさんのほうへ視線を向ける。

 指摘された彼は、気まずそうに視線を逸らすと頬を両手で覆って抜けたような声を出す。


「えー、真宵ちゃんそれ言っちゃう……? やめてよ、オレだって照れるときは照れるんだよ。皆の指標になる創設者だからそういうルールはしっかりしてないといけないんだってば。恥ずかしいじゃん……流さないでよ、それ」

「もう遅いですわね。だからあなたは、わたくしとは違って慕われるのです。少しは誇りなさいな」

「あー、真宵ちゃんがデレてる。ねー、令一ちゃん、見てたよね? 真宵ちゃんがオレにデレてるよ? 微笑ましいよね」

「やめなさい」


 俺に振ってくるのもやめてください。

 二人のやりとりを聞きながら泣き笑いみたいになってしまった。でもおかげさまで少し落ち着いてきた気がする。先程までは喋ろうとしても喉から引っかかって出てこないような、そんな苦しさがあったのだ。


 ああ、皆あったかいなあ。

 俺が失って、そして紅子さんをきっかけにして再び手にした人と人との繋がり。暖かさ。それをこうして実感すると、感謝してもしきれない。

 やはり、去年の八月八日。あのときは……俺にとっての運命の日だったに違いない。


 だから今年も、今度も運命の日にしてみせる。

 そうだよな。きっと、実現してみせる。

 赤竜刀を握らなくても分かる。はっきりと、俺の心の中に薔薇色の決意の炎が燃えている。芽生えた種火から、次々と皆から渡される想いを受けて。


 無理なんじゃないか、無謀なんじゃないかと思っていた不安感を燃やし尽くして後に残るのは前向きな決意だけ。


 本当に、出会えてよかった。


「あの、アルフォードさん」

「んー、なに? どうしたの?」

「さっきの〝流さないでよ〟ってのはなんですか?」


 この言葉を聞いた途端、彼は目に見えて慌て始めた。

 ……本当に「流さないでよ」ってなんだ? ここまで彼を動揺させるようなことなのか? もしや弱みとして握らないでくれということだったり? 


 いろいろと想像してみるが、見当もつかない。


「あー、えーっと、それは令一ちゃんには関係ないことかなあ。ほら、他の創設者の子とかに聞かれると恥ずかしいじゃない? そういう感じのあれだよ」

「そ、そうですか」


 隣でくすくすと深み笑いをしている真宵さんを見てみても、教えてくれそうな気配はない。本当に恥ずかしいから、ということなんだろう。多分。

 それ以上は失礼に当たる気がして質問はせずに引き下がる。


「んっんっ、だいぶ落ち着きました。ありがとうございます」

「いいよいいよ。何度も言うようだけれど、人間は一人ぼっちじゃ生きていけないんだ……オレ達みたいな存在を、生み出しちゃうくらい寂しがり屋さんなんだよ」


 怪異や神は、人の願いと認識によってこの世に生まれてくる。

 そんな人ありきの存在。隣人を求める心が生み出す幻想。救いを求めて縋りつく偶像を作り上げる。そうして、実現させてしまう。それが人間なのだと彼は言う。


「寂しがり屋さんな、そんな生みの親に求められて、オレは少なくとも嬉しいと思うよ。オレ達みたいなのに救いを求めるなんて、ちょっと愚かだななんて思うこともあるけれど、神様としてオレはそれに応えたいと思っているからね」

「でも蔑ろにされれば容赦なく祟りますわ。生んでおいて蔑まれればわたくしどもも考えはありますもの」

「でも、基本的にオレ達は人に求められて生まれたから、人が好きなんだよ」

「堕ちるときは真っ逆さまですが」


 交互に神様としての側面を二つ、同時に教えてくれる二柱の神様に頷く。

 彼らが応えてくれるというのなら、俺はたよることにする。


 そう決めたから。


「さて、もうそろそろかな?」

「……ええ、もう着くようですね」


 パチリ、パチリと瞬きをして真宵さんが萬屋の扉のほうへ歩いて行く。

 藍色のドレスを優雅に揺らしながら、しかし素早く扉をさっと開ける。


「どわぁ!」

「ちょっと、刹那さん……! だから飛ばし過ぎだって言ったじゃないですか……! 扉を壊して……あれ?」


 扉を開けた瞬間、転がり込んでくるように黒い影と白と桜色の影が墜落してきた。正直、墜落や転落といった表現しか思い浮かばないほどの勢いで、二人が怪我していないかどうかよりも先に、なにやってるんだこのヒト達という気持ちが先行した。


「刹那さん、春国さん」

「おっ、扉開けて待っててくれたのか。ありがてぇ。あとすまねぇ、高速飛行しすぎた。止まらなくてな……」

「うう、ガラスにぶち当たってくるカラスじゃないんですから……止まれる速度にしてくださいよぉ……おかげて脳内処理でのネットアクセスに全部悲鳴が漏れてました……」

「悪かったとは思っている」


 本当になにやってたんだこのヒト達。

 しかし、それだけ急いで駆けつけてくれたことを嬉しく思う俺自身もいるわけで……。気になることはいろいろあるが、まずは歓迎しないと。


「ありがとう、二人とも。電話で察してくれていた通り、俺から相談とお願いがあるんだ。聞いて、くれるか?」

「もちろんだぜ旦那」

「ええ、僕もあのときお世話になりましたから」


 起き上がり、即答する二人に笑いかける。


「ヘタレ男子同盟、集合だね?」


 アルフォードさんの言葉に固まる。

 ……待って、なんだその名称。

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