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双子×2のジャンルトリップ  作者: 仙葉康大
第三章
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SF 雪岡一花の場合

 一花いちか雷二郎らいじろうはエイジー47コピー機に乗って、月の周りを飛んでいた。月の表面三分の二ほどを基地がおおっているのが見えた。


 機体は二人乗りだ。座席は縦に並ぶのではなく、横に並ぶ形をとっている。機体のコントロールを担当するのが雷二郎で、攻撃担当が一花だ。


 一花はまだ信じられなかった。基地を発進する前に行った、たった一時間のシミュレーションで射撃用のレバーが手に馴染んでしまった。それどころか、撃ち方、ターゲットの動きを予測する方法、相手の攻撃を相殺するやり方、撤退時に使用する特殊光弾の使い方まで分かってしまった。それも新しい知識が大量に入って来たという感じはしなかった。はじめから、知識も技術も持っていたのだ。でなければ、こんなにスムーズな飛行はできないだろう。


 今は戦闘訓練中ではなく、パトロール中だ。敵影は見当たらず、一花は手持ち無沙汰だった。

 隣にいる雷二郎に話しかける。


「ねえ、ライ。風二郎ふうじろう月夜つくよ、どうしてるかな?」

「あっちも今頃は宇宙を飛んでるんだろうな。月目指して。なんたって地球軍のエースパイロットだ」

「心配じゃないの?」


「兄貴がいるなら大丈夫だろう」

「ホラージャンルの時も思ったけど、ライってなんだかんだ言って、フウのこと信頼してるよね」

「そう見えるか?」


「少なくとも私よりは頼りにしてるでしょ」

「そうかもな。でも一緒にいて疲れないのは一花の方だよ。兄貴といると体がもたない。振り回されている月夜には同情するけどな」


 風二郎と月夜が地球軍のエースパイロットであることは作戦資料に書いてあった。作戦資料には、これから一週間以内に起きてしまうであろう、地球軍との直接対決についての対応がこと細かに記されていた。

 中でも次の三文は赤字で書いてあった。


 勝敗は地球軍のエース機エイジー47をいかに素早く叩けるかにかかっている。エイジーのスピードに対抗できるわが軍の機体は、雷二郎、一花両パイロットのエイジー47コピー機だけである。コピー機なのでスピードは一段劣るが善処されたし。


「絶対、月側が負けるよね。無茶だよ」

「いや、絶対とは言えない。早く飛べばその分、敵に狙いを定めるのが難しくなるだろうし、兄貴ならポカもある」


「まさか本気で戦うつもり?」

「なわけないだろう。直接対決になったら兄貴たちと合流。そっからはエンド条件クリアかゲートを目指す」


「え、でもヒントもないんじゃ」

「そうだな。見当もつかない。だから行き当たりばったりになるだろうな」


 一花は不思議に思った。こういうとき雷二郎はイライラするはずなのだが。


「落ち着いてるね」

「実は思った以上に操縦が楽しくてな。宇宙もきれいだし。現実の世界じゃこんな体験、一生できなかったはずだ。ホラージャンルよりは千倍マシなジャンルだよ。俺、案外SFが好きなのかも」

「私も好きだよ」


 操縦桿を握っている雷二郎の手に、一花は手を重ねた。雷二郎の切れ長な目を見つめた。でも雷二郎は特に反応せず、淡々と言った。


「そろそろ帰投するか。一花、オペレーター室と連絡を取ってくれ」

「はーい」


 星の散りばめられた空間を眺めながら基地へ戻った。

 一花は星に願い事をした。

 ジャンルトリップ中にちゃんと告白できますように。


==========================================


 二人は軍人用のレストランへ向かった。


「どうだ調子は?」


「エイジーの飛びっぷりはいつ見ても惚れ惚れするぜ」

「明日の訓練も頼むよ」


 二人は道行く多くの人から声をかけられた。しかし、基地の中の誰一人として見覚えがなかった。


「俺たちがこのジャンルに来る前から、この世界には俺たちがいたんだな」

「何かややこしいね。私たちがこのジャンルから別のジャンルへ行くとどうなるのかな?」

「さあな。この世界はこの世界でずっと続いていくのかもな。平行世界みたいに」


 二人はスパゲティ専門店に入った。

 店内は見回す。木製のテーブルと椅子、壁に飾られたお皿、グランドピアノ。一花はカルボナーラを、雷二郎はミートスパゲティを注文した。ウェイターの弾いているソナタを聴きながら、料理を待つ。


「ピアノの演奏か。懐かしいな」と雷二郎が言った。


 一花は遠い日のことを思い出していた。

 小学校に入学する直前の春、ある日、一花はたわむれに祖母の家にあったピアノを弾いた。八十八ある鍵盤の一つ一つが違う音を鳴らした。そんな当たり前のことに身を震わせた。


「初めて一花の発表会を見に行ったときは緊張したよ」

「演奏する方はもっと緊張してるんだよ」

「そうだな。確かに緊張して見えた。でも演奏が終わった後、俺が言った言葉覚えてるか?」


 一花は雷二郎からも店内のピアノからも目をそらした。


「覚えてないよ。もうピアノなんて弾かないんだから、覚えててもしょうがないじゃん。あ、料理来たよ。食べよ」


 料理を食べ始めると、男たちが入って来た。

 一花と雷二郎は立ち上がって敬礼した。男たちの中に、朝、二人に腕立て伏せを命じたボギーという男がいたからだ。ボギーは月面軍の司令だった。


「二人ともリラックスしてくれていい。訓練や任務の時間以外は対等な人間同士だ」


 朝の厳しい態度が嘘のようだった。


「一花、ちょうどいいところにいた。今日の連れは君のファンが多い。演奏してくれないか。もうあと何回君の演奏を聞けるか分からないからね」


 ピアノの演奏が止まった。


「どういうことですか?」一花は困惑していた。

「つまり、一花はよくここでピアノの演奏をしていたということですか?」

「していたもなにも、雷二郎、君だっていつも一緒に聴いてたじゃないか」


 一花は自分が来る前にSFジャンルにいた自分自身を呪った。

 黙っていると、ボギーは笑った。


「いや、気分が乗らないならいいんだ。無理に弾かせるもんじゃない。私たちも刻一刻と迫る戦いに神経をすり減らしているが、エースパイロットの君たちの肩にかかる重圧は私たち以上だろう。食事を楽しんでくれ」


 ボギーと他の男たちで店の席はほぼ埋まった。

 一花はフォークを置いた。


 ボギーやここにいる他の軍人のこと、声をかけてくれた人たちのことを思った。今の私は彼らと一日程度の付き合いしかないけど、彼らの記憶には昨日までこの世界にいた私が刻まれているのだ。私は無責任だ。戦いが始まったら、彼らのうち何人かは死ぬかもしれない。全滅だってあり得る。今日が私の演奏を聴く最後のチャンスでもおかしくはないのだ。


「一花、顔を上げろ」


 一花は顔を若干上げたが、雷二郎の目を見ることはできなかった。


「ちょっと行ってくる」

「え? どこに?」


 雷二郎がピアノの前に座った。片手で鍵盤を叩いた。きらきら星のメロディーが店内に響いた。


「今日は雷二郎が弾くのかー?」

「いいぞー、やれやれー」

「俺にも弾かせろー」


 男たちは途端に笑顔になった。笑い声が演奏と溶け合っていった。

 ボギーが一花の前に座った。


「雷二郎はとても楽しそうに弾くな。ま、君もだが」

「私は、あんな風には、もう弾けません」

「そんなことはないと思うがな。たとえそうだとしても、一度手にした楽しみや喜びは不死鳥のように蘇る。捨てることなんてできない」


 ボギーの言葉は当たっている。一花は、机を鍵盤に見立てて叩きだしそうになっていた。

 きらきら星は初めての演奏会で披露した曲だった。演奏し終わった私にライは感想をくれたっけ。


「すごく楽しそうだった。他の誰よりも。聞いてるこっちまで楽しくなった」


 ライの演奏を聴きながら、必死に胸の奥に湧き上がる衝動を抑え込んだ。月夜つくよを傷つけておいて、私だけ楽しむなんて駄目だ。


 一花は店を出た。寝室に向かって歩いた。

 すぐに雷二郎が追いかけて来た。


「演奏はもう終わったの?」

「ああ。あの曲以外、弾けないからな」

「いい演奏だったよ。すごく楽しそうだった。聞いてるこっちまで楽しくなるような」


 雷二郎の瞳は宇宙みたいに黒く、澄んでいた。


「それでも弾かないんだな」

「それでも弾かないよ」


 そう自分自身に言い聞かせた。


「強いな、一花は」

「本当は弱いんだからライが支えてよ」


 一花は冗談めかして言った。雷二郎は目を見て答えた。


「ならそうさせてもらう」

「え?」

「二度は言わない」


 一花は自身の心臓のテンポをキープすることができなくなった。

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