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Chapter.6 外で寝るな

矢納は自分を磨くためにナンパをする。街中で、見知らぬ女に片っ端から話しかけるのだ。その結果で男としての自分の価値が決まる。ナンパは自分との闘いである。

 電車が自由が丘に停車した。定期圏内だ。矢納は、この駅で降りることにした。

 いかにもナンパらしいナンパなどはしない。同い年か少し年上くらいの女を選んで、自然な感じで話しかける。


 矢納は駅の自動販売機前に突っ立っている女子高生を発見した。そっと近付いて声をかける。

「あの、先にいいですか?」

「すいません」

 女子高生は蚊の鳴くような声で呟いた。弱そうな子だ、と矢納は思った。

 小銭を入れて、甘い缶コーヒーのボタンを押す。ガチャゴンと落ちてきた缶コーヒーを取り出して、プルタブを引いた。


「何買うか、悩んでますか?」

「はい。ちょっと」

「どうしてそんなに悩むの?」

「今月ピンチなんで」

「じゃあ俺がおごったげる」

 矢納は再び自販機に小銭を入れた。そしてミルクティーのボタンを押す。

 女子高生は嬉しそうに礼を言って、雑踏の中へ。とたとたと駆けて行った。

 普通に感謝されてしまった、と矢納は反省した。ある程度はナンパしてます感を醸し出しておく方が良いのかもしれない。


 自由が丘で7人の女にアタックした。どれも失敗に終わった。

 矢納は少しだけ落ち込んで、家に帰る。二子玉川の駅で降り、東口を出て多摩堤通りを歩いて行く。途中、二子玉川公園の眺望広場に寄った。高台から、夕陽に照り映える多摩川を眺める。


 ぼっちで階段に座っている少女がいた。虚ろな瞳は、どこを見ているのか分からない。白いパーカーに青のロングスカートを履いている。年齢は自分に近いはず、と矢納は推定した。

 ゆっくりと近くに寄って、1メートルくらい横に腰を落ち着けた。矢納は少女を気にしながら、わざとらしくため息をついてみた。


「部活どうしよっかな~。先輩怖そうだし」

 入部先に悩む新入生のフリをした。さっきは自由が丘で道に迷う外国人のフリをして失敗したけど、今度は大丈夫だろう。自分は外国人ではないから外国人のフリはできない。しかし、入部先に悩む新入部員というのは、殆ど現在の自分と心境と被っている。だから限りなくリアルに近い振る舞いができるのだ。


「スポーツはやめておこうかな。無理して入部しても、辛い日々が待っているだけだし。それよりもっとクリエイティブな活動ができる部活がいいや」

 だめだ。反応が無い。

「故郷が恋しい……」

 矢納はちらっと少女を盗み見た。だめだ。聞いていない。

「多摩川って魚とれるんですかね?」

 さりげなく、疑問形。どんな変な台詞でもいい。注意さえ惹ければ第一段階クリアだ。

「生肉って体に悪いんっすか? 俺、平気で食えますよ」 

 ふと眠気が襲ってきた。昨晩夜更かししていたことを、矢納は思い出した。このまま眠気に意識と肉体を任せてしまおう。



「生きてる? 死んでる?」

「どうしたんだい、お嬢ちゃん」

「わっ。なんですか?」

「なんですかって、それを訊いてるのは私の方さ」

「知りません」

「倒れてるね。そこに、人が」

「そうですね」

「どうしたんだい。友達かい?」

「違います。知らない人です」

「ほんとかい、ふざけてるんじゃないのかい」

「この人が、ここに倒れていたんです」

「へえー。嘘はついてないみたいね」

「う、嘘? わかりますか」

「そうさ。私は嘘を見破るのにはめっぽう強いのさ」

「私がこの人が倒れているのを発見しました」

「うん。制服姿のホームレスかしら? 放っておきなさい」


 声が聞こえた。最初は判然としない言葉の意味が、次第に理解できるようになってきた。


「ホームレス……どういう意味?」

 と矢納は呟いた。寝起きで上手く発声が出来なかった。上半身だけを起き上がらせる。


「おばさんの声がしたんだけど」

「向こうに行った。あなたのこと、ホームレスだって言ってた」

「それどういう意味?」

「帰る家がない人」

「故郷が恋しい人は?」

「同じ意味かもしれない」

 だったら自分はホームレスだ、と矢納は思った。

 夜空が青くて綺麗だ。多摩川の対岸にいくつもの光が輝いていた。


「まだ眠いかも」

 もう少し寝ていたい。自由が丘で歩きすぎて疲れた。

「お布団で寝たほうが体に良い。私は帰る。あなた、名前は?」

 純真な瞳が、矢納の瞳を覗き込んでいる。胸がドキドキした。このまま吸い込まれしまいたい。このコに瑠璃色の地球を歌わせたら絶対によく似合うだろう。

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