こうしてファミレスに集まる前に
見た目女子高生くらいの店員がハンディターミナルを片手に、じっと立っている。矢納と純樹は肩を突き合わせて、メニューを凝視したまま固まっている。まだ決めかねている様子だ。
らいおんは気まずい空気を感じた。平日の夕暮れの店内はわりと混んでいる。このまま何十分もメニューを悩んでいるわけにはいかないのだ。仕方ないから、自分が率先して口を開くことにする。
「僕はドリンクバーと野菜スープをください」
「ドリンクバーは1つでよろしいでしょうか?」
店員は素早く聞き返した。急かされている、とらいおんは思った。
「3つ……ですかね? 純樹、矢納、それで構わないですか?」
「ドリンクバーと、あとミネストローネスープを」
「じゃあ俺もそれと、コーンスープを」
野菜スープ、ミネストローネスープ、コーンスープが運ばれてきた。色とりどりのスープがテーブルに華やかにする。らいおんは野菜スープをスプーンで掬い、あっという間に飲み干した。具はキャベツとベーコンだけだったから腹に溜まった気がしない。体は食べ物をもっともっと欲していた。
「スープの後って魚料理でしたっけ? た、楽しみだな……」
と矢納が言った。すでに、コーンスープが満たされていたはずの皿は空になっている。
「わからないけど、今の俺たちには関係ないさ」
そう答えた純樹の皿にも、残り2滴ほどのミネストローネが沈殿しているだけだ。ため息をついた後、純樹はスプーンを置いた。
らいおんは食後?の紅茶を飲みながら、ゆっくりと目を閉じた。
視界が真っ暗になる。食器がかちゃかちゃ鳴る音、他のテーブルの客の話し声。
目を開けた。
「僕は、絶望しました。生きる活力というものを、まるで見失ってしまいました」
純樹と矢納は、こんな重い切り出しを、さらに重く暗い面持ちで聞いていた。
らいおんの胸に、重苦しいあの光景が去来する。
自分本位だった。勝手に偶像化して、イメージと違うからって罵倒して……。最低にかっこわるくフラれた。
「あなた方も、同じ理由で?」
「完全に同じ理由かどうかは分からんが」
「ちょっと……暗いくない? せっかくのフルコースが台無しだよ。美味しい料理を食べる時は、楽しい話をしなくちゃ」
「矢納。現実を見るんだ。おい、らいおん。教えてやってくれよ、こいつに」
「あの、矢納さん。よーく周りを見渡してください。ここはあなたが思っているような場所ではありません」
矢納はいやいやをするように頭を振った。
「俺たちがいつフルコースなんて頼んだ? ここはスープの次に魚料理が運ばれてくるような店じゃない。ただのファミレスじゃあないか」
「可哀そうに。状況把握ができていないみたいですね」
らいおんと純樹は顔を見合わせて、揃って肩をすくめた。矢納の唇は紫に変色していた。
自分と純樹と矢納の3人で、放課後にファミレスなんかに来るのは初めてだった。
いつもはもっと上質で本格的なレストランに行くのだ。だけど3人とも親の会社が倒産して……というわけではなく。
3人でファミレスに集まるほど仲が良くなかったから、というそれだけの理由のだめだ。高校に入学して一か月半。同じクラスで、席こそ3人揃って縦に並んでいるものの、昼休みには大抵3人で昼飯を食べるものの、外で会って遊んだりすることはなかった。
今日は学校でたまたま一緒の用事があって、その流れでここに来た。誰が言い出したわけでもなく、自然とそうなったのだった。
らいおんはメニューを開いた。特に注文を追加するわけではない。ただなんとなく、いや、違うと否定する。未練たらたらで、メニューの中に肉じゃががないかを探す。それらしき物を見つけた。よく見ると、フライドポテト&ソーセージだった。これが肉じゃがに見えてしまうほどなのか、とらいおんは自嘲した。矢納だけじゃない。自分だって錯乱している。
「妹がさ……」
ぽつり、と純樹が言葉を落とした。
「もう言わなくていいですよ」
「なんだよ純樹、結局お前が一番落ち込んでいるのか?」
矢納はいつもの調子を取り戻していた。でもやはり、無理をしている感がある。
テーブルの傍をさっきの店員が忙しそうに通り過ぎた。他のテーブルの客は目まぐるしい速度で飲んで食べて喋っている。
自分たちのいるテーブルだけ時間の流れが遅くなっているのだ。それとも、止まりかけているのか。
「林檎ってのが、俺の妹の名前なんだけど。最近、いや……最近っていうか昔からずっとなんだけどさ。あの日、俺がちゃんとしてなかったから……。それ以来ずっと、後悔してて」
今日ここに集まってる3人の中で、最も精神的に崖っぷちなのは純樹だった。
ついさっきの話。空き教室で遅刻指導をされていた時。反省文を10枚書けという罰を課せられた。
純樹は真っ白い紙をとんでもないスピードで黒く染め上げた。めちゃくちゃ反省しているのかと思ったが、その反省文を読み終えた教師は、
「なんだこれ。延々と自分を語りしているだけで、これっぽちも反省していないじゃあないか。書き直しだ。リテイク!」
純樹は一度席に戻り、数分後にまた席を立った。原稿用紙を持つ手が震えていた。
「いえ先生。俺が全部悪かったって、ここにちゃんと書いてあるじゃあないですか。反省めっちゃしてますよ」
「まあ辛い過去があるみたいだが、まず遅刻の反省をしてだな。個人的なことは後にしてくれ。今日中に終わらなかったら宿題にするぞ。いいのか、宿題だぞ?」
「遅刻の反省なんかしても、何も変わらねえ」
らいおんは、言葉の断片から大体のことを察した。純樹は遅刻の反省文なんかよりも、もっと他に反省することがあるらしい。




