天使たちの雑談
綺麗な音を鳴らす鈴には、天使が宿っていると人間界では言い伝えられているらしい。
りん、りん。りん、りん。今日も鈴を鳴らす。朝から晩まで、世界のさまざまな場所。人間の生活の営みに寄り添って。
ペットの首輪から、スマホのキーホルダーから、古めかしい純喫茶のドアから。
「俺こんな仕事イヤっすよ~。世界中の鈴を鳴らし続ける仕事なんて、俺の当初の志望部署とまったく違うじゃないっすか」
「まあ、そう言うなって。それが天界で神様に仕えるということだ。高尚な仕事なんだぞ?」
と先輩の天使が返した。
「じゃあ先輩は今の仕事で満足なんすか?」
「なんだよ。何が言いたいんだ」
「俺はやりたいことがあるんっすよ」
「人間みたいなこと言うんだな」
「先輩、もう五年間もずっと口裂け女の噂を流し続けてるんでしょ? 嫌にならないですか」
「いやいや、これにだってちゃんと意味があるから」
バンドマン風の天使は五年前、この口裂け女の仕事に、自分から志願して就いたらしい。そのことは当時天使たちの間でもちょっとした話題になったという。
「子供が夜遅くまで出歩かないように、そういう怖い怖い噂を流布しておくんだよ。最近は五時の鐘がなっても帰らない子供が増えててな」
「べっつに~、子供が五時に帰る必要もないと思いますけどね」
天使の仕事は単調で、面白味が無い。意味さえも自分には分からない。もっと人間の世界の役に立ちたい、と思う。
「たとえば、全世界の妹を守る天使とかやりたいっす」
「それは上級天使の仕事だぞ」
先輩は苦い顔をした。その瞳が、お前には荷が勝ちすぎる、と語っているような気がした。
「え? マジでそんな天使いるんすか?」
「うんにゃ。エリート中のエリート天使よ。羽とか大きいし輪っかだってめっちゃ眩しいぞ」
「天使って本当に何でもやれるんですね。俺もいつか、そんな天使になりたいな~」
「珍しい天使と沢山会ったことあるぜ。例のアノ、うっかりデスノートを落とす悪魔がいないか監視する天使とかさ」
「天界大騒ぎだったやつじゃないっすか」
「漫画も面白かったな」
「持ってるんすか? 今度俺にも貸してくださいよ」
当時は天使が読むものではないという理由で、読ませてもらえなかった。しかし今は働き初めて家を出たのだから、自分の好きな漫画をいくらでも読める。人間の描く漫画は面白い。
「今度家に来いよ。沢山あるぜ、漫画」
先輩は少し誇らしげに胸を張った。この人は天使らしい天使だと思う。それに比べて自分は少々……。
「地味な仕事でも人間の為になることはできるぞ」
肩に手を置いてきた。励ますようにポンと叩く。
「その昔、林檎の木から実を落とすのが仕事の天使がいてな。知ってるか? アイザックニュートン」
「ああ、万有引力の」
その人間の名前は知っている。天使学校の下界理科の科目で習ったのが懐かしい。
「小さなことでも人の役に立てるんだ。そして……」
言いかけて、先輩は目を伏せて押し黙った。
「なんですか?」
続きを促した。先輩の顔には影が差している。見ると、頭上の光の輪が消えかけていた。
「逆もあるんだよ」
絞り出すようにそれだけ言った。
人間の役に立つ、その逆もあるということだろうか。
つまり、人間に害をなすこともあるということだ。
考えるまでもなくそれは当然のことだった。下界で起きる全てのことは、自分たち天使がやっていることなのだから。しかし、天使学校ではそういう天使の仕事の負の側面は教えてくれない。
「そろそろ雪を降らせに行く時間か……」
「先輩」
「雪って冷たいんだよな。触ったことないけど」
仕事が終わるといつものように居酒屋に寄る。人間に変身して、大井町の居酒屋に行くのだ。
「初仕事が鈴って、わりと良いと思うけどな」
「ほんとっすかねえ?」
訝しげに言って、肩を落とした。鈴を鳴らした。店員の女性が反応して近くまで歩いて来る。彼女は小さく首をひねりながら通り過ぎていった。胸が大きい。
「珍しい天使の話、もっと聞かせてくださいよ」
酒を呷った。通いなれた居酒屋。自分も先輩も随分馴染んでいる、と思う。
「そうだな。オナニーを司る天使とかな」
「それって、女の天使っすか?」
「よく分かったな。愛の神エロース様の眷属だ」
「具体的には、どんな仕事を?」
「上級天使の仕事だから、影響力がハンパない。天界に影響を与えた天使100なんかに選ばれたりもしていてな。なんというか、厳しい天使だ。」
先輩は色々と教えてくれた。
オナニーをした者に、罰を与える。厳しいものではない。その罰は人間界では賢者モードとして認知されている。
しかし、オナニーをするに飽き足らず、オナニーを冒涜した者には、さらに厳しい天罰が下るらしい。