第六話 婚約者
うーん。なんっていうか…わんこ?
キラキラと輝く黄金色の髪に空色の瞳。私より二つ上、六歳のイケショタだけどいかんせん眉間の皺がよろしくない。並みの令嬢なら涙ぐみ微笑みすらも浮かべられないだろう。
「…なんでお前みたいなガキンチョと婚約なんだ」
とぉっても不服そうに伝えられた言葉はなかなかどうして、こうも可愛く見えてしまうのだろう。人間に警戒し喉を唸らすわんこにしか見えない。
「はじめまして。わたくしシェナローゼ・リーノ・レンベルと申します。本日は大変お日柄もよく、火の女神がわたくし達の出会いを祝福してくれたかのようですわね。ランドウェル様にお会いできて光栄ですわ」
吐かれた暴言は丸無視。優雅な微笑みを浮かべ、まるで母親かのような眼差しで彼を見つめる。
だって可愛いんだもん。グルグルって聞こえてきそうじゃない。よーしよしよし、ほら、怖くないよ〜って言いたくなる。
「…ご丁寧にどうも。ランドウェル・ノデア・グレートナヤと申します。水の女神も嫉妬するほどの美貌を携えたあなた様にお会いできて大変光栄です」
チッと舌打ちしたの聞こえてるぞおい。だけどまあ、挨拶としては完璧だね!さすが侯爵家。例え顔に物凄い皺が刻まれてて不服そうな顔になっていようと、口上の礼儀はきちんと躾けられているらしい。
「ーーーふふ、では参りましょうか。今の時期セブラがそれはそれは美しく咲き誇っていますのよ」
応接間から少しずつ歩を進める。ちなみに父と兄とランドウェルくんのパパは別の部屋で壮絶な化かし合いを繰り広げている。…うん、わたしはあの時なにも、そうなにも見なかったよ。
ちなみに護衛と言う名の子守はメランダと、グレートナヤ家の20代くらいの執事さんだ。
「ランドウェル様はどのようなお花がお好きなんでしょう」
しかめっ面のままのランドウェルに微笑んで呼びかける。…あら、また皺が一つ増えた。
「気色悪い。なんでおまえそんなんなんだ」
「きっ…」
きき気色悪い?気色悪い?えぇちょっと待って2歳児ってどんなだっけ…普通に会話くらいできるんじゃない?ちょっと舌ったらずだけど、できるでしょ。そりゃちょっと格好つけようとはしたけど。少し賢いくらいの子供ポジいけるよな私。
微笑みを固まらせたままのシェナは気付かない。普通の四歳児は相互理解のコミュニケーションをたどたどしく取れることはあっても、相手を気遣いポーカーフェイスを駆使し、敬語を違和感なく扱うなど、普通はできやしないということに、全く気がつかない。
グレートナヤの執事は(あー…坊ちゃぁん…)と些か素直すぎる主に虚空を見上げ、メランダは静かにキレていた。相手が6歳児でなかったら即座にシェナローゼを部屋に帰らすくらいにはキレていた。
「ほほ…そう言われましても。わたくしランドウェル様にはきちんと礼をもって接せよと言いつけられておりますもの」
お兄様に言われただけでこっちだって好きでこんな喋り方してんじゃないわ。偵察してこいとは言われたけど、侮られるんじゃねえぞって感じだったもん。歳を忘れないようにっていうのはたぶんあれでしょ。魔法ばんばんやらかすなよ的なあれでしょ。言動とかもう取り返しつかないからしーらない。
「おまえ、嫌いだ。嫌な大人とおんなじ感じがする」
あらビンゴ。そうなんです実は見た目は子供頭脳は大人を地でいっているんです。
「それは失礼致しましたわ。ではどのようにすれば?」
「…その変な喋り方と顔をどうにかしろ」
そうかぁ。子供同士じゃ変に見えちゃうかあ。
例え子供同士でなくとも不気味には映るのだがシェナはそれに気づきもしない。シェナローゼは大きく息を吸って、とびきりの笑顔で言葉をはく。
「わかった。じゃあこんな感じでいい?ーーー失礼なクソガキはどっちなのよ、しょうもない。ママのミルクが恋しいならさっさと帰ればいいのに」
「ーーーッ!!!」
カッと目を釣り上げるランドウェル。ぶはっと吹き出す護衛(子守)たち。
あらいけない。ちょっと生意気なわんこだなあと思ってただけなのに口汚くなっちゃった。
「…っんだとこのブス!」
「まっ、ひどい。こんないたいけな少女捕まえてそんな暴言吐く?」
「いたいけ?お前みたいに無神経な女見たことないわ!」
「まぁあの程度の言葉、子供同士なら許容範囲でしょ。そんなキャンキャン喚かないでよ」
「誰がキャンキャン言うか!」
「あら失礼。躾のなってない犬のようでつい」
顔真っ赤にして叫ぶわんこ(ランドウェル)に言いたいだけたっぷり言う。はぁすっきり。
後ろでグレートナヤ家の執事の腹筋が大変なことになっているみたいだけど、大丈夫かな?
「ーーックソ!なんなんだお前!」
「そう言われても」
「もっと、こう、あるだろ!女らしく泣くとか!子供らしく泣くとか!」
「あぁ、そういう機能は母の胎児に置いてきたから」
「取り戻してこい!お前に必要なのはその可愛げだ!」
「うーん。たしかに欲しいスキルではある」
「スキルとか言ってる時点でダメだこれ!」
「まあまあそうぷりぷりしないで。ーーーほら、着いたよ。我が家自慢の庭園だよ」
色取り取りに満開の花々を見せつける。真ん中には白い噴水と小さく手入れの行き届いた水路が展開されている。うん、すっごく豪華。
「今更、花なんぞ…」
「そう言わず。見てよほら。これセブラ」
「見りゃわかる」
「そう?私は初めて見たけど」
「はじめて…?」
「うん、図鑑では見たことあるけど、生では初めて」
「んだよそりゃ…」
「いやぁ世間知らずなお嬢様なもので」
「…どうりで」
お前絶対今の情勢とか知らねえだろ、とつぶやく彼。
情勢?6歳児が随分ませたこと言うじゃん。
周りから見ればどちらがませているかなど一目瞭然なのだが、…ランドウェルはため息をつく。
「お前、王族とかにはそういうのやめとけよ」
「ばかね。王族はしょっぱなガキンチョとか言わないでしょ」
会ったことないけど。
「…いいか。第三王子には間違ってもそんな口聞くな。普通の言葉で敬ってりゃいい」
「普通の言葉ってなによ。最初してたみたいなんじゃだめなの?」
「…俺は不気味だったけどな。あれは成人済みの令嬢がする態度だ。あの王子があんな感じで自分より年下の子供に来られたら、たぶん目ぇつける」
「んん?どういう意味で?」
「生意気だとかそんな感じで」
書庫にある小説に出てた貴族の口調を真似たんだけど、幼女がする言動には相応しくないってことかな?
「はじめまして。シェナローゼです。くらいでいい」
「なるほど。勉強になった。ありがとう」
わんこみたいに思ってたのに、近所の同級生みたいじゃないか。なぜだかこそばゆくて誤魔化すように笑う。
「お前は…本当に世間知らずだな」
「そうかもね。本の中で学んだことしか分からないもの」
「貴族の令嬢が図鑑をみて学ぶということについては突っ込まない方がいいんだろうな」
「えー普通でしょ。みんなやってるよ多分」
「お前は自分を基準にものを考えるんじゃない」
「お兄様だってしてたと思うよ」
「…アレも例外だ」
渋い顔をしながらランドウェルは呟く。
少しだけだけど、仲良くなれ(わんこを手懐けられ)た気がして、嬉しくて、私はもっと知ってることを話したくなってしまう。
「ああそうだ。世間知らずではあるけど、グレートナヤ家の噂は知ってるよ。なんだっけ?神子?がいるんだってね」
詳しくは知らないけど。そう言いつつ、どうだ私だって婚約相手の家のことくらいは知ってるんだぞと振り向く。
ーーーーえっ。
ランドウェルは、最初に出会った時の比ではないほど表情に怒りをあらわしていた。まるで、触れてはいけない部分をいじくりまわされたかのような。傷口を無理矢理こじあけられたかのような。
すぐにその顔はすっと無表情になり、形の良い唇で言葉を紡ぐ。
「ーーーシェナローゼ様もご存知でしたか。そうとは知らず無礼な真似を。大変失礼致しました。神子とは言われておりますが、まだまだ年端も行かぬ弱小者ゆえ、どうかお戯れなきよう。…体調が優れないため、こちらで失礼致します」
「えっ」
くるっと背を返し足早にかけていくランドウェル。
あれは彼がいうところの、成人済の貴族の口調ではなかろうか。どうしてあんな、大人びた態度で。
それも、何かに絶望したかのような表情で。
わんこみたいだなんて、全く思えなかった。
でも、ーーーーー傷ついた少年のようには、見えてしまったのだ。




