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軍服の令嬢

【お知らせ】

本作の大幅ボリュームアップ連載版がスタートしました!


この短編の「その後のストーリー」を大ボリュームの書き下ろしで大好評連載中です。

二人の甘くてハラハラドキドキな同棲生活や、白銀閣下の不器用ながらも重すぎる愛の日常を、たっぷり増量してお届けしています!


「まずは短編から!」という方はこのまま読み進めていただき、もし気に入っていただけましたら、ぜひ連載版のページもあわせてチェックしてみてくださいね!


[軍服を脱いだら、お見合い相手が上官でした――冷徹な大将閣下は男装少尉を逃がさない(※溺愛されています)――]

▼https://ncode.syosetu.com/n5793mf/

亜嵐(アラン)少尉、もっと近くまで踏み込んで来い!」


「はい!」


「そんな踏み込みでは、またすぐ弾き飛ばされるぞ」


「……っ! はい! もう一度お願いします!

 白銀(シロガネ)閣下!」


 白銀(しろがね)の長い髪に瑠璃色の瞳を持つ青年。白銀 龍也(シロガネ リュウヤ)は息ひとつ乱さずに、そこに立っていた。


 白銀と対峙している若き少尉は、藤色の髪に菫色の瞳を持つ龍ヶ崎 亜嵐(リュウガサキ アラン)


 亜嵐は肩で息をしながら、白銀大将に向かっていく。


 竹刀がぶつかる。

 そして、亜嵐の身体が宙を舞った。


「がはっ!」


「……どうした亜嵐。お前のその細い身体では、ここまでか?」


「……いいえ! まだ! まだ行けます!」


 亜嵐は立ち上がり、再び白銀と対峙する。


      

 

「うわぁ~。白銀大将、また龍ヶ崎少尉に剣術指南してるよ……」


「龍ヶ崎少尉は若干十六にして、少尉にまで上り詰めた“天才”だ。白銀大将自ら気に掛けるのは分かる。

 ……分かるんだが――」


「あれじゃあ龍ヶ崎少尉はいつまで持つか分からんな」


「ああ、実働がない時はほぼ大将にシゴかれてる」


「かわいそうに……。俺だったらあんなシゴキ、一日だって耐えられない」


「未来の官僚候補様は俺たちとは違うのさ――」


「そこ! 訓練をサボるな!

 剣術が嫌なら宿舎の回りでも走り込んでこい!」


「はっ! 上官殿の仰せのままに――!」     



✕✕✕

   


 「ただいま帰りました」

 

 黒い制帽を脱ぎ、藤色の長い髪を無造作に靡かせながら屋敷に帰宅した少女。


 その黒い軍服を纏った姿は、どこからどう見ても帝国軍の少年将校であった。


 少女は菫色の瞳で、玄関で自分を出迎える人物と対峙していた。


「お義父様。わざわざ出迎えに来られなくても、後で書斎に顔を出しましたのに……」


「蘭、今度お前には見合いをしてもらう」


「っ!? 何をおっしゃるのですか?

 私は今、亜嵐(アラン)として軍部で仕事をしているのです。今さら見合いなど……!」


「これも、龍ヶ崎家の存続の為だ。

 それに、見合いの相手は軍部の上層部の人間だ。

 ……うまくやれ」


 それだけ告げると、養父は背を向けて歩き始めた。


「……くっ。分かり……、ました……」



✕✕✕


「亜嵐少尉、どうしたの? 今朝は冴えない顔だね」


 声をかけてきたのは深緑色のインバネスコートを身に纏った群青色の髪の青年だった。


(スメラギ)公爵閣下……」


「あははは。堅苦しいなー亜嵐少尉は。

 ……昔みたいに(カイ)って呼んでほしいな」


 瑰は亜嵐の肩に手を回そうとする。

 しかし、亜嵐はそれをするりと躱す。


「公爵閣下。……あなたのような民間人がなぜ軍部に?」


「いやぁ。俺の“愛しの蘭ちゃん”が見合いをするそうじゃないか。だから、見合い相手を見に来たんだよ」


 瑰は紺色の瞳でウィンクしてみせた。


「……なぜそれを……」 


「ふふ、皇家を甘く見ないでよ」


 瑰は亜嵐の肩に手を置き、誰にも聞こえないように囁いた。


「……蘭ちゃん、お見合い、嫌だったから皇家()から断ってあげてもいいんだよ」


「……っ!」


「じゃあ、何かあったら俺を頼ってね――亜嵐少尉」


 瑰はポンっと亜嵐の肩を叩き、去っていった。


「……くそ。いつまでも子ども扱いしやがって――」




✕✕✕



 ――見合い当日。


 龍ヶ崎家はいつも以上に活気に溢れていた。


「蘭様。本日はお目出度い日でございます。

 どうかお淑やかにお過ごしください」


「うっ。……言われなくても分かってるよ……」


「言葉遣いも――。

 お気をつけくださいね」


「……分かっております」


「はい、よろしゅうございます。

 では、帯を締めますね」


「……はい」


 蘭は女中によって桔梗の花をあしらった藤色の振袖を着せられていく。

 紫に金の刺繍の帯。

 主張しすぎない洗練された帯留めに、簪――。


「蘭様。

 とてもお綺麗ですよ――」


「はは。……ありがとうございます」


 乾いた笑い。


(慣れないな……。こんな堅苦しい恰好で過ごさなきゃいけないのか――) 


「蘭。準備は終わったか?」


 その時、襖が開かれた。


「お義父様……」


「――ふん。

 見れる形にはなったな。

 いいな、蘭。くれぐれも粗相のないようにな」


「はい……」


 蘭は唇を噛み締めた。


✕✕✕



 見合いは龍ヶ崎家の客間で執り行う。


 白檀の匂い。

 床の間に飾られた掛け軸と生け花。

 品がある調度品。

 その、どれもが一級品だった。

 

(ここまで準備してるってことは、相当な()()()()()なんだろうな――)


(ここでオレが粗相をしたら、借金どころかお家断絶ってところか?)


 蘭は隣に座る義両親に目をやる。


 蘭の本当の両親は蘭が幼い頃に他界していた。

 今いる義両親は弟夫妻。

 つまり、蘭の叔父と叔母に当たる。


 その二人がしてきた借金を返済する為に、蘭は男装して軍に所属していたのだ。


(オレが軍で稼ぐ賃金よりも、オレ自身を売った方が金になると踏んだのか……?)


「蘭さん。わかっているとは思いますが、お相手は軍の上層部のお方です。

 ……失礼がないように、お相手を不快にさせないように――」


「分かっております。義母上様」


「……そう。分かっているならよいのです」


 義母はパチンと扇子を折りたたむ。


「――失礼致します。

 お客人が参られました――」


 使用人の声が襖の向こうから聞こえる。


「ああ、通せ――」


「かしこまりました」



――スッと襖が引かれる。


「陸軍大将・白銀龍也侯爵閣下をお連れいたしました」


 使用人の声に蘭は耳を疑った。


(え? 今、なんて言った……!?)


(白銀……龍也……だと!?)


 引かれた襖には白い軍服を着こなす、白銀の髪の御人が立っていた。


(し、白銀閣下ぁぁぁ!!!???)


(なぜここに白銀閣下がいる!?

 え? 閣下今日非番……だったぁぁぁぁあ!!)


 蘭は作り笑顔を浮かべながら白銀を迎え入れる。


「白銀侯爵閣下。

 本日はご足労いただき、誠にありがとうございます」


 養父の声に蘭も頭を下げる。


(終わったぁぁぁぁあ!!)


(全て! 今日で全部終わりだぁぁぁぁあ!)


「龍ヶ崎子爵閣下、並びに奥方。

 本日は急な申し出にも関わらず、縁談の席を設けていただき、誠に感謝いたします」


「なにをおっしゃいますか!

 このような名誉な事、我が娘に変わり厚く御礼申し上げます」


「ほら、蘭もご挨拶なさい。

 ――すみません。閣下の凛々しいお姿を見て、声を失ってしまったようでして……」


「……っあ、は、はじめまして。

 蘭、と申します。いつも()がお世話になっております」


 蘭は再び頭を下げる。


(おい、これ、バレたら死罪かもしれないぞ!?)


 蘭の手は既に汗でびしょ濡れになっていた。


「……ああ」


 白銀が軽く返事をする。


「そういえば、()()少尉の姿が見えないが、今日は出かけているのか?」


 白銀は周りを見渡す。


「はい。亜嵐は本日予定があると……。

 白銀閣下がいらっしゃる事は伝えていたのですが……」


(嘘つけーーー!!

 そんな事、一言も言わなかったじゃないか!!)


(知ってたらそもそも、このお見合いは破談だ! 破談!!)


「……そうか。

 それは残念だ――」


 白銀は瑠璃色の瞳でチラッと蘭を見る。


 蘭は出来る限りの笑顔で返すのだった。


(どうか、この時間が速く過ぎ去りますように……)



✕✕✕


 白銀が席に着くと、義父が世間話を始める。


 白銀侯爵家がどれだけ素晴らしいか。

 帝国にどれほど必要な人物か――。


 その都度、蘭は愛想笑いを浮かべ、場をやり過ごすのだった。


 話が終盤に差し掛かる。


「あら、閣下のお茶がなくなりそうですわね。

 ――蘭、閣下にお茶を……」


「はい、お義母様」


「気が利かない娘で申し訳ありませんわ――」


 蘭が席を立ち、お茶の用意をする。


 慣れない振袖に足を取られそうになるも、なんとかお茶を準備し、白銀の急須に注ぐ。


 白銀の視線が蘭の手を見つめる。


「いえ、お構いなく。

 ……それに、私は蘭殿に興味がある」


 白銀は瑠璃色の瞳を細めた。


「まぁ、それは光栄ですわ。

 あなた、後は若い二人に任せてわたくしたちは退散いたしましょう」


「まだ白銀閣下と話したいことがあるのだが……。

 そうだな、邪魔者は消えるとしよう」


「……えっ」


 蘭の口から小さい声が漏れる。


「……龍ヶ崎子爵閣下。

 気を使わせてしまい、恐れ入る」


「いえいえ、そのような事はけっしてございません」


「蘭、くれぐれも――分かっているな」


「……はい、お義父様、お義母様――」


 襖が閉まり、義両親の足音が遠ざかっていく。

 

 ――残されたのは、白銀と蘭の二人だけ。

 静まり返った客間で、白銀の瑠璃色の瞳が、じっと蘭を射抜いていた。

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