その1
※こちらは天界音楽様主催の『二人だけの閉じた世界』企画参加作品となります。
全部でその4まであります。本日5/18中にその4まで投稿する予定です。
しおり君は本が大好きです。お話を読むのも大好きですが、あのページのざらざらとした感触や、紙の独特なにおい、そして心地のいい温かさ、そのどれもが大好きなのです。
ですが、しおり君には一つだけ、悩みがありました。自分では、お話を全部読むことができないのです。どんなに楽しいお話でも、しおり君に読めるのはたったの2ページだけです。もし挿絵なんかが載っていたら、1ページだけになってしまいます。しかも飛び飛びで、一番最初からお話を読むことなんてできないのです。
推理小説なんかにあたると、とっても困ったことになってしまいます。「そうです、犯人は……」というセリフでページが終わっていたりしたら、しおり君はずっと、犯人が誰なのか知らずじまいになってしまうのでした。
……もうおわかりですね、そう、しおり君は人間ではありません。銅板を加工して作られた、金属のかっこいい栞だったのです。コスモスの花の絵に仕上げられた美しい銀色のすがたは、しおり君の持ち主である亜里沙も大のお気に入りでした。
「へぇー亜里沙、なにその栞? おしゃれじゃん」
「でしょでしょ、マー君に買ってもらったのよ」
しおり君を見せびらかすように本から抜き出し、亜里沙はお友達に自慢します。中学生の亜里沙にとって、初めてできた彼氏からのプレゼントは、やはり特別な品だったようです。ですが、そうやって自慢されるたび、いつもしおり君は思うのでした。
『あぁ、また抜き取られちゃったよ。せっかく読んでいたのに。亜里沙さん、また読むのかな? できれば元の位置に戻してほしいんだけど』
どうやらしおり君の願いはかなったようで、さんざん彼氏自慢をしたあとに、亜里沙はようやくしおり君を元の位置に戻してくれたのでした。
『よかった。まだ読んでないのに、別のページにはさまれたら、せっかくすごい面白いお話なのに全然わかんなくなっちゃうよ。……それにしても、素敵な文章でうっとりしちゃうなぁ』
しおり君は、再び今はさまれている本、『夢食いの怪物』に没頭していくのでした。
しおり君が今読んでいるページには、王子様がフィアンセの奪われた夢を取り返しに、王国の最北端に住む、夢食いの竜を退治しに出発するシーンが描かれていました。フィアンセとのつかの間の別れに、王子がその身を抱こうとして、思いとどまり「あなたとのこの夢も、あの夢食いの竜に食われてしまうかもしれません。あなたをこの腕で抱くのは、奪われた夢を取り返して、あなたにお返ししたあとにしましょう。そのときは、あなたの夢と、そしてわたしとの夢の時間を過ごしましょう」と告げるのです。ページはそこで終わっていましたが、夢食いの竜とどのような戦いをくり広げるのか、そして王子は無事にフィアンセの夢を取り返せるのか、しおり君はもう先が気になって仕方がないのでした。
『次はどのページに飛ぶんだろう? 亜里沙さん、ちょっとずつしか読んでないみたいだし、すごくページが飛ぶことがないのが救いだけど、でもやっぱり全部を通して読みたいよなぁ』
『本当に? わたしのお話、気に入ってくれたの?』
突然声がしたので、しおり君は思わず『わわっ』と声をあげてしまいました。
『えっ、誰? 亜里沙さん? でも、亜里沙さんには、ぼくの声は聞こえないはずだけど』
『違うわ、わたしよ。あなたがはさまっている、この本よ』
『えぇっ、本だって?』
しおり君はまたしても驚きの声をあげてしまいます。今までいろいろな本にはさまってきましたが、しゃべる本なんて一度も出会ったことがなかったのです。しかし、本は気にした様子もなく、しおり君に質問します。
『わたしのお話、本当に気に入ってくれたの? そうだったらうれしいわ。持ち主さんは、なんだか難しい顔でわたしのことを読んでいたから、ちょっと心配だったの』
『持ち主さんって、亜里沙さんのこと?』
『亜里沙さんっていうのかしら? そう、女の子。わたしのことを読んでいて、いつも眉間にしわを寄せてるから、ちょっと怖かったの』
本の言葉を聞いて、しおり君は苦笑しました。よくよく考えてみれば、亜里沙さんは今までどちらかというと中学生というより、小学生向けのお話を好んで読んでいたのです。それが大人向けの小説を、背伸びして読んでいるなら、そんな顔にもなってしまうでしょう。と、そこでしおり君は少し気になることがあって本に聞き返しました。
『待って、もしかして君、最初男の人に買われてなかった? それで、亜里沙さん、君をいつも読んでいる女の人にプレゼントされたんじゃないの?』
しおり君の言葉に、今度は本が驚く番でした。
『うん、そうなの。男の子がわたしを手に取ってくれて、それで亜里沙さんに渡していたわ。じゃああの男の子は、亜里沙さんの恋人さんかしら?』
『きっとそうだよ。ぼくもその男の子、マー君から亜里沙さんにプレゼントされたんだよ。ぼくたち、なんだか似た者同士だね』
しおり君の言葉に、本はうれしそうに笑い声をあげました。ページから、新品の本独特の、紙とインクの混じったにおいがしてきました。
『うれしい、わたし、ずっとお友達が欲しかったの。わたしって本だから、誰かに読んでもらうことはあっても、おしゃべりすることなんてできないでしょう? だから、誰かとおしゃべりしたいってずっと願ってたの。……それがかなうなんて。それにあなたは、わたしのお話を好きっていってくれたから』
『あなた、じゃないよ。ぼくはしおり。……君はなんて呼べばいいの?』
少し考えこみながら、しおり君はたずねました。さすがに本の題名で呼ぶのは気が引けます。『夢食いの怪物』だから、怪物子ちゃんなんて読んだら、さすがに本も怒ってしまうでしょう。すると、本は照れたように言葉を返してきました。
『わたしは……あのね、文子って呼んでくれたらうれしいわ。ほら、わたしにはたくさん文章が書かれているでしょう? だから、文子って呼んでくれたら幸せだわ』
文子のことばに、しおり君もなんだかくすぐったいような、不思議な気持ちになってしまい、ちょっぴり小声になって答えました。
『わかったよ、文子……ちゃん。これで、ぼくたち友達だよね?』
『うん!』
その2は18:15ごろに投稿予定です。