その2
※こちらは天界音楽様主催の『二人だけの閉じた世界』企画参加作品となります。
全部でその4まであります。本日5/18中にその4まで投稿する予定です。
しおり君は、今までずっと一人で本を読んでいました。なので、どんなに面白いお話を読んでも、どんなにお話に涙しようとも、それを自分の中にとどめておくしかできなかったのです。誰かといっしょに話したい、喜びや悲しみを共有したい……。そういう願いを持ちながらも、どこかで『そんなことはあるはずない』とあきらめていたのですが、文子との出会いは、しおり君の人生(栞生?)を変えたのです。
『どうしてトラオム王子は竜の忠告を無視したんだろう?』
今日もしおり君は、文子と『夢食いの怪物』のストーリーについて議論を交わしていました。
『竜はちゃんと王子に警告してるのに。この国の民の悪夢は、全部夢食いの竜が食べてて、それのおかげで国民は安らかな暮らしをしているのに。それなのに竜を退治しようとするなんて、どう考えてもおかしいよ』
銅でできたしおり君が、わずかに熱を持ちました。その熱を包みこむように、文子は優しくいい聞かせます。
『トラオム様は知らなかったのよ。竜がいなくなることでどんなことが起こるのか。それに、盲目になっていたっていってもいいわ。恋はまわりを見えなくしちゃうもの。それこそ夢の中で、ロイエ様しか見えなくなっていたのと同じだわ』
『だけど、フィアンセのロイエもなんだか不思議というか、トラオム王子のどこに惹かれたのかが書かれていないから、なんだか読んでるぼくたちにとっては、ホントに王子のこと好きなのって疑問に思っちゃうよね。あ、ダメだよ、先を話しちゃ』
しおり君の言葉に、文子はうふふといたずらっぽく笑います。
『わかってるわ、それは二人のお楽しみだもんね。結末がどうなるか、わたしは全部自分に書かれているからわかるけど、それを話しちゃったら面白くないものね』
これは、二人が決めた約束ごとでした。しおり君も文子も、どちらも『夢食いの怪物』のお話をすごく気に入っていたのですが、文子はさすが本だけあって、自分のからだに書かれているお話を、一字一句話すことができたのです。だからしおり君にストーリーを少しずつ話して、それについていろいろ感想をいい合おうと決めたのでした。なので、ネタバレしたりはしないように気をつけていたのです。
『……それで、今日は何ページぐらい進んだのかしら?』
ふいに文子がしおり君に質問します。亜里沙のことをいっていると気がついて、しおり君は小さなため息をついて答えました。
『今日は6ページ分だよ。亜里沙さんにしてはがんばったほうじゃない?』
『読まないこともあったものね。でも、大丈夫かしら? 亜里沙さん、マー君に感想を聞かれてるんでしょう?』
文子の言葉に、しおり君はさびしそうに答えました。
『どうやら亜里沙さん、秘策があるみたいなんだ』
『秘策?』
『うん。ほら、前みたいにぼくのことを友達に自慢してるときに、亜里沙さんがいってるのを聞いちゃったんだ。ネットのネタバレ見れば感想いえるじゃんって』
しおり君の言葉に、文子はあきれたように声をあげました。
『えーっ、なにそれ、そんなことするなんて……。せっかくマー君にプレゼントされたのに、どうしてそんなズルするのかしら?』
『マー君はすごい読書家みたいだからね。それで亜里沙さんが、ちょっとミエはって自分も本が大好きだっていっちゃったから、マー君に難しい本を紹介されて困ってるみたいだよ』
『正直にいったほうがいいと思うけど』
『ぼくもそう思う。でも、亜里沙さん、自分のミエがバレてマー君に嫌われたくないって思ってるみたいだからさ。そういえばお話に戻るけど、ロイエがトラオム王子に、嫌われたくない、失いたくないって執拗にいう描写があったけど、あれって今の亜里沙さんにそっくりだなぁって思って』
『しおり君、いいところに気づいたわね。そうよ、あれ、大事な伏線になってるから、しっかり覚えておかないとダメよ』
まるで弟をあやすような文子のいいかたに、しおり君はムッとした感じでいい返しました。
『わかってるよ、それどころかぼくは、文子ちゃんから教えてもらったお話の文章は、全部覚えてるつもりだよ』
『えっ、ホントに?』
これはあやすようないいかたでも、ましてやバカにするようないいかたでもなく、純粋に驚いたような声のトーンでした。それに少し気を良くしたのか、しおり君は得意げに続けました。
『もちろんだよ、全部覚えてるよ。文子ちゃんの言葉も、それに声の温かさも』
『温かさ……?』
しおり君の銅のからだから、それこそ温かなぬくもりがページに伝わってきました。文子はじっとページでしおり君を包みこみ、そのぬくもりを静かに味わいました。
『うん。温かいよ、文子ちゃんの言葉。ぼくに読んで聞かせてくれるときの声も、こうやってぼくとお話について話し合うときの声も。それに、においも大好きだよ。どのページも、インクの深いにおいが優しくって、ぼく、いつもページが進むたびにドキドキしちゃうんだよ。……でも』
そこでしおり君は言葉を切りました。文子がじっと、ページの紙を銅のからだに密着させて、続きを待ちます。
『……でも、ぼく、怖くもあるんだ。いくら亜里沙さんが読むのが遅いっていっても、いつかは読み終わってしまう。ううん、それどころか、ネットのネタバレでマー君に感想をいったら、それでぼくを外してしまうかもしれない。そうなるとぼくは、文子ちゃんと離れ離れになっちゃうんだ』
『あ……』
文子のもらした声を聞いて、しおり君はハッとしました。あわてて安心させようと言葉を続けます。
『だ、大丈夫だよ、どうせ亜里沙さん、読むの遅くてすごくかかるはずだよ。それにさ、ネタバレで感想いうっていったって、今もちょっとずつでも読んでるじゃないか。だからちゃんと最後まで読み終わると思うよ』
『でも、亜里沙さん、だんだん読むページ数が少なくなってるよ。眉間のしわも増えていくし、わたし、あの顔すごく怖くていやなの』
ページから、文子の不安が伝わってくるかのように、しおり君の銅のからだも冷えていきました。そしてページのあいだ、本当にせまいすきまなのに、無限に思える沈黙が広がっていったのです。しおり君はなにもいえませんでした。文子も言葉を継ぐことができませんでした。
その3は18:45ごろに投稿予定です。




