2-54 クルトは大変だったんスよ
オレ達はルースの病室へと足を踏み入れると、中には既にテロペアが居た。
真っ白な病院の個室で、あろうことかルースとエロ本を広げていたのだ。
「あ、ベユー!」
「テロペア!」
テロペアはさっさとエロ本を鞄にしまいながら、ベルに対して明るい声を上げた。つーか、何でこいつらこんな所でエロ本広げたんだよ。
「元気だった? 大丈夫だったにょ? ちょっと忙しかったかりゃ、ベユの所にいけにゃくて、心配だったんらよー」
「大丈夫。ありがとう」
「んじゃ、オレより先にベルに会いに行った方が良かったんじゃねーッスか?」
「ルーシュ、馬鹿れしょ」
ベルがテロペアに同意するように、コクリと頷いた。
「ベル、守りきれなくて悪かったッスね」
「そんな事ない。助かった」
ルースは一度わざとらしく肩をすくめて見せてから、柔らかい表情をベルに向ける。それから、オレを猫のような瞳に映した。
「クルトも、大変だったッスね」
「……お前の方が」
「いや、クルトは大変だったんスよ。大丈夫ッスか?」
「ごめん」
「大丈夫じゃなさそうッスね……」
こいつも、やっぱりあの事を知ってるんだよな。管理官だし、当然か。
いや、管理官じゃなくったって、知ってるか……。
「ルーシュ、クユトと仲良しだったっけ?」
「そうでもねーッスけど、今は好きッスよ」
「ふぅん」
「ヤキモチッスか?」
「そんにゃ事ないよー」
はは、と、所長が笑った。オレも一応笑っておいた。空元気っていうか、そんなんだけど、無理にでも笑わないと、絶対に笑えないから。
笑う必要があるのかどうかは甚だ謎ではあるが……必要は、あるよな。皆を暗くさせたら駄目だし。
「けどオレ、こんなんだから約束の大会には出られねーッス。でも、誰か誘って出てほしいッス。もう明後日の事ッスけどね」
「ルースと一緒に出られないのは嫌だけど……、ちょっと考えておく」
「大会に関しては、おれも考えておきゅ。ルーシュはとりあえず自分にょ体調を最優先しにゃさい」
テロペアはビシっとルースを指差してから、今まで座っていた病室の椅子から立ち上がった。
「じゃ、ルーシュ。ごゆっくり」
「テロペア、もう帰るのか?」
「しょー。もっとベユとお話ししていたかったけど、しょろしょろ帰らにゃいと。お仕事にょ途中で抜けてきてゆだけらから」
ベルが「そっかー」と残念そうに相槌を打つ。
「しょれじゃあね」
テロペアはひらひらと手を振って、退室した。すると今度は、それと入れ違いにジギタリスとネモフィラが入ってきた。
狙ったのか、というほど、本当に入れ違いで。すれ違いざまに、三人で会釈したほどだ。
「ルース、体調はいかがですか?」
「大丈夫ッスよ」
「本当ですの?」
「本当ッスよ」
ルースはチャラチャラとした態度で、チャラチャラと答える。ここが病院でさえなければ、いつも通りに見えていたところなのだろう。
「ところで先輩、いつの間にオレの事、ルースって呼び始めたんッスか?」
「……嫌ならフルゲンスさんに戻しますが」
「嫌じゃねーッス。嬉しいッス!」
へら、と笑うルースは、無邪気だ。
元々人懐っこそうな顔立ちだったが、こんな表情を浮かべると、より実感する。
「……皆さんも、お久しぶりです。その後、体調などはいかがでしたか?」
ルースの答えに胸をなでおろしてから、ジギタリスはこちらに尋ねた。
「大丈夫。ジスさん、ごめんな」
「いえ、お気になさらないで下さい」
殆ど表情の変わらない顔で、ゆるゆると首を横に振った。
……そうだ。あの時、ベルは悪くなかった。
「ジギタリス、本当に申し訳なかった」
「あの場では、仕方が無かったんですよ」
悪いのは、オレだったはずなのだ。それなのにジギタリスは全く責めない。
「シュヴェルツェという存在が人の感情を強く引き出してしまうんです。あの場では、シュヴェルツェ以外の全員にそれが当てはまっていました」
確かにシュヴェルツェはそんな存在だ。当てはまっていた。でもオレは、何度も落ち着けと言われていた。
「アイゼア・カタストローフェもまた、直ぐに苛立ってしまっていたのでしょう」
そうだったのかもしれない。
けれど、オレが何かを口にしなければそれで済んだ。黙っていれば。ジギタリスに従っていれば。
「そもそも、という話で言えば、殺害された管理官も短気を起こした結果、あそこで倒れていたんです」
だけど、同じく短気を起こした奴でも、死んでない奴だっている。あいつだって、あの時殺されなければ、今頃悪くて入院で済んでいたかもしれない。
「クルトさんは、よくやって下さいました」
「でも、オレは」
「貴方は、貴方としてしっかりと生きて下さい。それが一番の弔いになるのではないでしょうか?」
オレの言葉を遮り、ジギタリスは続ける。
「お前は、何で――」
「やりきれないんです。守りきれなかった事も、捕まえられなかったことも、全て。けれども何処かで折り合いをつけなければいけない」
またしても遮って続けたそれに、オレは思わず口を噤んだ。




