『夢』
『ゲイザーの名を継ぐ者よ…我らが叡智をその身に刻め』
頭の中に声が響く…それは年老いた男のようであり、若い女のようでもあった。
体の中に凄まじい記憶と知識と魔力がアビゲイルの体に流れ込んできた。
「ああああああああああああ!!!!」
体の全てが作り替えられるような激しい痛みが駆け巡り…
柔らかい羽根のような優しい魔力が体を包み込んだ…
『それははじまりの星屑…空を駆けるの渡り鳥の様に……地を走る獣の様に……』
頭の中に響く声が、何かを語りかけている。
その度に激しい痛みが全身を駆け巡る。
いや、想像を絶する快楽でもあり、絶望にも似た苦しみだった。
『 火は踊り 水は流るる 風はそよぎ 大地は眠る 人々は生まれ やがて還る」
魔力が体を駆け巡り、それをどう使うのか教えてくれた。
『人々は天を仰ぐ やがて一筋の流星を見るだろう すべての始まりを すべての終わりを その名は『ゲイザー』……』
「あれはなんだ」
突然、井戸を破壊して何者かが上空へと飛び上がった。
魔物かと思ったが、その姿形を見るに人間のようなシルエットだ。
「なんだ…この魔力反応はありえない!!くっ!魔法攻撃準備!標的は上空の謎の存在だ!詠唱開始!!」
騎士団長の宣言に後方で待機していた魔導士団が呪文の影響を始めた。
『さあ…目を開けて見るが良い…世界はお前を祝福している』
「凄い…世界はこうなっていたんだ」
ゲイザーの叡智により、生まれ変わったアビゲイルの視界は全てが新しい世界だった。
大地を構成する物質と、大気に溢れる濃厚な魔力…見上げれば自分の誕生を祝福してくれているかのような満天の星空があった。
『…我らを闇に葬ろうとするゴミめ…』
「?」
村の周囲を囲う魔力の反応を感知した。
『すべての生き物はその身に魔力を宿す…目で目視するのでは無い…魔力を感じるのだ』
「なるほど…個人の魔力差はあれど…これは便利だな……ふむ…攻撃魔法か……個人ではその能力は低くとも集団により上位の魔法行使が可能なのか…」
アビゲイルの眼下では魔導士による魔力の収束が行われていた。
「ファイアボール装填!集団術式起動!フレアカノン発射!」
指揮官の号令に伴い、空中に整列していた火の玉が瞬時にまとめあげられアビゲイルめがけて発射された。
それは予想よりも早い速度でアビゲイルに命中した
騎士団より歓声が上がるが……
「けほっけほっ…何にも見えないや…」
「なるほど思ったよりも目眩しとして使えそうな魔術だな』
「何!?馬鹿な!!無傷だと!!」
爆煙が晴れ,そこには球体の結界に包まれたアビゲイルが浮かんでいた。
「それではお返ししよう……『フレアカノン』」
アビゲイルが指を振り抜くと、突如としてその場から火球が打ち出され地面に着弾し,大爆発を起こした…それは先ほどの魔術師団の魔法の比ではなかった。
「馬鹿な無詠唱だと?!これがフレアカノン!?速度も威力も桁違いではないか!!!」
騎士団長は戦慄した…魔術師団の持てる最高の攻撃手段が『フレアカノン』なのだ……それを難なく防ぐその存在に打てる手は……無い。
「?なるほど…『サーチ』」
アビゲイルから放たれた高周波が周囲の地形を駆け巡り,彼の脳内には詳細な地形が表示された……そこには赤と緑のカーソルが表示される…赤が敵対勢力であり、緑が同胞である……そして今最後の緑のカーソルが消えた。
『すべての村人が殺害されてしまった様だな…』
「!!」
脳内に語りかける声が無慈悲に告げた……
怖いけれど優しい村長も…
物知りだった最長老のおばばも…
隣の家の力自慢のお兄さんも…
いつも笑顔の絶えないあの村の人々が……
あの穏やかで暖かい日々が一瞬にして奪われた。
「…母さん…アシュリー…ごめんね…これだけの事をされて帝国を許すことなんて出来そうにないよ……」
『そうだ…その選択は正しい!さあ…稀に身を委ねその怒りを見せてやろうぞ!』
謎の声がアビゲイルに語りかける…その言葉に従い呪文の言葉を紡ぎ出す。
『恐怖の支配』
アビゲイルから強大な魔力が周囲に巻き散らされた……騎士達は剣を取り落とし地面に跪いた、その心は恐怖で支配され、その対象に向けて視線を向けることしかできなかった。
「…ま…魔王だ…」
『魔王』誰かがそう呟いた……
彼らは、世にも恐ろしい存在をこの世に誕生させてしまったのだ
「この村に残されたゲイザーの叡智と村人たちの亡骸を葬送する為に……
そして今、産声を上げた新たな魔王の誕生世界に知らしめる為に……」
魔力の光が収縮し,アビゲイルの掌に握り込まれた。
『破滅の光』
次の瞬間,村全てが巨大な火柱により包まれた……その火柱は天高く登り,周囲のものを巻き込み一つの村を消滅させた……
近隣の村や町からは、山の向こうが夜明けのごとく赤い光に照らされた…
朝日が差し込む……そこには何も残っていなかった。
「さようなら…イトリ村…さようなら…母さん…アシュリー…僕も共にこの名を捨てるよ……今日からは………………『ふふふ…素晴らしい…素晴らしい素材だ…』
この体から魔力の放出と共に全てが失われた…そう…全てがだ。
『今この時よりアビゲイルは死に『アビゴルゲイザー』が此処に生まれた』
いにしえの昔、魔導を極めし集団がいた…それこそが『ゲイザー』の一族である。
彼らの末裔であるイトリ村の者達はかの一族が世界の真理を探求し、様々な事象を観測研究してきた一族であると思っていた。
それは間違いではない。
しかし、古えに存在した大魔道士アビゴルゲイザーは違った。
彼はいつしか集積されたこの膨大な知識と技術を一人占めしたいと考えるようになった。
自分の死後、地下の装置を使い、再びこの世に自身を転生させる為の準備を整えてきたのだった…
今、その夢は叶い新たな肉体を手に入れた。
アビゴルゲイザーは、己の野望を叶えるために、この世に再び降臨したのだった。
「このまま僕をやり込めて、この体を乗っ取れるとか思ってる?」
『?!馬鹿な!まだ意識が?!』
先ほどまで操られていた体が急に一切の行動を受け付けなくなった…
「うまく考えたよね…ゲイザーの叡智だなんて…」
『?!何を言って…』
「さて…君は誰なのかな?過去を生きた賢者かな?魔法使いかな?」
『!?貴様…魔力操作を?!』
「ふむふむ…第三正帝時代の魔法使いのアビゴル・ゲイザー君か…自分の意識を他者に移植する……ある意味不老不死のような術式だね」
『馬鹿な!貴様が何故この術式に干渉できる?!何故自我を保っているのだ!!』
「さぁ?母さんかアシュリーが守ってくれたのかもしれないね…」
『そんな馬鹿なことが!!』
「さて、そろそろお別れだ…素敵な力をありがとう…何とか僕なりにやってみるね」
『待て待て!何を考えているやめるんだ!!』
「こうやって……こうかな?」
『くはっ!やめろ、意識が…溶けて…い…く…』
暫くすると何も感じなくなり……体の中の違和感が消え去った。
「これで大丈夫かな?さて、それじゃあ帝国をいっちょ滅ぼしてこようかな?」
気がつけば夜が明けていた…遥か彼方の山の頂より差し込む朝日がイトリ村を照らし出した……そのには何も残されていなかった…巨大なクレーターが残されるだけだった。
「母さん…アシュリー…僕の心と名を此処に置いて行くね……」
アビゴルに体を乗っ取られていた際に,すでにその体にも変化が現れていた……
「ふむ…髪の色も変わってるし…見た目もやや別人だね…これがアビゴル君なのかな?」
空中に浮いたままサーチの魔法で周囲を確認する……
「うは…帝国の兵士だらけじゃないか…忙しくなりそうだ……」
のちにこの世界に『魔導王』として語り継がれるアビゴル・ゲイザーが誕生した瞬間だった。




