【第5話:一生逃げられない、と元帥は笑う】
約束の一ヶ月が過ぎた。
エリカは荷物をまとめ、調香室を後にしようとしていた。
「帰るのか」
「はい。契約は終了です」
「……不満があったか?」
「いいえ。ですが、ここは私の居場所ではありません」
エリカの前に、シグバルトが立ち塞がった。
「居場所がないなら、私が作る。ここに店を構えろ。あなたが望むなら、王都の店もそのままでいい。ただ、私の目の届く場所にいてほしい」
「シグバルト様、それは……」
「香りのせいではない、エリカ。あなたが調香師でなくても、私はあなたを離さなかっただろう」
彼はエリカの、精油の香りが染みついた指先をそっと取り、唇を寄せた。
「一生かけて、私を癒してくれないか。……逃がすつもりはない」
前世で男を信じることをやめた。自分のためだけに生きると決めた。
だが、この「氷の元帥」だけは、エリカを道具としてではなく、一人の女性として、そして対等なパートナーとして求めていた。
(……完敗ね)
半年後。グリムヴァルト邸には、エリカの笑い声と、彼女が完成させた「呪い解きの香」の柔らかな香りが満ちていた。
隣には、穏やかに眠るシグバルトの姿がある。
二度目の人生は、前世よりもずっと自由で、そして甘い香りに包まれていた。
【完】




