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問題点?

 京四郎が上野に来てから早二ヶ月が過ぎた。今はもう六月。春から夏に向けて、これからだんだん暑くなってくる時期である。


「京四郎様、市場について相談したいことがございます」


 京四郎が春の定例会議で提案した、上野に入るのにかかる税金をなくすという政策はもう始まっている。それが始まると同時に、京四郎たちが主導する上野公認の市場が始まった。どちらの政策もまだ始まったばかりである。始まったばかりの制度だといろいろな問題点が出てくるということだ。


「聞こう」


「はい。まずは一つ目、市場を開いたのはいいですが、肝心の商人たちが全く集まってきていません」


 上野で市場を開いたのはいい。しかし、その市場に肝心の商人が集まってきていないのである。市場という箱を作ったところで、その中身がなければ何の意味もないのだ。


「そりゃそうだろ。そもそもここは人口も少ない片田舎だ。人口は少ない、それと比例して土地は小さい、おまけに観光資源もないじゃ、商人だって積極的にこようとは思わないだろう。今までだって行商が時折来る程度だったみたいだしな」


「それでは意味がないのではありませんか?」


「そうでもないだろう。市場があることによって、商人たちから今までより効率的に税をとることができる。それに市場を主導しているのが俺たちなんだ。この市場が上野での大きな商いの場になるということは、俺たちが実質的に上野の商業のトップになれるということだ」


「効率的に税をとれるのはわかりますが、商業のトップとはどういうことですか?」


「わからないのか?上野での商いを俺たちが持っている市場でしか許可しないということは、上野で商売したければ俺たちにあまり逆らえないということになる。なぜなら、俺たちが市場に入れないと言えばそれで終わりなんだからな。今までと違って上野にいる商人たちへの影響力を強めることができているんだ」


 京四郎の言う通り、市場にいる商人たちは以前ほど上野の上層部に対して強く出られなくなっている。上層部に逆らえばこの地で商売がしにくくなってしまう。他の地域でもやっていけるような商人ならいいが、そうじゃない商人はここから出ることはできない。そもそもここ以外でもやれるような商人なら、とっくの昔にこんな田舎を出てもっと都会のところで商売をしているはずである。上野にいる商人は、ここで商売するのが好きという変わり者以外は全員ここでしかやっていけない者たちだ。また、その数だって少ない。そもそも千人くらいしかいないところである。商人の数なんて数人いれば十分である。


「しかし、それでよく商人たちが反対しませんでしたね」


「それはそうだろ。彼らからすれば市場にいれば領主代理の権限で堂々と商売できるんだ。もしも質の悪い客がいても上野の兵士たちが守ってくれるんだから安心だろう。それに市場ならたくさんの人が集まる。人が集まる上に領主代理の権限で守ってくれるんだ。こちらがよっぽど高い税を課さない限りは大歓迎だろう」


 京四郎の政策により確かに商人たちの政治力への影響力は下がった。しかし、その代わり商売は以前よりもしやすくなったので、まっとうな商人たちにとったら大歓迎なのである。

 ちなみに、この地であくどいことをして色々な利権を持っていた商人は大反対した。しかし、その商人にかまわず強引に政策を進めたことで、その商人は上野から出て行ってしまった。本当は捕まえるところまで行きたかったのだが、上手く証拠が消されていてそこまではできなかったのである


「なるほど」


 京四郎に報告に来ていた男は心底感心した態度である。


「まあそういうわけだから、当分は地元の商人たちが参加しているだけで十分だろう。そもそも告知だって全然できていないしな。告知したからといってたくさん来るわけではないだろうし、そもそもちゃんと告知するような金だってないが、いずれ噂を聞いて少しずつでも増えるかもしれない。何かを変えるという行為は、それによって今までにないマイナスが出てくることもあるからな。今は例年よりも人が減っていないだけでオッケーだ」


 この世界では情報を届けるだけで一苦労である。この世界の通信手段は主に手紙であり、それを届けるのは人や鳥だ。ただし、鳥を使って手紙を送るのはいろいろ大変である。鳥を使うときはいろいろと訓練しなければならず、仮に訓練したとしても行けるのは一か所だけである。あれは鳥の帰巣本能を利用しているのであり、鳥が人間のように色々な道を使って言われた街に狙ってたどり着けるとかではない。よってほとんどは徒歩、もしくは馬に乗っての移動であり、運ぶにはものすごく時間がかかる。また、移動中に野盗や獣などに襲われて届けられないケースもままある。


 もしもいろんな町にここのことを伝えようと思ったら、たくさんの費用と長い時間がかかる。現代の地球のように携帯で知り合いと瞬時に連絡を取ったり、テレビやネットなどで海を越えた世界中の不特定多数にに短時間で情報を発信したりなどはできない。それどころか、トラックなどで数百キロ離れたところに数時間でつけるほどの移動手段もない。この世界で情報を伝えるというのはそれだけ大変なことなのである。


「他に何か問題があったか?」


「後あるとすれば、農民たちの市場利用率が低いことくらいでしょうか?」


 庶民はよく市場を使うのだが、農民たちが市場を利用することは少ない。特に農村の者たちはそれが顕著である。


「それも当然だ。あこいらへんは今でも物々交換が主流だったりするからな。まだまだ貨幣経済という観念がほとんどないんだろう。あいつらが貨幣を使う機会なんてたまに来る行商から商品を買うくらいしかなかっただろうしな」


 この世界ではまだ農村などでは物々交換が主流であり、地域によっては貨幣経済が全く根付いていないところもある。そこに比べれば上野にある農村はまだましなのだが、それでも貨幣経済があまり根付いていない地域でもあったのだ。


「それは大丈夫なのでしょうか?」


「今はゆっくりと貨幣経済を浸透させていけばいい。周りが使うようになれば慣れてくるだろうし、そもそも行商相手には使っていたんだ。いずれ貨幣中心の経済にも慣れてくるだろう」


「農村に貨幣経済を浸透させることすらも目的であったとは。さすが京四郎様です」


 男は再度感激している。


「後は行商人たちのぼったくりを防ぐことだな。あいつら、うちの農村から普段よりも高く売って金を稼いでやがったからな」


「そうなのですか?」


「色々調べたから間違いない。上野に来るまでの手間賃や関所などにかかる金を入れても高すぎるくらいだ。しかもそれが他国の特産品のような貴重な者ならばまだいいが、そうでもないものまで高く売っていたからな。あれはうちの害悪だった」


 行商人たちは上野の農民たちはどうせ物の価値をよく知らないと思って、結構な値でぼったくっていたのだ。農民たちも普段貨幣を使う機会もないのでその機会にといっぱい使う。京四郎はそれもとめたかったのだ。


「私はこの地で生まれ、この仕事に就いて何年もたっているのに、そのようなことはまったく知りませんでした」


「他にも何か問題点はあったか?」


「他は大丈夫だと思います」


「ならいい。これからも何か問題点があったら報告に来てくれ」


「しかし、それが本当に問題点なのか私には理解できないと思いますが。それにもしも問題があったとしても京四郎様が事前に気づいているのではないですか?」


 男は自分が問題だと思ったことはすべて考慮されていて、その上自分も思いつかなかったことまで考えている京四郎に、何か自分ができることがあるのかと不安になっていた。


「今回はそうだったかもしれんが、だからと言っていつもそうであると限らないだろう?それに、事前に起こるかもしれない問題を予測していたとしても、それが実際に起こるのがいつかまではピンポイントで予測することはできない。だから、問題があったと思えばそれが些細なことでも報告してほしいし、もしかしたらそれが俺も気づいていなかったことかもしれない。だから紙でも口頭でもいいが、とにかく何かあったら俺に報告してくれ。俺は神様じゃないからな。すべてを予知すること不可能だし、一人で何千人分の働きをすることもできない。他の人間の力がないと統治することはできないのさ。だから、これからもいろいろサポートを頼むぞ」


「はっ!この命に代えましてもお仕えさせていただきます」


「命に代えるかはともかく、これからもよろしく頼むよ」


「はっ!それでは仕事に戻らせていただきます」


 そう言って京四郎のいる執務室を出て行く男の背中は、執務室に入る前よりもやる気に満ち溢れているようであった。

 




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