50:サムライ
その男はサムライと呼ばれていた。
剣術スキル。
これを発動できる武器として剣と刀が存在する。
剣と刀については短剣と短刀を想像してもらえば解り易いだろうか、短剣の刀身は真っ直ぐに伸び刃は両刃で突き刺すことを主目的とした武器だ。一方短刀は片刃で刀身が湾曲していることで斬ることに特化した武器となる。
刃が短い剣ならば用途は限られる。しかしこれが片手剣、両手剣の大きさになれば突く事だけでなく斬る事、腕力に加え剣自体の重量により叩き斬る事も可能となり近接武器としてこれほど合理的なものは無いだろう。当然、片手剣以上の剣ならば剣術スキルも全て使用する事が可能となる。
他方で斬ることのみに特化した湾曲刀は、スラッシュ等の斬撃系スキルの効果アップが確認されているためこちらを好んで使う剣士も存在する。
その男は魔物からドロップする湾曲刀。その中でも木製の鞘に納まった状態でドロップする斬ることに特化したものにしては重すぎる刀を好んで使っていた。
最初、スラッシュのことを飛燕と言うその男は皆から笑われ蔑まれた。
ある時、本物の剣士のスキルを教えてやろうと決闘を挑まれ戦うことになる。皆がその男の無残な敗北を想像した。しかし、その男の繰り出すスラッシュは、歴戦の剣士の繰り出すスラッシュの威力を凌駕し一刀の元に切り伏せた。
圧倒的な力の差を感じた歴戦の剣士は質問する。
「貴方の剣術スキルのレベルは幾つなのだ?」
その男は答える。
「俺は刀術というものしか持っておらん」
刀術というユニークスキルが世に認識された瞬間であり。男がサムライと呼ばれるようになった瞬間である。
サムライは思う。
技に言霊をのせる事でスキルと言うものが発現するらしい。飛燕の他に疾風というスキルも発現する事が出来た。
発動する時に何かが失われる喪失感…剣士が魔力か体力を消費するとか言っていた…があるがスキルと言うものは役に立つ。突きの連続技、連続した斬撃、一足飛びに踏み込む斬り込み、他には何かあるだろうか...いや、これでは剣術スキルと変わりが無い。
白々と降り注ぐ光に天を見上げる。
月。
故郷のそれと大きさが違うが、ここにも月がある。
「そういえばここの月は常に満月だな。風情が無い...」
月を見ていたサムライが、ふと何か思いつく。
「あぁ、ここの者には解らない技というのも面白い」
サムライは薄く笑い、降り注ぐ月光の下で目を閉じる。
「月下...」
光射さぬ一の月。
「新月」
目にも留まらぬ斬撃が繰り出される。
光満ちる十五の月。
「月下...満月」
男を中心に円を描くように斬撃が広がる。
光と闇がせめぎ合う七の月。
「月下...上弦月」
男の前方、半円を描き斬撃が広がる。
「語呂が悪いな...破月にするか...いや、そうすると下弦月が...」
悩むサムライ。早々に諦める。
「しかし、これだけでは芸が無いな。満月など全方位に斬撃を飛ばすため威力が激減してしまう。半月でやっと威力が等倍といったところだ」
悩むサムライ。早々に閃く。
「あぁ...大事なものを忘れていた。月光を視認出来る最初の月。力をただその一刀に集中して放つ...」
これならば、倍、いや、三倍の威力を発揮出来そうだ。
目を閉じ。
意識を集中する。
初光射す三の月。
「月下...」
現在。ローラン学園闘技場:
武術教師のゴーンは、こちらに迫るアフターバーナー家の兵士を見ながら、想像できた最悪の事態に対処できなかった己の不甲斐無さを恥じつつ今後の対策を考える。
「ゴーン先生。戦うなら先制しなくては勝ち目がありません」
リン先生の指示で合流してきた学園の生徒であり現役冒険者であるサンドが言う。
そう、話し合える距離まで近づかれた時点で話し合いなど成立しない。
踏み込めば武器が届く距離まで兵に近づかれた時点で取り囲まれた状態と同じだし、生徒が人質に取られたようなものだ。己が相手の立場ならば話し合う必要の無い相手の話など聞かない。
交渉とは立場が対等か有利なものが行うものであり。それこそ不利なものが交渉を持ちかけるならば相手にとって聞くに値する利を示さねばならない。
相手の目的はリン先生の生徒の確保であり。それはおそらく生死を問わない。話し合いや交渉など入り込む余地は無い。迷っている暇など無いのだ。
大盾を持った兵を先頭に据え近づいてくるその姿は戦闘体勢。こちらの戦力をほぼ無しと判断しているためか付け入る隙はありそうだが対集団戦を行うための行軍。軍を相手に個の力でどうこう出来るものではない。
ドゴンッ!
遠方で一人の女性の拳の一撃で騎士達が吹き飛んでいる。
…………あれは、特例だ。
生徒達を守る、いや逃がすことを考えるならば今このタイミングで攻撃を仕掛けるしかチャンスは無い。
それでも、と思う。
損得の勘定をする己がいる。アフターバーナー家はズヴァール家の味方をしている。ここでアフターバーナーと戦うという事はズヴァールと敵対するという事だ。それは詰まる所、ローラン王家に敵対することになるのではないのか?
だが、リン先生に味方しているのは冒険者ギルド。しかもズヴァールの精鋭騎士と戦っている女性はあのテレス女史だ。武術、とりわけ格闘術をかじった者ならば知らないものはいない。おそらく今ローラン王国にいる戦士の中で五本の指に入るつわもの。
それに、英雄であるラムダ殿もリン先生に味方している。英雄はローラン王家を守護するもの。それなすなわち...
「ファイアーウォール!」
迫り来る兵の前に火の壁が出現する。
「ハッ!」
現実に引き戻される。
愚かな事だ、悩むことなどない。生徒達がここに入ることを許可したのは俺だ。そして俺は教師だ。することはひとつ。
「サンド、君の仲間への指示は任せる。俺は生徒を誘導する。囲まれたら手詰まりだ通路へ移動できればいいが向こうもそれはわかっているだろう、まずは近くの壁へ移動する」
「はい。ウィン、火の壁を」
「うん、先回り出来ないように、だね」
「ああ、ジュノは僕と敵を抑える。バスは...」
「俺は、適当にやるわ」
「ああ、わかった」
狩人のバスは元から遊撃担当だ。一番効果的な動きをしてくれる。
火の壁の前で兵が止まる。
「おとうさま。いきなり攻撃してきましたわ」
「ふむ、礼儀をしらぬ愚か者がいるようだな。だが丁度良い、向こうから攻撃してくれた事に感謝しよう」
兵に指示を出す。
捕縛の指示に戸惑い雑な行軍をしていた兵に新たな指示が出る。
戦闘用に完全武装した。敵を打倒するため訓練されてきた兵にその本来の目的を遂行するための指示。
「殲滅せよ」
「おとうさま。それでは人質の意味がなくなってしまいませんこと?」
「死んでいるほうが役に立つこともあるのだよ」
「なぜですの?」
「蘇生するならば早い方が良い。時間と共にその者のスキルや能力が失われていくからな、いわば時間制限のある人質というところだ。やめなければ殺すというのではなく早くやめてこの者達を生き返らせるか魔法の鞄にでもしまわないと能力が失われていくぞと脅すのだ」
「まあ、素敵ですわ!」
「フフフ、死んでいれば逃げられる心配も無い。リタ、覚えておくといい。殺した方が使えるモノというのも存在するのだ」
「発想の転換ですわね」
「その通りだ。我々選ばれた者は利用できるモノを有効に利用する義務があるのだ」
兵の動きが変化する。
最前列を大盾で隙間無く塞ぎ。その後ろに槍を持った兵。そして前列の兵に魔法防御を付与する付与術師と攻撃魔法の詠唱を始める魔術師達。騎馬がいないことがせめてもの救いなのか突撃してくる兵はなく進軍は一層遅くなる。
ズッ...と大盾が火の壁に当てられると魔法防御の影響か盾に触れた部分の火が掻き消えていく。
「完全防備じゃねーかよ、ったくよ!」
愚痴と共にバスが空に向かって何かを放つ。
ヒョウと宙に放たれたボウが兵達の頭上で破裂し火の雨が降り注ぐ。
しかし、見えない壁でもあるかのように火の雨は兵に届く前に弾かれる。
「マジかよ...」
一矢どころか完全に攻撃を防がれた事に驚きを隠せないバス。
「フフフ、冒険者風情が我がアフターバーナー家の兵とまともに戦えるとでも思ったか? 愚かな」
傲慢に笑うアフターバーナー卿。
「ビッチ! 見なさい貴女の大事な生徒が今から死にますわよ。殺されたくなかったら今すぐ膝をついて許しを請いなさい」
闘技場のリンに言葉を投げかけるリタ・アフターバーナー。
展開されている光景にちらりと視線を向けるリン。
今まさにアフターバーナーの魔術師達の攻撃魔法の詠唱が完了しようとしている。
魔術により宙に現れる、火の槍が数本。
「そこからでは助けることも出来まい。上手くやったつもりであろうがそれが仇となったな!」
魔道具により闘技場に誰も入れないという事は、闘技場内から外に出られないという事。リンは自分の生徒の死を見ていることしか出来ない。それを皮肉るアフターバーナー卿。
「そこで惨めに許しを請うなら止めてあげなくも無いわよ?」
「リタ。本当に止めてあげるのかね?」
「そんなわけありませんわ! オーッホッホホホホ」
「ワッハハハハ。お茶目だのうリタは」
「月下...」
「ホホ...ホ?」
「何かいったかの?」
「三日月」
地に美しい三日月が描かれる。
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