44:獣の咆哮
英雄とは偶像であり信仰である。
異界から来る異端を勇者と称し都合よく使い捨てる。
喜んで死んでくれる彼等のことを、僅かな蔑みを込めて勇者と呼ぶようになったのは何時からだろうか。
勇者が英雄になることはほとんど無い。
英雄とは偉業を成した者への称号であり。異端がなるべきものではないから。
スキルという力の形があるように、英雄という称号も形として存在する。
闇の勢力の侵攻からローラン王国を救ったジャッジメントという神器。その眩く神聖な光は国民の誰もが見ていた。そしてその発動地点、大地を焦がす大規模魔法や天を斬り裂く聖なる光の只中で敵を倒し一人生き残った騎士。
騎士ラムダという偶像にローラン国中の信仰が集まり英雄の称号が発現する。
ローランの英雄の誕生である。
「基本能力の1.5~3.0倍ね。英雄の崇拝人数によって数値が変化するわ」
テレスオネイタマが具体的な数値を出してくれる。
「流石です。具体的で解り易いです」
「三倍の強さとかヤバイね」
「角が生えたりするのかもな!」
「なにそれ?」
「赤くなったりするのかもな!」
「なにそれ?」
「……なんでもないです」
チクショウ! ネコがいないとノリが悪いぜ!
「けど実際ヤバイな。能力が上がるって魔人化したようなもんだよな。しかも人間のままだから自身のレベルが無くなり実質成長がストップする魔人と違ってレベルを上げることで基本数値でを上げられるってことだろ。成長できない魔人より実質上だよな」
「そうでもないわ。英雄の効果はローランを守るためにしか発動しないから」
「私的なことには発動しない?」
「ええ、国家間の戦争ならローランを守るため発動するけど、自分のレベルを上げるために迷宮に潜る時は発動しないわ」
「使えないな」
「冒険者としては無能ね。まあ英雄は冒険者ではないから関係ないけど」
けど、あいつ見た限り今の状態で強かったよな。
「あいつ、さっきの状態が普通なの? あれが三倍の強さになるとか化け物じゃね?」
「三倍かはわからないけど、さっきの状態が英雄の効果発動状態ね」
「なんで、あ、もしかしてローラン王家?」
「ええ」
ローランに喧嘩売ったらあんなの相手にしないといけないのか。
「テレスさん勝てる?」
「やってみないとわからないわ、騎士は硬いから」
「暗黒騎士なら防御力低くて楽なんだけどな」
「けどあれは、英雄になる前にリンちゃんにひのきの棒でボコられてたから...ところでリンちゃんとクロちゃんはどこなの?」
「ん、あれ? ていうかテレスさんここに何しに来たの?」
「武術大会の審判よ」
フジワラ説明中...
「そう、連絡取れないのね。リンちゃんなら大丈夫だと思うけど」
「ギルドは何か連絡受けてないの?」
「貴方が連絡係なんでしょう。一体何をしていたのかしら?」
「え、一緒に迷宮潜ってたじゃねーか」
「覚えてないわ」
「おぃぃ!」
俺とサンド達の恰好を見てテレスさんが聞いてくる。
「で、そんな恰好して何をするつもりなの?」
「リンの生徒を勝手に奴隷とかにしてる下種共を叩き潰そうかと」
「駄目よ。その子達は冒険者ではないんでしょう」
「そうだけど」
「ならリンちゃんが戻るまで自重しなさい」
「なんでよ?」
「なんでって。もし本当にそんなことをしているのなら...もしかして貴方知らないの?」
「へ?」
主賓が到着した事により、準備が急かされテレスさんが呼ばれる。
「取り合えず2番の棄権の案にしなさい」
「棄権させてくれねーかもよ」
「問題ないわ、審判は私だから。それと貴方達。フジワラなんかに付き合うのは止めなさい馬鹿がうつるわよ」
と、サンド達に言いつつ呼ばれたほうへ歩いていく。
「フジワラ嫌われてるの?」
「何でそういう感想になるの?」
闘技場の掲示板に張り出された組み合わせ表が修正される。
開催される試合はひとつだけ、ズヴァール家のトリンパーティー対冒険者のサンドパーティーの一試合。
「なんだ、結局釣れたのは一組だけか。現役の冒険者パーティーか棄権しなかったことをほめてやろう」
騎士の一人がトリンに声をかける。
「トリン様」
「なんだ?」
「そのサンドと言う冒険者、貴族の出です他にももう一人」
「そうか、ならば丁度良い。戦闘開始後棄権するようならば家を潰すとでも脅そう。もしくは棄権の宣言をする前に殺してしまうか」
「はい」
背後から声が掛かる。
「トリン!」
振り返れば、いつにも増して上機嫌な父上。理由は後ろにつき従う存在、ローランを守る盾であり剣であるそれを従えることは最高の栄誉であり自分が最高の存在である証。
「父上。それにラムダ様」
対等な礼をする。守られるべき存在である俺と守るべき存在である英雄ではどちらが上なのかと考える。
「トリン様、お久しぶりです」
「ラムダ様も」
対応に迷うな。エリック揮下の頃は俺より下の存在だったが、英雄になった今はエリックの下を離れ独自の兵と指揮権を持つ存在となっている。
「そういえば、賞品を出すそうじゃな。屋敷から何人か持って行くのか?」
「いえ、こちらで光魔法スキル持ちを何人か調達してあります」
「ほう、光魔法とは珍しいな」
珍しいというのは、光魔法持ちがという意味ではなく調達出来た事に対する言葉だ。
ほとんどが子供の頃から教会か冒険者ギルド所属。もしくは何某かの貴族の保護下に入っている。
「もったいなくは無いか?」
「安心してください。手放すのは一人だけです。他の三人はズヴァールの物になります」
「おお、そうか」
「三人のうち一人は教会に寄付しようと思っています。今日の戦闘でも相手を殺してしまうかもしれませんので、よろしいですか?」
「んん。かまわんかまわん。教会とは良い関係でいたいからな。おお! よろしければラムダ殿もおひとついかがですかな?」
「いえ、お気持ちだけ頂いておきます」
「そうか、英雄殿は謙虚じゃの」
不意に英雄殿が振り向き一足前に出る。
見れば、兵を連れた集団から二人こちらへ近づいてくるところだ。
「ズヴァール卿、トリン殿、このたびは我が娘が無礼を働いたようでまことに申し訳ございません」
開口一番に謝罪してくる者の顔を見る。
「そなたはアフターバーナー卿であったか、トリン何かあったのか?」
「いえ、その娘とは会ったことは無いと思いますが...」
「勘違いではないかね」
「いえ、いえいえ、先日娘に不幸なことがありまして記憶のほうが定かではないのですが、治していただいた教会の方のお話で学園内で王族の方に無礼を働いたと聞きましたので」
「そうなのか、トリン覚えはないのか?」
「...ありません。おそらく覚えてないくらい些細な事だったのでしょう。謝罪は受け止めましたのでお気になさらず」
「おお、ありがとうございます。お詫びの品は後日お屋敷のほうへお届けいたしますので」
「んん。楽しみに待っていよう。して、あの兵は?」
供として連れ歩くには多すぎる兵を指差す。
「ええ、ええ、娘に無礼を働いた者を捕らえに。光魔法を教えている冒険者と聞いております」
「おお、トリンから話は聞いている。とても美しいと言う話であったが冒険者という事で悩んでいたところだと」
「ええ、ええ、そうでございますか。ご安心くださいアフターバーナー家に弓引いた無礼者です。大義名分の下に捕らえて後日のお詫びの品として献上いたします」
「おお、おお、それは素晴らしい」
ハハハ、貴族に手をあげた愚か者であったか。俺が手を下さなくても勝手にこちらの手に落ちてくれるとは。
一歩下がり話を聞いていた英雄殿が言葉を発する。
「アフターバーナー卿。王家への不遜があったという話があるならば、今一度ローラン王都の屋敷か領地に何か知らせが届いていないか確認をしたほうがよいのではありませんか?」
ただの護衛の不躾な発言に不愉快そうな顔を挙げたアフターバーナーの顔が呆ける。
その者の佇まいと威厳がただの騎士の纏う雰囲気ではないと感じたからだ。
「アフターバーナー卿、英雄ラムダ殿です」
ズヴァール卿が誇らしげに言う。
「えいゆう...ハッ! これは失礼を」
「ハッハッハ、よいよい」
英雄殿に代わり父上が返事をする。
「ご忠告ありがとうございます。要件を済ませ次第確認を知るように伝令を出します」
「…………」
肩を竦める英雄殿。何か事情を知っているような態度だが...
「おお、アフターバーナー卿。些細な用事の前に今から始まる武術大会を観戦していかれませんかな?」
「は、はあ、ではお言葉に甘えまして」
開会式が始まる。
武術大会の説明。闘技場の説明が淡々となされていく。
闘技場内では特殊な魔道具の効果によって、魔法の威力が半減すること。擬似ロックの魔法効果によって外部からの干渉は不可能となっていること。
戦闘では対戦者が降参の意思表示をするか審判が戦闘継続不能と判断した場合に戦闘終了とすること。
参加者が二組だけなので、いきなり決勝となること。
そして、主賓のズヴァール候からの賞品が提示される。
どよめく会場の中ふたつの檻が運ばれてくる。
反応はふたつ。
人の売買を当然とする者達からは光魔法スキル持ちに対する感嘆の声。
先日まで同じ仲間だった者達からは押し殺した悲鳴。
優勝賞品の檻には三人の元学園生徒がお互いを抱きしめあい震えている。
そして準優勝賞品の檻には生きているのかさえ不明な少女が一人身動きせずに横たわる。
何があったのか、何をされたのか。
声もなくそれを見つめるサンドパーティーの一人が...
「あー、ちょっと無理だわ」
ただ面白いからという理由で死ぬ寸前まで痛めつけられた昔の自分に重なる。
あの少女と楽しそうに話していたもう一人の少女がそうなっていたかもという想像と重なる。
「穏便にとか無理だわー」
責任感の無いような発言に文句を言おうとしたサンド達どころか、その発言の本人も固まる。
いや、会場でそれに気付いたもの。一定の強さと戦闘経験、とりわけ敵わない相手との死を覚悟した実戦の経験がある者達はその時の恐怖とともにそれを見る。
ラムダも己の英雄の称号が最大限の効果を発揮するのを感じながらそれを見る。
審判として冒険者ギルドから派遣された女性。
彼女はただ見つめている。
その檻の中の少女に、妹の姿を見ている。
光魔法を持っていた妹。
騙され弄ばれ、ボロボロにされた妹。
戯れに他人の全てを壊す者達。
忘れかけていた狂気が溢れてくる。
癒されつつあった傷跡が裂けてくる。
初めて見るその姿に驚きを隠せないが、そんな状況ではない。
「おぃ、おいおいおい、お前等逃げろ」
「…………」
「…………」
返事が無い、屍のようだ。などと思いつつサンド達を見る。
固まっている。ああ、こいつらも知っているのか、絶対的な死という圧力を。そういえばグレーターデーモン相手に死ぬ覚悟みたいなのしてたっけか。今はその十倍以上のプレッシャーに思考停止状態という所か。
取り合えず、動けるようにしないと。
ドンッ!
主賓席からテレスさんの前に飛び降りた奴がいる。
マジかよ、なんて勇者だと見てみると英雄だった。
ムリだろ?
剣を抜き盾を構える英雄ラムダ。
いきなりの事態に会場中の視線が集まる。
どうする? いや、どうする? おぉぉぉぉどうする?
思考が停止しているのを感じる。
「あのー、なにしてるんですか?」
決して大きいわけではないがよく通る。しかし、今の状況に一番似つかわしくない声が。
「くわぁぁぁぁ~、Zzzz」
と獣の咆哮、いや違う! 大きな欠伸をして寝だす空気を読めない獣をフードに仕舞い。
ひらひらひら、と周りを飛び回る紙でできたような蝶からまるで今までおきた事を聞いている様子で歩いてくる少女。
おぉぉぉぉぉ!!! また思考停止する俺。
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