20:善意
ギルドでもそうだけど、ここでもクロは大人気だ。
可愛さアピールでクロに勝てるネコはこの世に存在しない。と断言出来てしまうのは私の贔屓目だとわかっているが、やっぱりクロが褒められるのは嬉しい。
「あの! この子のお名前はなんていうんですか?」
クロを撫でている子が聞いてくる。ケーキを食べている間だけ本人が撫でる事を出来るというルールになっているらしい。
「クロって言います」
「クロちゃん。クロちゃん美味しい?」
「にゃ!」
「きゃ~、返事したわこの子」
「クロちゃ~ん」
「にゃ!」たしたし!
空になったお皿をたしたし叩くクロ。
「ほら、ケーキなくなったんだから交代よ! 早くどいてどいて」
「え~、クロちゃ~ん。次はケーキをホールで持ってくるから待っててね~」
「にゃ!」
うーん、なんか無限ループが出来上がっている気がしないでもないのだけど。
「きゃー! ケーキが売切れですって」
お、ナイスです。
「マウラさん。貴女だけずっとクロちゃんのそばにいるのは不公平よ! 席を譲りなさい」
「え? やだ」
「なんですってー!」
「あ、私退くんでここ座ってもいいですよ」
「え、いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
(クロ、しばらく可愛さアピール続けててね)
(まかしろ!)
クロに視線誘導はお任せして、私は。
「あのー」
「はい、なんでしょうか? お呼びいただければお席にお伺いいたします」
席までたどり着けないと思うなぁ。
「あー、ここでいいんで注文いいですか?」
「はい、どのようなご注文でしょうか?」
「えっと、今からお皿出すんで早く出来る料理から順番で材料の在庫に支障が出ない程度にメニューの全部をお願いしたいんですが」
「はい?」
「メニューを全部、今作れる限りの全てです」
「は、はい...」
さすがに戸惑っている。
「お手数をおかけします。代金とは別にこれを皆さんに」
こういう時は金にものを言わせるに限る。
「こ、こんなに! いいんですか?」
「ええ、手間賃とお騒がせしてしまっているので迷惑料みたいなものです」
貴族っぽい服装の私が貴族っぽくニッコリ笑う。
効果てきめんだ。
既に食料は十分あるが、グルメなクロ君やみんなのために新しい料理を調達しておく。美味しかったらまた来よう。
まああれだ、部屋の様子をうかがっているようなメイドの運んでくる料理とか元から食べる気が無いという事だ。
鑑定がある私には食事に何か混ぜて云々というのは無駄なんだけどね。
今後、教師として活動してからは、ここで注文しても何か細工されたものが出てくる可能性がある。
それならば今、貴族と勘違いされている今の内にちゃあんとした料理を手に入れておくのがいいだろう。
次々運ばれてくる料理を鑑定しつつアイテムボックスにしまっていく。
おかしなものは出てこないとわかっていても鑑定してしまう自分の慎重さを自嘲気味に笑う。
きゃー!
なんだか向こうが騒がしいけど無視無視。っと、なんだそういうことか。
「よっ!」
「ござる!」
背後から急に声をかけられる。
「どーも、バス君にジュノ君」
少し驚いた振りをしつつ振り向いて挨拶する。
いや、実際掛け声でござる! は少し意表を衝かれたでござるよ。
「なんだよ、気付いてたのか」
「で、ござるな」
「え、ビックリしてるじゃん?」
「してねーだろ、どうみても」
「うむうむ」
じゃあ、あっちの騒ぎはサンド君とウィン君かな。
「人気者なんだね」
「まあな、学生でDランクの冒険者だ。冒険者を目指している奴らから見れば勝ち組の部類に入るからな」
「それに加えてサンドとウィンは見た目も勝ち組でござるしな」
「二人も格好良いじゃん」
サンド君は理想的な王子様で、ウィン君は線の細い王子様。
バス君はやさぐれた王子様で、ジュノ君は侍な王子様。
「今失礼なこと考えてただろ?」
バス君が苦笑いをしながら聞いてくる。
「拙者も感じたでござる。いつもウィンが言ってたのはこの事だったでござるな」
「カンガエテマセンヨ?」
君達は超能力者さんですか!?
「ま、サンドは騎士になれる可能性が高い有望株だし。ウィンも風魔法を覚えたから風の一族に復帰できる可能性が高いこれも有望株だな」
「冒険者やめるの?」
いいパーティーだと思うんだけどな。
「いや、今言ったのは傍から見ればの話だ、やめる気は無いぜ」
「けどあれだね、私がサンド君達と親しげに話してたら買わなくてもいい恨みとか買っちゃいそうだね」
「それは、あるかもな。女のほうがやることか陰湿だからな」
「確かに寮に入っていない貴族の女子たちは怖いでござるな」
「あいつらは金と権力の使い方を熟知しているからな」
「ウィンに聞いたでござるが光魔法の教師をやるのでござるか?」
「うん」
「なんかな、前にいた光魔法の教師は今言ってた事で潰されたって噂だしな」
「ズヴァール家の御曹司に潰されたと言う噂もあるでござるよ」
「あいつか、そういえばあいつと係わった女生徒が何人か行方不明になってるよな」
行方不明って、いいのか学園!
「ていうか、どんだけ食うんだよ!」
次々運ばれてくる料理に突っ込みを入れられる。
「んー、まあ、もしもの時のための準備だよ」
「もしもってなんだよ?」
「今自分で言ってたじゃん。まあ、潰しに来たら逆に叩き潰しちゃうつもりだけどね」
「マジかよ、けど貴族共は甘く見ないほうがいいぞ。俺も今まで散々な目にあってきたからわかるが、その場を下手にしのぐと後が面倒だったりするからな」
「ふーん」
「ふーんって、なんだかなあ...俺は解っているつもりなんだが、目の前でそんな顔で言われると心配でしょうがないわ」
そんな顔ってどんな顔さ? ちなみにバス君は私の隠している実力を少しだけ知っている。
「リン殿、助けが必要になったら拙者達を頼って欲しいでござる。これまで学園で経験してきた事が役に立つと思うでござる」
あぁ、もしかしてこれを言うために?
「ありがとう、けどノーサンキューでフィニッシュです」
「ひでー」
「酷いでござる」
「えー、というか学園内では私に係わらないほうがいいよ。私は部外者だから面倒になったら学園を出て行けばいいだけだしさ。バス君たちはまだ学園にお世話になるんでしょ?」
「そりゃそうだけど...」
「大体さ、あれより強いのがここにいる?」
大悪魔。
「あそこより危険な場所がここにある?」
迷宮。あっ、これはここにもあったっけ。
「しかし、あれを倒したのはテレス殿で」
「そう思う?」
「あそこには必ずパーティーでいくから」
「そうなの?」
拙者の前に立っている者がそうなのと言いつつにへらと笑う。
傍から見ればとても可愛らしい笑顔と思うのであろうそれに寒気と共に郷愁を感じる。
前から思っていたが、その佇まいと雰囲気にある人が重なる。
拙者の家系に代々伝わるユニークスキル刀術。その祖である曾祖父。
「拙者はただの素浪人でござる」
その口癖をいつからか同じ言葉で話すようになっていた。
冒険者になるため家を出ると言うと愛刀である鳳凰丸を渡された。
静かで強い人であった。
「私のことは心配しないでいいからね」
と言いつつ食堂を出て行くリン殿。その肩にはいつからいたのか黒猫がちょこんと座ってこちらを見ている。
リン殿が一歩進むごとに目で見えているのに、その存在が希薄になっていく。
「俺、気配察知あるんだけど目の前であんなことされると自信無くなるわー」
隣りでバスが嘆いている。
「ギルド長殿がリン殿を単独でここに送り込んだという事は、誰のサポートも必要ないという事でござるな」
「クロちゃんいきなり消えちゃったんだけど」
「あれ、リンさんは?」
騒がしい女子達から開放されたらしいサンドとウィンが合流する。
「助けは必要ないってさ。それにサンドとウィンは女共から無用な嫉妬を受けそうだから近づかないでくれって言ってたぜ」
バスの軽口が始まる。
「えー、なにそれ」
ウィンがバスに詰め寄る。
「僕とウィンだけなのか」
サンドが顎に手をあてなぜだと唸る。
「おー、俺とジュノはもてないからオッケーっていってたぜ」
「なんだよそれー、バス嘘ついてるでしょ?」
「ついてねーよ、なあジュノ」
「うむ、拙者もそう聞いたでござるよ」
噓つきだねぇ。と声がしたような気がして周りを見回すが誰もいない。
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