四話目
教室へ入ると、友人達が寄ってきて笑顔で迎えてくれた。ちらほら事故を冗談交じりでいじってくる奴もいたが。
すごい心配されるより、こうやって明るく迎えてくれたほうがこっちの身としては気を使わなくていいから助かる。
楽観的な奴らでよかった。
声をかけてくれた奴らに感謝して席に座る。
すると、目の前の席に座っている奴が背もたれのほうへ体を向けて座り直し、キメ顔で挨拶してきた。
「おはやっぴー、拓斗」
挨拶がすでにうざい。
なんだ「おはやっぴー」って。
「お前もついに念願のゾンビになれたんだな」
「死んでねぇよ!ってか念願ってなんだよ!別にゾンビになりたかった訳じゃねぇから!」
訳のわからないボケをかますな。復帰初日から全力でつっこませやがって。
「『べ、別にゾンビになりたかった訳じゃないんだからね!!』って言ってみて」
キモ。死ね。沼野死ね。
無視を決めこみ、バッグから荷物を取り出す。
「後ろに拓斗がいなくて寂しかったぞ」
俺がいない間にウザさが増してるな。
どうやったらこんなにウザくなれるのか是非教えてほしいわ。
沼野は無視されていることを気にもとめずにしゃべり続ける。
「でも本当になんともなくてよかった」
しんみりした雰囲気を出すな。
気持ち悪い。
「おかえり」
沼野はこちらの机に頬杖をつきニッと笑う。
「...ただいま」
しまった。
あまりに爽やかな笑顔だったので思わず返事をしてしまった。
「なに照れてんだよ」
「照れてねぇよ。いいから前向け」
前を向けと言ったのにニコニコしながらこちらを見てくる。なんか腹立つ。
「あ、拓斗の復帰祝いにラーメンでも食いに行こうぜ」
「いいけど、どうせお前が食いたいだけだろ」
「まぁね」
なんだこいつ。
まぁ祝ってくれるって言ってるし、仕方ないから行くけど。仕方なくだからな。
べ、別に祝ってくれるのが嬉しいわけじゃないんだからね!!
放課後、俺と沼野、あと男三人を連れて約束していたラーメンを食べに行った。
駅前に最近オープンしたばかりの店で、外装も内装もとても綺麗だった。
沼野はもうすでに何回か来ていたらしく、オススメは味噌ラーメンにトッピングのコーンとバターを大盛りだと勧めてきた。
せっかくなのでそれを頼んでみる。
割り箸を取り、適量をつまんで口に運ぶ。
おー、美味い。
どれどれスープも一口。
あー、美味い。
これは美味いよ。
細麺でストレート。モチモチとした歯ごたえ。
そしてスープが麺によく絡む。
美味い。
麺もいいけど、スープがまたいい。
熱々のスープに徐々に溶けていくバターが味を少しずつ変えていく。
美味い。
そしてコーンの甘みとぷちぷちとした舌触りがアクセントとして加わる。
美味い。
美味すぎるよ!最高だわ!
沼野がドヤ顔でこちらを見ているがこれは認めざるを得ない。うめぇー。
美味いと言い過ぎてなんか嘘くさいがみなさん是非一度食べてみて下さい。
さらに、会計時にポイントカードが貰える。
ラーメン一杯で1ポイント。8ポイント貯めると一杯無料でトッピングも一種類無料。
これは通っちゃうなー。
学校からそんなに遠くないし。美味いし。
沼野はもう4ポイント貯まっていた。
いいなー。もっと早く知りたかったなー。
一同大満足で店を後にした。
ラーメン屋を出た後は、ゲーセンへ行ったり、ハンバーガーショップでだべったりとかなり充実した。素晴らしい復帰祝いだった。
美味いラーメン屋に出会えたし。
あいつらに感謝しないとな。
「もう真っ暗だな」
「そろそろ解散にするか」
「拓斗は満足したか?」
「ああ」
遊びまくって疲れた俺達は駅前で別れた。
「じゃあな二人とも」
男三人は手を振って帰っていった。
ひとり残った沼野は俺に声をかけてきた。
「拓斗」
「なに?」
沼野はニヤニヤしながら俺の肩に腕を回してきた。
「そんな寂しそうな顔すんなよー」
「してねぇよ」
「一緒に帰ってやろうか?」
「大丈夫だ」
すると沼野は肩から腕をおろし、俺の正面に立った。
「本当に大丈夫か?あそこまで一緒に行くぞ?なんなら家まで送るけど」
「大丈夫」
「本当に?」
「本当に」
「そっか」
「おう」
遥といい、沼野といい、そんなに心配しなくてもいいのに。
ひとりで帰れる。うん、大丈夫だ。
少しの沈黙の後、また沼野がしゃべりだした。
「楽しかったな、今日」
「そうだな」
「また一緒にラーメン食いに行こうな」
「いつかな」
沼野は下を向きながらふっと笑った。
「じゃあ帰るわ」
「ん」
「またな」
そういって沼野は自宅のほうへ歩きだす。
俺も帰路につく。
少し歩いて後ろを向くと沼野もこちらを見ていたようで、笑顔で大きく手を振ってきた。
恥ずかしいから俺は振り返さないけど。
空は暗くなり、点々と立っている街灯がぼうっと灯っていた。
制服のポッケからイヤホンを取り出して携帯に繋ぎ、好きな歌手の曲を流す。
俺はひとり、とぼとぼと家へ向かった。
今日は楽しかった。本当に楽しかった。
みんなのおかげで久しぶり大笑いできた。
俺がいない間のことや、最近あったおもしろい話とかいっぱい聞けたし。
クレーンゲームで馬鹿みたいに金使ったくせに結局取れなかったり、音ゲーがみんなヘタクソ過ぎて大笑いしたり。
みんなと一緒にいるとすげぇ楽しい。
だからその分ひとりの今が寂しくなってきた。
やっぱりダメかも。
事故に巻き込まれて以来、また孤独が怖くなった。事故の恐怖が昔のトラウマを呼び起こしてしまった。克服したと思っていたのに。
もうひとりぼっちは嫌だ。
歩いていると大通りの十字路に近づいた。
事故にあったあの十字路。
そこを迂回する。
遠回りになってしまうけれど、あの場所には近づきたくない。
十字路に近づく度にあの瞬間を思い出す。
タイヤの擦れる音や渡れることを知らせる音楽が聞こえると体が震える、鼓動が早くなる。
また事故に巻き込まれるんじゃないかと思ってしまう。
遥と一緒に登校した時は大丈夫だったのに。
自分だけでも渡れると思ったのに。
やっぱりひとりでは怖い。本当に情けない。
誰かといれば大丈夫なのに。
やっぱり一緒に帰ってもらえばよかったな。
タラレバの話を考えていたってしょうがないよな。
明日になればまたみんなに会える。
遥に、沼野に、他のみんなに。
俺は不安を振り払うように音楽のボリュームを少し上げた。
時間はかかってしまったが、家の前の通りまでたどり着いた。
これからの帰り道はこの順路で帰ることになりそうだ。
さっさと風呂に入ってさっさと寝よう。
そう思いながら俺は少し歩を早める。
アパートの前に着く。
ほっとしていると、視界の隅に人影が見えた。
そちらを見てみる。
近くの街灯の下にぽつんと佇んでいる少女がいた。
短く切りそろえられた黒髪。
身長はあまり大きくはなく、150センチ前後といったくらいだろう。
ここまでは特に代わり映えのない姿だろう。
でも、特に目を惹いたのは身にまとっていた和装。
黒を基調とした質素なものだったが、どこか華やかな雰囲気を醸し出していた。
和服を着ている少女なんて夏祭りで浴衣を着てはしゃいでいる姿くらいしか見たことがない。
でも、時期的に祭りはやっていないはず。
そんな異様な光景に俺は目を離せなかった。
俯いていた顔は少し物憂げだったが、失礼にも美しいと思ってしまった。
なにか困っているのだろうか。
もしかして道に迷って途方に暮れているのかもしれない。
力になれるかわからないが、一応声をかけてみるべきだな。
女の人が困っていたら助けないわけにもいかないし。
別に可愛い少女とちょっとお話しがしてみたいなんてやましい気持ちは一切ない。
うん。全くない。
俺はなんていい人なんだろう。
俺は少女にゆっくりと近づいて声をかける。
「あの、どうかしましたか?」
すると少女はとても驚いた様子でこちらを向いた。
いきなり知らない人に声をかけられてびっくりしたのだろう。
「あ、いきなり声をかけてごめんなさい。もしかして困っているのかと思って」
少女は口をわなわなと震わせていた。
怖がらせてしまったかな。
「あ、その怪しい者じゃ「あんた…」」
少女の口元が動き、かわいらしい声が聞こえる。
「あんた、私が見えるの?」
………え?