二話目
教室に戻るとまだホームルームは始まっておらず、俺達に少し遅れて先生が教室に入ってきた。
「ほら、みんな席に着いて。プリント配るぞ。あと、緊急の連絡事項があるからちゃんと聞いとけよ」
先生は教卓の前に座る生徒にプリントを渡した。配られたプリントを回すと沼野が後ろを向いてきた。
「なぁ、このあと暇?」
「なんで?」
「なんでだと思う?」
「わからん」
「ちょっとは考えてよ」
めんどくさすぎる。
なんでこんなに焦らされてるんだろう。
「いいから、言えよ」
「えー、聞いちゃう?」
とりあえずデコピンしておこう。
「痛っ!?わかったわかった言うから」
「なんだよ」
「一緒に帰ろうぜ」
もう一発デコピンしよう。
「え!?なんでもう一回したの!ちゃんと言ったじゃん」
「なんとなく」
「理不尽すぎる!」
「おい、沼野と宮守うるさいぞ」
担任が腕を組みながら、眉間にしわを寄せてこちらを睨んでいた。
沼野のせいで俺まで怒られた。理不尽だ。
「沼野、今俺がなんて言ったか言ってみろ」
「…気を付けて帰れよ?」
「うーん、まぁ大体当ってるな」
当ってんのかよ。
「はい、じゃあホームルーム終わり。号令」
誰かが号令をかける。
挨拶をすると、みんなそそくさと帰り始めた。
教室を出ると、廊下に遥が立っていた。
「あ、たっちゃん。ホームルーム終わった?一緒に帰ろ」
「おう」
俺は振り返り、後ろに立っている沼野に笑顔を向けて、
「俺、遥と帰るから。またな」
「え」
沼野に一言伝えて遥と階段へ向かう。階段を降りているとすごい勢いで肩をつかまれた。
つかまれた方を見ると、沼野が必死の形相で訴えかけてきた。
「三人で帰ればよくない?」
「あー、その発想はなかった」
「わざとだよね?ね?」
「いいから早く帰るぞ」
「遥さんもなんか言ってよ」
「私は二人で帰る気だったから」
「嘘でしょ…」
「ごめんごめん。冗談だよ」
遥にもいじられてるのかこいつ。
遥の重い一撃で意気消沈してしまった沼野も連れて下駄箱に向かった。
昼前に学校から帰れるのはやはり嬉しい。
午後の時間を有意義に使えるからだ。
友達と遊ぶもよし。
家に引きこもってゲームするもよし。
朝、足りなかった睡眠時間を確保するもよし。
うん、すばらしいな。今日はどうしようか。
帰り道は自転車を押しながら遥と喋って帰った。沼野は話に入るタイミングをずっと模索していたが、結局一度も話には入れなかった。
家の近くの大きな十字路に着く。
三人、いや二人で喋りながらゆっくり歩いても15分とかからなかった。やはり家が近いのは楽でいい。
帰宅している間に、足元の影が少し薄くなってきていた。
せっかく半日を満喫できるのに。雨が降ってきたら引きこもり決定だ。
「拓斗、この後暇だろ」
「まぁ」
「遊ぼうぜ」
「雨降りそうだけど」
「雨降ったら拓斗の家でゲーム」
「降らなくてもゲームだろ。遥も来るか?」
「私は今日用事があるから」
「そっか」
「家帰ったらすぐ行く」
「了解」
ここからは二人と道が違うので別れる。自転車にまたがり、信号が変わるのを待った。
空を見上げる。
だんだんと雲の色が薄ぐろくなってきた。
これは雨降るな。
「コツ、コツ、コツ」
不意に足音が聞こえた。
二人が戻ってきたのかと、後ろをうかがう。
しかし、そこには誰もいなかった。
青になり、渡れることを知らせる音楽が流れ始めた。ペダルに足をかけゆっくりと前に進む。
すると近くからサイレンが聞こえた。
地面に足をつけ、歩道まで戻る。
横から二台の車が走ってきた。二人乗りをしたバイクとそれを追うパトカー。速度を上げて十字路に近づいてくる。
法定速度なんかとっくに越えていそうだ。
道路のちょっとした段差にバイクが弾む。
操縦者は必死にバランスを取っているが、車体は少しずつ揺れはじめ、そしてバランスを失い火花を散らしながら横転した。
制御不能になったバイクはひとりでに動き続け、勢いをそのままにこちらの歩道に突っ込んだ。
「...っつ!!」
声も出なかった。
ぶつかった衝撃で体は吹き飛び、何もできず地面に叩きつけられた。
そのままバイクは信号待ちをしていた人を何人か巻き込み、勢いを失って倒れた。
痛い。体が動かない。
駆け寄ってきた人達がしきりに声をかけてくれるが、ぼやけてうまく聞き取れない。
全身が痛い。辛い。
頭がぼーっとする。視界も霞む。
目の前に誰かがいる。
しゃがみこんでこちらを見ている。
誰だろう。考えるのが辛い。まぶたも重い。
クソ、なんなんだよ...。
あぁ痛い...。痛いよ...。
誰か...。
助けて…。