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大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
外伝「大英雄になれなくて何が悪い」
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第6話 のみぞ知る




 な、何なんだこいつらは……。


 こいつ、じゃない。こいつら、だ。全員だ。一人残らずおかしい。そうじゃないか? だって、考えてもみろ。


 俺たちはどうもこのグリムガルとかいう土地にどこかからやってきたか、もしくは、もともとグリムガルのどこかにいたんだが、そのことは覚えていないらしい。ついでに、ついでになんて言ってしまっていいのどうかわからないが、自分のことも名前くらいしか覚えていない。


 ひよむーとかいう変な女、まあわりと好みではあるが、やっぱり変そうな女に連れられてきて、街らしき場所に足を踏み入れ、事務所だか何だかに入れと言われて、やばそうだと思いながらもそうする以外になくて入ってみたら、オカマが待ち受けていた。しかも、髪が緑色にたぶん染めていて、唇が黒くて、顎が割れているというインパクト大にも程があるオカマだ。名前は、ブリちゃん。ブリ大根のブリか? ブリリアントのブリなのか? わからないが、とにかくブリちゃん。


 それで、そのブリちゃんは見習い義勇兵だかになれという。なるかならないか自分で決めろと言うが、俺はつるっとした頭を抱えて身体をできるだけ小さく小さく縮めながら、そもそも選択の余地なんかないんじゃないのかと考えていた。


 なぜなら、着ている服、「将軍」とプリントされたトレーナーと、その下に着ているTシャツと、ジーンズと、靴下と、白いスニーカーと、あとはベルトと、それから眼鏡、以上が俺の全財産、財産とも言えないような俺の所持品のすべてだ。


 他の連中はどうか知らないが、俺はちゃんと確認した。ポケットの中を探ったら何も入っていなくて、俺はそのとき、あれ、ケータイ、と呟いた。だけど、そのケータイが何なのか、俺にはわからない。というか、たぶん、俺はケータイが何か知っていて、それがポケットに入っているような気がした。ポケットに入っているのが当然なのに、なかった。しかし、俺はそのケータイのことを、どういうわけだか忘れてしまった、という感じだった。


 ともかく、俺は着の身着のまま、ここに放りだされた、としか言いようがない状態で、それはきっと、他の連中も一緒なのだ。


 で、ブリちゃんは、もうこのブリちゃんという呼称自体、かなり気持ち悪いのでやめたいのだが、他に呼びようがないのでしょうがない、ブリちゃんは、見習い義勇兵だかになってもならなくてもいいと言う。見習い義勇兵になるのなら、銀貨十枚くれると言う。


 銀貨十枚の価値は不明だが、銀貨はどう考えても金だ。


 見習い義勇兵になれば、金がもらえる。ならなければ、もらえない。無一文のままでいないといけない。


 いや、無理だろ。


 こんな、どこかもわからない、何がなんだか、右も左もわからない街で、無一文でどうしろというのだ。どうしようもない。わかりきったことじゃないか。このオファーは実質的には断れない。俺たちは見習い義勇兵とやらになるしかないのだ。


 でも俺は言いだせない。とてもじゃないが言えないので黙っていると、俺と同じ眼鏡族の、ただし、俺よりは人当たりがよさそうでスマートそうで、とはいえもう一人の眼鏡ヒサヤよりは背こそ高いものの知力の面で劣りそうな短髪眼鏡族のヒノトが、

「その義勇兵っていうのは、何するんすかね」

 とブリちゃんに訊いた。


「いい質問ね」

 ブリちゃんはニタリと悪魔のように笑った。

「戦うのよ」


「……戦う」

 ムサシが呟いた。

「そう」

 ブリちゃんは黒い唇を不気味に舐めて、

「ここグリムガルの辺境には、アタシたち人間と敵対しちゃってる種族や、モンスターって呼ばれてる怪物どもがたっくさんいるの。山盛りね。辺境軍の任務は、そいつらを駆逐して辺境を制圧すること。だけど、そんなにたやすい仕事じゃないのよね。これが。実際、辺境軍はこのオルタナと、いくつかある前線基地を維持するので手一杯だから、そこでアタシたち義勇兵団の出番ってわけ」

「選ばれし聖なる戦士たる、俺の出番だな……!」

 ケイタはスルーされた。

「アタシたち義勇兵は、神出鬼没、縦横無尽に敵地に潜入し、視察して、攪乱し、敵対勢力の弱体化を図る。辺境軍の本隊に協力することはあっても、組織だった作戦行動をとることはめったにないわ。単独か、まあ三人から六人くらいのパーティを組んでる義勇兵が多いわね。とにかく、各自が己の才覚、独自の判断で情報を収集し、敵を叩く。これがアタシたち義勇兵団レッドムーンの仕事よ。理解できたかしら?」


「フフ……フフフ……」

 突然、前髪で顔が隠れている女子が笑いだしたので、俺だけじゃない、ブリちゃんまでビクッとした。

「な、何よ。あんた。アタシ、何か笑えるようなこと言った……?」

「……フフフ……フフ……フフフ……」

「ぶ、不気味な子ねえ」


 いや、あんたにそれを言う資格はない。と思ったが、もちろん言えるわけがない。俺は言わなかったが、前髪女子は、ゆらっ、と右腕を上げて、人差し指をブリちゃんのほうに向けた。

「三年後の今日……あなたは、下半身裸でM字開脚をしている無残な死体として、路上で発見される……」

「なっ、何よ、それ!? きょ、脅迫!? 脅迫なの!? このアタシを脅迫してんの!? いい度胸じゃないの!」

「……脅迫じゃ、ない……」

「じゃ、じゃあ何なのよ!?」

「これは……予言」

「予言……ですって!?」

「そう……予言……フフ……フフフ……わたしはただ……あなたの運命を語っただけ……その運命から、逃れられるか否かは……あなた次第……フフフ……フ……フフ……」

「こっ、怖ぁーっ!」

 ブリちゃんは両腕で自分の身体を抱きしめた。

「怖っ! 怖っ! 怖ぁーっ! 何なの、今回の子!? 怖いんだけど!? アタシ、占いとかつい信じちゃうほうなのよ! 怖くて眠れないじゃないの、怖ぁーっ!」

「フフ……フフフ……フフ……」

「なんか言ってよ! コメントちょうだいよ! 冗談だって言って! ただのイタズラだって! お願い!」

「……わたしは、真実しか話さない……わたしは、マジョリー……」


「おまえは……!?」

 ケイタがマジョリーと名乗った前髪女子を振り返って、目を見開いた。

「あの伝説の魔女、グレゴリアラ・シュテパラス・マジョリーか……!?」

「……誰、それ……」

「何だと!? 違うのか……!? だったら、どの魔女だ……!」

「……あなたは、二年後……木に逆さ吊りされた状態で……」

「わーっ! やめろ!」

 ケイタは手で両耳をふさいだ。

「やめてくれ! わーっ! 聞こえない! 聞こえないから平気だ! 聞こえない! まったく聞こえない……!」

「フフ……フフフ……弱虫……」


 ……こ、怖い。


 というより、恐ろしい。恐るべしだ、マジョリー。怖いブリちゃんを恐怖させるなんて、本当に本物の魔女なんじゃないのか。


 気がつくと、俺は事務所らしいホールの隅っこにへばりついていた。


「と、とっ、とにかく!」

 ブリちゃんがカウンターを叩いて叫んだ。

「は、早く選んでちょうだい! 見習い義勇兵に、なるのかならないのか! アタシから教えてあげられることはもうないから! さあさあ、決めて! 決めなさい! あと十秒よ! アタシが十かぞえる間に手をあげなかったら、見習い義勇兵にならないと見なして、手ぶらでこっから出てってもらうわ! いくわよ、十!」


「やる」

 と、ヒサヤが挙手すると、その近くにいたヒノトも、

「あ、俺も」

 と手をあげた。なんてことだ。眼鏡族二人が相次いで。


「はい、九! 八!」


「や、やります!」

 ムサシが、それから、ムサシにひっついていたおかっぱの女子が、

「じゃ、ぼくも」

 とつづいた。

「え!? ぼく!?」

 ムサシが目を剥いて女子を見た。ブリちゃんのカウントはつづく。


「七! 六! 五!」


「……僕も」

 きのこカットの男が、

「うー」

 と、もくもく髪のふとっちょが、

「俺もー」

 癖毛チャラ男のミチオが手をあげると、

「あっ……たしも」

 カズラとかいう、左頬にタトゥーを入れている女子も挙手した。

「ん」

 と、やたらと短いホットパンツを穿いていて尻が見えそうな女子も、肩くらいの高さまで手をあげてみせた。


 残っているのは、もしかして……俺と、ケイタだけか。やばい。でも、俺はまだ、決心が。


「はい! 四! 三! 二! 一……!」


「クハハハァ……!」

 ケイタが変なポーズをとりながら前に進みでた。

「ここで満を持して、この聖戦士たる俺が……!」


「ゼロ。はい。時間切れね」

 ブリちゃんはさっと素早く硬貨のようなものと革袋を二個ずつ、カウンターの上から撤去した。


「ちょちょちょちょ待てーい……!」

 ケイタはカウンターを乗り越える勢いでブリちゃんに迫った。

「俺は伝説の勇士として、ちゃんと名乗りを上げたはずだ……!」

「アタシは手をあげなさいって言ったはずよ?」

 と、ブリちゃんは冷たい。

「名乗りを上げたかどうかなんて関係ない。というわけで、出ていきなさい。しっしっ」

「いやだ……! 世界を救いたくはないのか……!? 俺が義勇兵にならなければ、この世界は滅亡するんだぞ……!?」

「じゃあ、三回まわって、ワンって言いなさい」

「よかろう……!」

 ケイタは華麗な三回転を、しかもジャンプしながら決めて、左手を床につき、右手をピッと斜めに上げる体勢をとって、

「ワォーン……!」

 と、狼のように吠えてみせた。


「……ま、まあいいわ」

 ブリちゃんは額を押さえて、いったんカウンターの下に引っこめた硬貨のようなものと革袋を引っぱりだした。

 それから、俺のほうに目を向けた。

「で? あんたは? どうするの?」


「……や、やります」


 つい、そう答えてしまった。


 俺は助かったのか、それとも、失敗したのか。


 神のみぞ知る、だ。


 このグリムガルに神がいれば、だが。


 とりあえず、俺の頭に髪は生えていない。

 やかましいわ。

うわぁ……こいつらの話、ぜんぜん進まねえ……と思いながら書いています。明日も更新する予定です。

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