第5話 リスペクト
ひよむーがそのオルタナ辺境軍義勇兵団レッドムーンとかいう建物の扉を開けた。
「さささっ、入るですよー」
頭のおかしいケイタが、それからムサシが、ムサシに寄り添っている赤っぽい髪をおかっぱにしている女の子が、建物に入っていく。ヒサヤ、ヒノトの眼鏡男子二人もつづく。それから、下半身がむっちりしていて、おしりがはみでそうなホットパンツを穿いている女子に、前髪で顔が隠れている細身の女子も。チャラい感じの癖毛男子と、頬にタトゥーが入っている女子も、僕を追い越して建物の中に入っていった。
外に残っているのは、坊主頭の眼鏡男子と、もくもくっとした髪の太った男子、あとは、僕だ。
僕らはなんとなく顔を見あわせた。
坊主眼鏡は、地味にけっこう体格がいいのに、やたらとオドオドしていて、さっと素早く目をそらした。
もくもくふとっちょは、ボーッと僕を見ている。口が開いていて、よだれがちょっと垂れているし、何度か「おなかすいた」と言っていたし、だいぶ空腹なんだろう。僕のことを食べ物だと思っていて、食べたいな、食べちゃおうかな、と迷っているみたいな、そんな眼差しにも見えなくはない。
「あの……」
僕はあとずさりした。
「い、言っとくけど、僕、食べられないから。い、言うまでもないだろうけど。僕、食用じゃないから。あたりまえだけど。そのへん、わかってる……? わかってるよね? わからないわけがないよね……?」
もくもくふとっちょは、ゆっくりとうなずいた。
僕は安堵して、ため息をついた。
「おいおーい」
と、ひよむーに呼ばれた。
「そこのもくっとした子とー、ボーズの子とー、それから、キノコくーん。いつまでそこで何してるですかー。入った入ったですよー。さっさとしてくれないと、ひよむー、怒っちゃいますよー。ぷんすかぷんっ、ですよー」
「あー」
もくもくふとっちょは口許のよだれを拭きながら、ちょこちょこと歩きだした。
坊主眼鏡は、ちらちらと僕の様子をうかがっている。
「……キ、キノコ呼ばわり……」
僕は手で口を隠して呟きながら、もくもくふとっちょを追いかけた。
「でもまあ、僕はたしかにキノコなんだけども……」
そう。
僕の名前は、どうやらキノコらしい。あと、僕は髪の毛をきのこカットにしている。それで名前までキノコ。
キノコ。
自分がキノコという名前だということは、べつに不思議ではない。納得感がある。ああキノコだよな、という感じ。キノコ以外ないよね、みたいな。なんで自分がきのこカットにしたのか、そのへんはわからないけど、なんかやっぱりきのこカットだよね的な思いがあったんだろうし、きのこカットでいいんじゃないかと思える。
だけど、なんだろう。
キノコと呼ばれるのはむかつく。
僕の名前はキノコなんだから、キノコと呼ばれるのはしかたないとも言えるけど、それでもむかつくものはむかつくのだからしょうがない。敬意の問題かもしれない。そこに敬意があるかどうか。僕を「キノコ」と呼ぶのはいいとして、敬意を持ったうえで「キノコ」と呼ぶのと、たとえば嘲りの感情をこめて「キノコ」と呼ぶのとではだいぶ違う。大違いだ。ひよむーは僕を小馬鹿にしているような口調で「キノコくーん」と呼んだ。そう。「キノコ」が問題なのではないのだ。僕は愚弄されたくない。誰だってそうじゃないか。馬鹿にされれば頭にくる。侮蔑されたのにヘラヘラしていたら、それこそ馬鹿だ。馬鹿なら馬鹿にされてもしょうがないかもしれないけど、僕はべつに馬鹿じゃない。結論は、死ね、ひよむー、ということだ。
死ね。死ね。死ねっ、ひよむー。死ねっ。
僕は胸の裡で唱えながらひよむーの横を通り抜けて建物に入った。もくもくふとっちょと僕、最後に坊主眼鏡が中に入ると、ひよむーは、
「そいじゃーブリちゃん、あとはよろしくでーす! バイナラピー!」
と、いかにもアホっぽい台詞を残して扉を閉めてしまった。
建物の中は酒場的な店のホールみたいな部屋で、奥にカウンターがあって、その向こうに男が一人いた。ひよむーが、ブリちゃん、と呼んだのはこの男のことだろう。おそらく。
あとは、僕たち十二人。
すなわち、ここには十三人の人間がいる。
十三人には広すぎる空間だ。五十人か、もしかしたら百人ほども収容できそうな部屋で、カウンターの向こうの男ブリちゃんは異彩を放っている。
何せ、髪が緑色だ。化粧もしていて、唇が黒い。そういう口紅を塗っているんだろう。それから、顎が割れている。
かなり気持ち悪い。
「ふぅーん」
ブリちゃんは腕組みをして、腰をくねくねっとさせながら、ねとっとした目つきで僕らを見まわした。水色の瞳はきれいなのに、眼差しや仕種がとにかく気色悪い。
「なかなか粒ぞろいって感じねえ」
あれは皮肉だ。ブリちゃんはぜんぜん「粒ぞろい」なんて思っていない。むしろ、逆だ。ブリちゃんは僕らを見て、粒ぞろいの逆、つまり「ダメそうな十二人」だと思っている。
その十二人には僕もふくまれているので、当然、頭にくる。抗議したいところだが、気になることがある。
ブリちゃんはいったい何を基準にして僕らを「ダメ」だと見なしているんだろう。
どうやらブリちゃんは僕らを見た目で品定めして、低い「評価」を与えたようだ。ブリちゃんは何を「評価」したんだろう。
「そうか……」
ケイタが右手を顔の前にかざして、左手の人差し指でブリちゃんを指した。
「貴様が魔王アルヴェンドラクシュの正体か……!」
ブリちゃんは一瞬、驚いたみたいだが、すぐにため息をついた。
「……それ、わざわざ否定しなきゃダメ?」
「魔王アンボルドルーガでないとしたら、何者なのだ……!?」
「さっきと名前が違うわよ」
「フッ……語るに落ちるとはこのことだな……」
「はい?」
「魔王アルヴェンドラクシュでも魔王アンボルドルーガでもないとしたら、貴様は……魔天使グアシャラボラクス……!」
「あんた……顔はいけてるし、身体もよさそうなのに、中身はとことんひどいわねえ」
「黙れ! 魔物め……!」
「犯すわよ?」
「ヒイッ!」
ケイタは飛び下がって、ムサシの後ろに隠れた。
「……ま、まずい。やつは本物だ、ムサシ。き、気をつけろ……永劫の暗黒に引きこまれるぞ……」
「たしかに、本物っぽいけど……」
と、髪が短くないほうの眼鏡のヒサヤが呟いた。
「うっふふふっ」
ブリちゃんが怪物のように笑った。
「そう。アタシは本物よお? あんたもけっこうかわいいわね。どう? アタシと遊ばない? 絶対、ハマるわよ。ハマるっていうか、ハメるかハメられるかって話なんだけど」
「……え、遠慮しときます」
ヒサヤは半歩後退した。
「んー……」
下半身がむっちりしておしりがはみだしそうな女子が、部屋の中を見まわしながら、
「てゆーか何? なんか連れられてきたけど、うちら何するの? よくわかんないんだけど、何かしなきゃ系の話なの?」
「まあ」
ブリちゃんは肩をすくめて、
「ヤルかヤラないかは、あんたたち次第だけどね。アタシはこれからあんたたちをスカウトする。もしアタシからのありがたい申し入れを受けてくれれば」
カウンターの上に何か並べた。
赤っぽい色をした硬貨……? と、それから、小さな革袋だ。
「よいしょっと……待ってね。数がちょっと多めだから。えーと、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二……っと。十二セットあるわね。アタシの申し入れを受けた人には、これを一個ずつあげるわ」
「……魔境への鍵、か……」
ケイタがムサシの背中に隠れたままそんなことを言ったが、ブリちゃんは無視して、
「表の看板は見たでしょ? ここはオルタナ辺境軍義勇兵団レッドムーンの事務所。で、アタシは所長ってわけ。これは」
と、硬貨らしきものを一枚、つまみあげた。見ると、三日月が浮き彫りにされている。
「見習い義勇兵身分証明章、通称・見習い章。その名のとおり、見習い義勇兵としての身分を証明するものよ。そして、革袋の中身は、銀貨十枚。十シルバー。あんたたちは、選ぶことができる。アタシのオファーを受けて見習い義勇兵になるか、蹴って今すぐここから手ぶらで出ていくか」
「ギユーヘイ……?」
おしりはみだしそう子は首をひねった。しかし、本当に、今にもおしりがはみだしそうだ。
エロい。
「そっ。義勇兵」
ブリちゃんがニッと笑うと、僕はゾッとした。
怖い。
「ヤルの? ヤラないの? どうするの? アタシはどっちでもいいわよ?」
明日も更新する予定です。




