第3話 四つ葉の秘密
ああ……もう、やだ。
わけわかんないし。
月が赤いとか。
ここがどこだかわかないとか。
自分のこと、名前くらいしか覚えてないっぽいとか。
ほんっとに、意味わかんない。
誰のせい? やっぱり、あたし? あたしが何かしたから? これ、何かの罰?
「呼っばれって飛っびでってー」
どこかで変な声がした。女の子の声だった。あたしは周りを見まわす。あたしたちは十二人。男が八人。女の子が四人……だけど、じつは、ちょっと疑わしい子が一人いる。ぱっと見、女の子みたいだし、胸もあるんだけど、なんか、本当に女の子なの? みたいな子が一人だけ、いる。
それはとりあえずいいとして、あたしたちは十二人いる。
今の声は、その十二人じゃなかった……と思う。
あたしたちの後ろには、塔がそびえ立っている。
その子は、その塔の後ろから、ぴょっ、と出てきた。
「にょーにょにょにょーん。どもー。はっじめましてー。皆さんのひよむーですよーん。よーん。よーん。よーん。にゃははー」
ひよむー? 名前……?
ツインテールで、ちっちゃい。わりとかわいい子だ。
ただ、見た目より年いってるんじゃないかな、という感じがした。どっちにしても、ロリっぽい系統は、そんなに好きじゃない。偽ロリはもっと好きじゃない。ロリはモノホンのロリでいて欲しい。
「むう……貴様は……」
銀髪のいかれぽんちケイタが右手を顔の前にかざして、左手の人差し指をひよむーに向けた。
「さては、聖王の使いか……?」
「せーおー?」
ひよむーは小首をかしげて、
「んー。ちがぁーいますかねえ? せーおーの使いではないかも?」
「では、世界を闇に閉ざさんと画策する暗黒の魔法使いジャナヴァールの手下か……!?」
「はははー……」
ひよむーは困ったように笑いながら横を向いて、ちっ、と舌打ちをし、
「……はーずれだな、これ。まー、そういうこともあるかあ……」
と、かなり小さな声で言った。あたしは聞こえたけど、聞こえなかった人もいたかもしれない。ていうか、聞こえなかった人のほうが多かったかも。少なくとも、ケイタは聞こえなかったようだ。
「どうやら、ジャナヴァールの手下のようだな……この俺に、いったい何の用だ!? 世界の半分をよこすから、野望成就に手を貸せとでも……?」
「そーいうんじゃないんですけどねー」
「ち、違うのか……!?」
「と、と、と、と、とりあえず!」
と、きのこカットでやせっぽちの男が突然、口を挟んだ。
「そ、そ、そ、その……その、ツインテールっ娘の話を聞いてみるのはどうか……と、思わなくもないし、そうしたほうが建設的なんじゃないかと……」
「そのとぉーりっ!」
ひよむーは眼鏡坊主をバビッと指さして、
「まぁーったくそのとぉーりですよー。みんなはこのグリムガルにやってきて、右も左もわっかんないわけですからねー。まずはひよむーに従っとくのがいいんじゃないかと、ひよむーとしては愚考してしまったりする次第ですよー?」
「あのー」
と、ぷよぷよしていて、髪が雲みたいにもくもくしている男が手をあげた。
「はいっ、何でしょーっ!?」
ひよむーに指名されると、ぷよぷよもくもく男はおなかをさすりながら、
「おなかすいた……」
「知るかーっ」
ひよむーは地団駄を踏んだ。
「何なんですかあなたたちはもおー! こんなにあれですよ、ばらばらってゆーかだらだらってゆーか微妙すぎる感じはそうそうないです! いーんですか、そんなことで!? いーんです! ひよむーのお仕事は、あなたたちを義勇兵団事務所に連れていくことなので! あとのことなんざー知ったこっちゃないのでーす! というわけでー! いっきますよー! ついてこなかったら、どうなっても知りませんからねー。はいはい、しゅっぱつしゅっぱーつ」
ひよむーが歩きだして、何人かがつられてそのあとを追いかけはじめた。
あたしは、迷った。でも、見ると、塔のあたしたちが出てきたところはもう、閉まっている。塔の中には戻れない。戻ったってどうするのっていう感じでもある。ひよむーはたしか、ぐりむがる? とか言ってたけど、ここがどこだかは、依然としてわからない。当然、行きたいところはない。どこに行けばいいのかもわからない。
「どしたの」
と、いかにもチャラそうな、癖毛の男に肩甲骨のあたりを、ぽんっ、と叩かれて、思わずあたしは、
「ぃぁっ」
と叫んで飛びのいてしまった。
「え……何?」
癖毛チャラ男はびっくりしているみたいだけど、びっくりしたのはあたしのほうだし。
「な、なん、なん、な、なん、な……何? な、何なの?」
「え。何って。なんか止まってるから。行かねぇーのかなって、思って。ただそれだけなんだけど」
「そ、それだけっ。それだけなのにっ、な、なんでさわるのっ?」
「いや、さわたって……ちょっとあれでしょ? ぽーんってしただけじゃない?」
「いらなくない!? ぽーんって! いらないでしょ!? さわる必要なくない!?」
「まあ、ないけど……」
「さわらないで!?」
「わ、わかったって。ごめん」
癖毛チャラ男は両手を合わせて、ウインクをしてみせた。
「ごめんって。謝るからさ。ね? 悪かったよ。そんなに怒ると思ってなかったし。べつに意識してさわったわけでもないし。注意するからさ。ごめん。許して。ね?」
正直、キレすぎかも、と自分でもちょっと思った。でも、びっくりしたから。
「……いいけど」
「ごめん」
癖毛チャラ男はガバッと頭を下げた。
「悪かった! もうしません! 許してください! 反省してます!」
「い、いいって言ってるでしょ!? や、やめて!? そ、そこまで……」
「いや、ほんと」
癖毛チャラ男は頭を上げたけど、神妙な顔つきをしている。
「悪かったよ。えって、名前は?」
「……カズラ、だけど」
「カズラね。あ。呼び捨て、いい? なんかつける? カズラさん?」
「……いいけど。何でも」
「うっそ。マジで? いや、でも、カズラさんでいくわ。いやじゃない?」
「いやじゃ、ないけど……」
「あー。よかったー。あっ、俺、ミチオ。ミッチーでもいいけど、ミチオでもいいし」
「……じゃあ、ミチオで」
「うん。オッケー。あ。そうだ。で、行かないの?」
「え?」
「ほら」
あたしたちは丘の上にいる。塔はこの丘の上に立っていて、下りていくと、壁に囲まれた……街? みたいなものがある。
ミチオはそっちのほうを指さした。
「みんな、行っちゃってるからさ。このままだと、置いてかれちゃいそうだし。俺らも、行かない?」
本当だ。
あたしとミチオをのぞいた十人全員が、ひよむーにつづいて丘を下りていく。
「い、行く」
「だよね。行くしかないよね、一応。さっ、行こ、カズラさん」
ミチオはそう言うと、あたしの手首をつかもうとして、
「うわっ。ごめん! またさわっちゃいそうになった!」
と、寸前のところで手を引っこめた。
「ごめんごめん。さわらなかったから、許して。いやー。カズラさん、かわいいからさあ」
「か、かわいいっ!?」
「うん。それで、ついね。でもほんと、さわったりしねぇーから。安心して」
「……か、かわいくないけど!?」
「いや、かわいいよ。ていうかさ。そういうのって、何? 主観? の問題だからさ。カズラさんがかわいいと思うのと、俺がかわいいと思うのって違うかもだけど、俺がかわいいと思えばそれは俺にとってかわいいわけだから……えーと、何? よくわかんなくなってきた。とにかく、俺はあれだよ、カズラさんのこと、かわいいと思うよ。あと、これ」
と、ミチオは自分の左頬をさわってみせた。
あたしも、自分の左頬に指先をあてた。
そこに何があるか、あたしは知っている。
ミチオはにこっと笑った。
「似合ってるよ。タトゥー。何だろ。その柄。花? かわいくて、かっこいい」
「……ありがと」
あたしは下を向いて、左頬を強くこすった。顔がゆがむほど、強く。
あたしは、知っている。
この部分に、四つ葉のクローバーのタトゥーが入ってることを。
あたしは、知ってる。
でも、このタトゥーがあたしには似合っていないことを。
だけど、あたしは知らない。
いつ、どこで、どうして、あたしがこのタトゥーを入れたのか。
あたしには、タトゥーなんて似合わない。それでも、ミチオに「似合ってる」って言われて、少しだけ、嬉しかった。
もし、あたしが「普通」だったら、ちょっといいなって思って、惹かれていたかもしれない。
でも、あたしは男の子が苦手で、女の子が好きだ。
そのことを、あたしは知っている。
この「大英雄になれなくて何が悪い」を書こうと思いたったのは、一つにはもちろん、『大英雄が無職で何が悪い』が書籍化されるので、その記念……まあ平たく言うと、販促のために何かやろう、という話があって、じゃあ、というわけで書くことにしたわけですが、だったら普通は、『大英雄が~』のキャラクターが出てくる短編、SSなんかでいい、というか、担当編集者氏としては、そうして欲しかったようです。
でも正直、そういうの、僕はあまり、というか、まったくやりたくなかった。専門店などの特典としてSSを書くことはよくやるのですが(ちなみに他の方はどうか知りませんが、僕の場合はどれだけ書いても原稿料は出ません。ただ働きです)、これ、意外と難しくて、本編に関わりすぎてもいけない。それを読まないと、本編のここがわからない、といったことがあると困りますからね。手に入れられる人は、限られているわけだし。でも、本編にまったく関わりがなくてもよくない。それだと、読んでもらう意味がないですから。結局、なんとなく、本編のキャラクターがいい感じに見えるシーンみたいなものを書いたりするのですが、この「小説家になろう」という場でまで、それと似たようなことをするのか、と考えたら、いやだな、と思ったのです。そんなの、つまらないな、と。
私事で恐縮ですが、現在いくつか新作の準備をしていて、そちらはものすごく神経を使う作業なもので、そういうのじゃない、気を遣わずに、好き勝手にのびのびと書けるものを書きたかった、というのもあります。この外伝は間違いなく販促なのですが、そもそも、『大英雄が~』本編だって、「小説家になろう」で公開して、なんとか読んでもらえそうなもの、という枠は、自分で設けたのですが、それ以外のことは何も考えずに、書きたいように書いた。じゃあ、販促の外伝も、好きなように、書きたいように書いたっていいじゃないか。そういうものが、この場には合っているんじゃないか。
……というような次第で、外伝「大英雄になれなくて何が悪い」は、こんな感じのお話になっています。
明日も、更新する予定です。




