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大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
sacrifice for liberty編
86/120

第85話 素直になれない



「……おい」

 俺は右手で髪をかきあげてため息をついた。

「言うに事欠いて、馬鹿とは何だ、馬鹿とは。もうちっとマシなこと言えねーのかよ」

「い、言いたいけどっ、わたしだって……っ」

 イチカは顔を伏せて、自分の膝に押しつけた。

「言えない、でしょ……だって、何をどう言えば……」

「まあ、いいけどな」

「よくないっ」

「俺がいいっつってんだぞ」

「あんたはよくても、わたしはよくないの……っ」

「めんどくせーやつだな」

「どうせめんどくさい女ですっ。めんどくてごめんなさいっ」

「謝るだけで反省してねーだろ、おまえ」

「……そんなことっ……そんなこと、ないもん」

「ほんとかよ」

「ちゃんと、反省……っ」

 イチカがいきなり咳きこみはじめた。今のイチカは、ただ咳をしているだけなのに、身体が折れてしまいそうだ。俺は螺旋階段を駆けあがってイチカの背中をさすってやった。

「無理するからだろうが」

「……あんたに、言われたくないっ」

「俺はべつに無理なんかしてねえ」

「どこが……っ」

 イチカは俺の左腕をちらっと見た。

 青白かった顔に血の気がさして、一瞬でくしゃくしゃになった。

「どこがっ……無理ばっかりして……っ。無茶なことしか、しないじゃない……っ」

「んなことねーよ。俺は成算がないことはやらねえ」

「でもっ……でも、実際」

「泣いてんじゃねえ。アホか」

「だって」

 イチカはえぐえぐひぐひぐ嗚咽をもらしながら、俺の左腕にそっとふれた。

「……これ。どうするの。こんなの。こんなふうになって。これ……こんなの……わたしの光魔法じゃ……」

「やっぱ治らねーか」

「……だけど、やってみないと」

「はっきり言え。治らねーんだろ」

「ふ……普通は……」

「治らねーんだな」

 俺が念を押すと、イチカは、こくっ、とうなずいて、ふるるっ、と頭を振った。

「……どっちなんだよ」

「な、何か……あるはず。きっと、方法が……」

「あったらいいな」

 俺はイチカの頭を撫でた。

「なくてもいいけどな」

「……よく、ないでしょ。いいわけ……っ」

「つーかおまえ、勘違いするんじゃねーぞ。俺の左腕っつーか左手は、やったらでっけーモサっつーたいそうな化物にくれてやったんだ。でも、それは翡翠濡れ草を手に入れたあとのことなんだからな。おまえはまったく関係ねえ」

「関係なくない! わたしが病気になったりしなければ、そんなふうになることはなかったんだし……」

「代わりに、もっと大勢がモサに食われちまってただろうな。おまえの論法でいったら、俺たちがモサをぶっ倒して命拾いした連中は、おまえのおかげで助かったっつーことになるわけだ。ずいぶん恩着せがましい話じゃねーか」

「あ……ああ言えばこう言う!」

「おまえの言うことに穴がありすぎなんだよ」

「……もう、知らないっ」

「そうか」

「いっつも、そうやって……」

 イチカはうずくまるようにして身体を縮めた。


 小さくなったな、こいつ。

 背は俺より少しでけーのに。

 たとえば力いっぱい抱きしめたら、壊れちまいそうだ。


「イチカ」

 名を呼ぶと、イチカはちょっとだけ顔を上げた。

「……はい?」

「おまえは大丈夫なのか」


 イチカは濡れた瞳で俺を見つめるだけで、すぐには答えなかった。


 俺はイチカの首筋に掌をあてがうようにした。イチカは身をすくめて、

「ぅんっ……」

 とおかしな声をもらしたが、俺は気にせず、

「熱はねーな。発疹もない。痛みはどうだ。飯は食ってるのか。アウギュストの野郎の特効薬とやらはちゃんと効いたんだろうな」

「……そのこと、なんだけど」

「あ……?」



 俺は二階に上がるなり、椅子に腰かけて悠然と書物をひもといていたアウギュストに詰め寄った。ほとんどつかみかかったといっても言いすぎじゃない。

「どういうことだ、アウギュスト」

「……はあ? 何なんですか、藪から棒に。あれ? 涙の島から戻ってきたんですね。いつの間に。ともあれ、翡翠濡れ草、たしかに受けとりましたよ。まだあったんだな。もう絶滅しているかと思っていましたよ」

「知ってて、俺たちを行かせたのか」

「絶滅している可能性が高いだなんて言ったら、さすがにきみもとりに行く気にはならなかったでしょう?」

「見くびるな。ないかもしれなくたって、俺は行ってた」

「それはそれは」

 アウギュストは編んである長い長い髪をつかんでくるくる回した。

「たしかに、私はきみを見くびっていたのかもしれませんねえ。まさか翡翠濡れ草を見つけてくるなんて、想像していませんでしたし。おまけに、あのモサまでやっつけたという話じゃないですか」

「そんなことはどうだっていい。特効薬の件だ」

「特効薬? ああ……」

 アウギュストは噴きだした。

「緋熱病の特効薬のことですね。ありませんよ、そんなものは。感染症に効く、黴から作るアウギュスタン……もちろん私が発明した薬があるんですが、緋熱病にはこれも効果がない。どうやら、蚊か何かが媒介になっていて、これに刺されると感染するようだ。そこまではわかっているんだが、この私でさえ制圧に手こずっている病気でしてね」

「ようするに、俺を騙したんだな」

「ええ。そうです」

「イチカはなんで治った」

「当然、この私、アウギュスト・クラストローレのおかげですよ。言うまでもないことだ。あたりまえでしょう?」

「アウギュスト様は」

 と、ダンテが進みでてきて口を挟んだ。

「あなたがたが旅立たれた直後から、イチカさんの治療を開始しました。緋熱病の特効薬はいまだ存在しませんが、発疹や発熱などの諸症状を個別に抑制することは充分可能です。いわゆる対症療法ですが、症状さえ抑えこめば体力の回復も見込めますし、もとより緋熱病は重症化さえしなければ自然治癒も望める病です。つまり、特効薬などなくてもイチカ様を快癒させる自信が、アウギュスト様には最初からおありになったのです」


「……な、なんと……ッ!?」

 ハイネマリーが目をまん丸くしている。

「ギョォー……」

 ギンジーの魚の目もかなりまん丸だ。

 ジャンカルロが、

「ヘッ……」

 と短く笑った。

 ドンは腕組みをして、

「ヌゥ……」

 と低く唸り、俺をじっと見ている。どうする、おまえ次第だ、とその目が言っている。

 イチカとモモヒナは事情をすっかりのみこんでいるようで、驚いている様子はない。


「……そんな」

 ミリリュは下を向いて肩を震わせている。ついでにオッパイもぷるぷるぷるぷる震えて、ものすげーことになってんな。

「なぜ、そのようなことを……! 初めから助けるつもりでいたのなら、キサラギ様に無体な要求をする必要なんてなかったはずです……! どうしてそのような真似を……!」


「無体だろうと無茶だろうと何だろうと、もし私の要求に従わなければ」

 アウギュストは、ニタァ……と悪魔的な笑みを浮かべた。

「私はその子を助けたりしませんでしたよ。だって、私の言うことを聞かないということは、すなわち、そこまでして助けたくはないということだ。だったらべつに、わざわざ助けてあげることはないでしょう? 私は暇じゃないんだ。慈善家でもない。私の時間と労力は貴重なんですよ。私の一分が凡人の一年に匹敵するくらい、とても、とても、貴重なんだ。その私の力を借りたいというのなら、命くらい賭けるべきです。覚悟を見せるべきだ」


「求めるものがあるなら」

 俺はアウギュストの目を見すえた。

「それを手に入れるために何かを差しださなきゃならない、だったな」

「ええ、そのとおりです」

 アウギュストは満足げにうなずいてみせた。

「きみはどうです? 何か不満でも?」

「ない」

 俺は首を軽く横に振った。

「これっぽっちもねーよ。俺はあんたに差しだせるものを差しだして、あんたは応えてくれたんだからな」

「余計なことに首を突っこんで、失ったものもあるようですが?」

「これか」

 俺は左腕を一瞥した。

「余計だとは思ってねえ。やりたいからやった。少しばかりしくじって、代償を払う羽目になった。それだけだ」

「フフ……ッ」

 アウギュストは丸眼鏡の奥の目を細めてふくみ笑いをした。

「いやいや。きみはなかなかおもしろい。ダンテくん、あとでキャロモンテを紹介しておあげなさい」

「はい、アウギュスト様」

「キャロモンテは腕のいい義肢職人でしてね。私が認めるくらいですから、まあ世界一と言ってもいいでしょう。ほら」

 アウギュストはズボンの裾をめくってみせた。

 正直、ちょっとだけ驚いた。

「私の脚もキャロモンテに作らせたんだ。ぱっと見ではわからないでしょう。いい出来だ。慣れれば歩行程度なら本物の脚と同程度にこなせます。走るのだって、その気になればできなくもないですからね。手だとまあ、機能的には脚よりも難しいかな。でも、何かつけておけばいくらかは役に立ちます」

 アウギュストは木製らしい左脚を持ちあげたり曲げたりしてみせた。滑らかな動きだ。

「そいつはありがてーな」

 俺は肩をすくめて、

「とにかく、あんたには感謝してる」

 と言って右手を差しだした。

 アウギュストは不思議そうに首をかしげた。

「……ああ。握手ですか。これは失礼。私に握手を求める者などついぞいなかったものでしてね」

「だろうな……」

 とジャンカルロが低く呟いた。アウギュストには聞こえなかったのか。仮に聞こえていたとしても、気にしないだろう。

「人と握手するのなんて、何年ぶりだろうな。何年じゃない。何十年ぶりか」

 アウギュストはそんなことを言いながら俺の手を握った。

 指は長いが、薄っぺらくてどこか頼りない、乾いた手だった。

 俺はアウギュストの手を握りかえした。

「世話になった」

「きみは正当な代価をえただけですよ」

「そうかもな。ただ、あんたがいなかったら、その代価ってやつは手に入らなかったんだ。あんたがいてくれて助かった」

「まあ、それもそうですね」

 アウギュストは唇をひん曲げて俺の手を振りほどくと、机の上に開いてある書物に向きなおった。

「ダンテくん。お客さんがたを追い払いなさい。もうここには用はないはずだ」

「はい、アウギュスト様」

 ダンテが一礼した。その直後、いかにも小生意気そうな少年の顔に瞬間、冬の日に天からの恵みのごとく射す陽射しにも似た微笑がよぎるのを、俺は目撃した。

 素直じゃない主従だ。お似合いなのかもな。



 イチカはまだ体調が万全じゃないから静養させないといけないし、俺も義手の件がある。俺たちは宿をとって、しばらくヴェーレに滞在することにした。


 自由都市ヴェーレはいい街だ。街並みはきれいだし、気候がよくて、活気がある。金に糸目をつけなければどんなものでも手に入るし、飯がうまい。ギンジーのやつにとっては窮屈そうだが、これほど開放的な土地はめったにないだろう。


 俺は義手を作ってもらうために義肢職人キャロモンテの工房に通う道すがら、ヴェーレを隅々まで探索した。


 画一的じゃない。地区ごと、いや、通りごとに変化がある。新しい発見がある。めちゃくちゃいい街なのだが、俺はたまに涙の島が妙に恋しくなった。ヴェーレに比べたら何もないと言ってもいいような島だ。でも、あの島には家族がいる。種族は違うし、すごした期間は短いが、海サハギンたちは間違いなく俺を家族として遇してくれた。


 ぜんぶ終わったら、友だちを引き連れて涙の島に住むってのもいいな。


 そのぜんぶというのが何から何までを指すのか、今の俺にはわからない。俺はまだ何もやりきっていないどころか、何もしていないと感じている。


 何にしても、まだまだ先のことだ。やりたいこと、行ってみたい場所が、俺には掃いて捨てるほどある。明日になったらまた増えているだろう。


 一つ一つ、だな。


 次は何をやってやるか。


 考えながら、俺は身体を休めている。まあ、もう休みなんかいらねー感じではあるんだが。イチカもだいぶ元気になってきた。そろそろかと思いつつ、俺はベッドの上で寝返りを打った。たまにミリリュだのハイネマリーだのが俺の部屋に忍びこんできたりするが、今夜は静かだ。静かすぎて、かえって寝つけないのか。


 眠れないのに寝転がっていたってしょうがない。俺は起きあがった。部屋の中は暗いが、目が慣れているから灯りはいらない。ベッドサイドのテーブルに仮の義手が置いてある。フック型の、船乗りなんかがよく使うやつらしい。今はべつにいらねーか。


 つけるのに手間もかかるし、いらないはずだ。それなのに、俺は義手を装着しはじめていた。


 義手をつけ終えると、俺は部屋を出た。


 この宿は三階建てで、二階と三階は客室、一階は食堂兼酒場になっている。といっても、わりと品のいい食堂であり酒場で、利用するのはだいたい宿泊客だ。こんな夜遅くだと、誰もいなくてがらんとしている。ふだんはそうだ。


 今日は違った。


 真ん中あたりの席に一人、座っている。ぽつんと、という印象は受けない。身体がでかいからだ。


「ドン」

 俺は声をかけながら近づいていった。

「ドンじゃねーか。どうしたんだ」

「ウム……」

 ドン・ブラグンは俺のほうをちらっと見てから、手に持っている酒瓶に口をつけた。

 俺はドンの隣に座った。

「飲んでるんだな」

「オマエも、ヤルか」

「くれ」

 俺はドンから手渡された酒瓶をあおった。強い酒で、胃に沁みた。

「何かあったのか」

「ナイ」

「そうか」


 嘘だな、と俺は思った。いや、ドンが俺を騙そうとしてるとか、ごまかそうとしてるとか、そういうことじゃない。そうじゃなくて、なんつーか……何もないことはないが、ドンの中でまだ整理がつかなくて言葉に出せない、みたいな感じか。


 気にはなる。が、ドンのことだ。話せるタイミングがきたら、話すべきことは話してくれるだろう。


 俺と出会うまで、ドンはその日暮らしをしていたらしい。定宿もないみたいだったから、俺はこの宿にドンの部屋もとった。ちなみに、ジャンカルロは市内にちゃんと家があるようだ。あの野郎は顔もろくに出さないが、船で寝ていることが多いので、港に行けばたいてい会える。


 ドンは仕事を見つけて稼いでは、自分のぶんの宿代を自分で払う。船の荷積みや荷揚げ、用心棒。賭け試合に決闘代行。仕事はいろいろあるようだ。

 どれもドンにふさわしい仕事だとは思えねーけどな。

 そもそも、ドンほどの男が、なんでこんな流れ者みたいな生活を送っているのか。

 何か事情があることはわかっている。グリムガルにくる前の記憶がない俺は過去なんてどうでもいいと思っているが、ドンに関しては興味がなくもない。ドンが話してくれたら喜んで聞くだろう。もちろん、言いたくないなら、それはそれでいい。


「キサラギ」

「ん?」

「オマエワ……」

 ドンは何か言いかけて、口をつぐんだ。外だ。


 外が騒がしい。


 俺はドンと目を見交わして、どちらからともなく立ちあがった。扉を開けて外の通りに出ると、港のほうがやけに明るい。遠くから叫び声が聞こえてきた。

「海賊だ……! 海賊が攻めてきたぞ……!」

ここまで読んでくださってありがとうございます。sacrifice for liberty編は今回で終了です。


当面、十年がかりの仕事に集中しないといけないため、しばらくお休みさせていただきます。再開は仕事次第です。申し訳ありません。


連載再開時期など、何かお知らせがあれば、活動報告及び twitter( @jyumonji_ao )で告知させていただきます。よろしくお願いします。

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