第79話 男の仕事
ドン・ブラグンは一言でいえば男の中の男だ。
まだ短いつきあいだが、男らしさを重んじるドワーフにもドンほどの男はなかなかいないだろう。
というかまあ、ドワーフの男らしさ=漢と、ドンの男っぽさは違う、といったほうがいいのかもしれないが、そうはいってもドンのことを知って、こいつは男だな、と思わないやつはどこにもいないはずだ。
種族は関係ない。
そんなものを超越して、男たる者はかくあるべし。
とにかく、ドンは男の中の男だ。
ミリリュはモサにミスリルの剣を刺してぶらさがっているだけでやっとだが、ドンは違う。
「フヌゥッ!」
と右手の剣をモサの鱗板にぶちこむ。
そうして、右腕でグイッと身体を持ちあげて、
「ハァッ!」
と左手の剣でモサの鱗板に刺し通すなり、右手の剣を、
「フナァッ!」
と引き抜く。
今度は左腕で身体を持ちあげて、右手の剣をモサの鱗板に、
「ズオァッ!」
とブッ刺す。すかさず左手の剣を抜いて、右腕で身体を持ちあげ、さっき抜いたばかりの左手の剣を、
「ドオォッ!」
とモサの鱗板に叩きこむのだ。
そうやって、右。
左。
右。
左。
右。
左。
モサがどれだけ激しく暴れても、ドンは止まらない。
着実に進みつづけて、とうとう達した。
モサの右目だ。
「オォォォッシュ……ッ!」
ドンが右手の剣をモサの右の眼球に突き刺した。
「よし……!」
「やったのだ……ッ!」
俺も、ハイネマリーも、それぞれ歓声をあげた。
もっとも、喜んでばかりはいられない。
ムオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン! ムオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!
モサも右目をやられてたのはたまらなかったようだ。暴れるなんてものじゃない。モサはその巨体を躍らせた。跳びはねて、右へ、左へと回る。尻尾を振りまわす。
そんな中でもドンは次を狙おうとしている。モサの左目だ。
つい、やれ、行け、と言いたくなる。ドンならやってくれそうな気がする。
……いや。
だめだ。俺は今、ドンの勇敢さにあてられて逆上せている。それとこれとは別だ。俺は声を張りあげた。
「ドン! ミリリュ! 離れろ……!」
「はい……っ!」
「オウッ!」
やっぱりドンはすげえ。ミリリュはともかく、ドンはあの状況だ。どういう状況かっつーと、あともうちょっとでモサの左目に手が届く。そこまで行っていたら、誰に何を言われようと、ええいままよやっちまえ、となってしまってもおかしくない。それなのに、俺の指示を聞いて、ドンは迷わず、即座に、モサの鱗板から剣をぶっこ抜いた。ミリリュもほとんど同時だった。
ちょうどモサが跳ねあがって尻尾を巻きあげるようにしたところだったから、二人の身体がピョーンと空中に投げだされた。
俺は歯を食いしばった。なかなかの高さだ。頼む。うまく受け身をとってくれ。俺には似合わねーけどな。祈るしかない。
ともかく、二人が着地する前に、モサが地面に頭をこすりつけるみたいにしてグルグルゴロンゴロン転がりだしたから、俺の判断は間違ってはいなかったってことになるだろう。でも、やばかった。少しでも遅れていたら、ドンもミリリュもモサと地面にサンドイッチされてぺしゃんこになっていたはずだ。
「ドン……! ミリリュ……!」
二人はどうなったのか。わからない。
モサは大樹にもズガンズガン身体をぶつけた。葉っぱだの何だのが落ちてきて、何がなんだか。俺とハイネマリーはやむをえず後退した。そういえば、ギンジーのやつはどうしたんだ。
「キサラギさぁん……っ!」
と、後ろのほうからそのギンジーの声が聞こえてきた。
「行くぞ、ハイネマリー!」
「う、うむ……ッ!」
俺はハイネマリーを連れて声のした方向に走った。ギンジーは大きめの茂みに身を隠していた。ギンジーだけじゃない。ジャンカルロの野郎もいる。
「ハッ……よくやるぜ」
ジャンカルロは皮肉っぽい表情を浮かべているが、その顔は汗まみれだ。
「氏族長をとっつかまえて、てめえが出した条件にあうような場所を聞きだしてきた。このあたりには一箇所しかねえ」
「一箇所あれば充分だ」
俺は茂みから顔を出してあたりをうかがう。ドン。ミリリュ。
思わず、
「はは……!」
と笑っちまった。
いた。
位置はけっこう離れているが、ドンも、ミリリュも、ちゃんと立っている。ただ、二人とも、俺たちの居場所はわかっていないようだ。
モサは相変わらず転がったり跳ねまわったりしている。
「ドン! ミリリュ! こっちだ……!」
俺は銃を振りまわした。ドンもミリリュも、すぐ俺に気づいたようだ。こっちに向かって走ってくる。
ちょっと力が抜けて、俺は地べたに座りこみたくなったが、座って一息ついてる場合じゃねえ。
「ここからだ」
俺はギンジーとジャンカルロを見た。
「ドンが片目をやってくれた。おかげで、かなりやりやすくなる。視野が半分になったってことだからな。ただし、ああやって暴れくるってるのは今のうちだ。そのうち収まる。きっちり片をつけなきゃならねえ。仕上げをするために、人手がいる」
「……ヒ、ヒトデ……ですか」
ギンジーはギョックンと唾をのみこんで、
「知ってます。あれですよね。海でとれるっていう生き物。ぼ、僕、ひとっ走り行って、とってきまっ」
「違う」
「ギョヒッ」
俺はギンジーの喉笛にチョップを叩きこんだ。
「そのヒトデじゃねえ。ひとではひとででも、人の手のほうだ」
「……ギョウッ!? そ、そっちでしたか……っ!?」
「おまえらに集めてもらう」
「何だと……?」
ジャンカルロは、いつものように短く笑おうとしたようだが、うまくいかなかったようだ。代わりに、唾を吐いた。
「阿呆なことぬかしてんじゃねえぞ、キサラギ。そいつはサハギンはサハギンでも海サハギンとは種類が別だし、おれは人間だ。海サハギンどもがおれらの言うことなんざ聞くもんかよ」
「……ぼ、ぼ、僕も、いくらなんでもそれはちょっと、というか、かなり、だいぶ、自信ないかなぁ……なんて……」
「それでも、やれ」
俺は殴りつけるような眼差しをギンジーとジャンカルロに注いだ。
「やってみて、できなかったんならしょうがねえ。でもな。やる前からできねーなんて言うんじゃねえ。まず、やれ。結果はそのあとだ」
「しくじったら」
ジャンカルロは憎々しげに俺を睨みつけた。いや、違うな。そうじゃない。
やつはその実、怯えている。恐れてやがるんだ。自分が失敗したら、また人が死ぬんじゃねーか。自分は結局、死神だ。やつはきっと、そう思っている。
「おれがしくじったら、どうするつもりだ」
「どうもしねえ」
俺は肩をすくめてみせた。
「そのときはそのときだ。また別の手を考えりゃいい」
「そんなにたやすいことかよ」
「難しく考えればうまくいくっつーなら、いくらでもそうするけどな」
「おれはそういうことを言ってるんじゃねえ」
「問答はいい。やるのか。やらねーのか。どっちだ」
ギンジーはもじもじ、うじうじしている。
ジャンカルロは目をつぶって、一つ息をついた。
「クッ……」
そして、短く笑って目を開けると、
「やってやる。恩に着ろよ、キサラギ」
「ああ。うまくいったらな」
「ぼ、ぼ、僕も……! や、やりますっ! ややややややるぞーっ、おーっ……!」
「ギンジー」
俺はギンジーの肩を叩いてやった。
「大丈夫だ。そう気張らなくたっていい。おまえならやれる」
「は、はい……っ! で、ですよねー!? じつは、僕もそうなんじゃないかと思ってたりします! よーしっ! 行ってきまぁーす……!」
調子のいいやつだ。
まあ、こういうやつは調子に乗りまくったほうがいい働きをする。そもそも、調子にでも乗らねーとろくに動けねーだろうしな。
ジャンカルロ、ギンジーと入れかわりに、ドンとミリリュがきた。
二人とも、無傷じゃない。ただ、どこかを深く切ったり、骨が折れたりはしていないみたいだ。
俺はミリリュの頭を撫でてやってから、ドンに向かって拳を突きだした。
ドンは俺の拳に自分の拳をぶつけて、ニヤッと笑った。
「キサラギ……ッ!」
ハイネマリーは銃を構えてモサのほうを見ている。
「そろそろ潮時かもしれぬ……!」
「おう」
怒りくるっていたモサが静まりつつある。そうすれば次にモサがすることは、俺たちを探すか、餌を求めて集落に戻るか、だ。
俺は仲間たちを見まわして、うなずいた。
「第二段階だ。時間稼ぎしつつ、目当ての場所までやつを誘導する。あと一息、とはいかねーけどな。ここまでは順調だ。やってやろうぜ」
体調不良により数日休んでしまいました。申し訳ありません。感想、評価、レビューなどいただけますと、励みになります。




