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大英雄が無職で何が悪い  作者: 十文字青
sacrifice for liberty編
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第70話 酔狂



 イチカは熱が下がるどころか上がりつづけていて、発疹は両手脚から腹、背中の一部にまで及んでいる。

 衰弱は激しい。意識が朦朧としている。

 モモヒナが特効薬じゃなくてもいいから何か薬をくれとアウギュストにせがんだらしいが、すげなく断られたみたいだ。モモヒナはモモヒナとは思えないくらいプリプリしていて、並べたてるアウギュストへの悪口雑言が気が利いていた。曰く、


 いかれんぽんちん。


 とんでもくーへん。


 ろっくでなっしー。


 うどんのたいぽこ。


 ちんちんぷるぷる。


 等々。


 最後のはなんか違うっつーかどうかと思うけどな。

 まあ、おかげで俺はちょっとなごんだし、腹が決まった。暗くなるのを待って、俺は決行することにした。


 モモヒナはイチカから離れたがらないし、どうせ誰か一人はついていてやらないといけない。俺はエルフのミリリュ、ドワーフのハイネマリー、陸サハギンのギンジー、それからオークのドン・ブラグンというバラエティーに富んだ仲間たちと一緒に港へと急いだ。


 船乗りたちの朝は早い。

 暗くなると基本的に船は動かさないから、夜の港は静まりかえっている。

 聞こえるのは俺たちの足音、息づかいと、波の音だけだ。


 ハイネマリーとギンジーあたりはかなり緊張しているみたいだが、俺は落ちついている。ただ、ミリリュたちはともかく、ドンにつきあわせていいのかという思いは俺の頭の隅にあった。あるにはあるものの、俺が何をしようとしているのか、ドンは知っている。わかってうえでついてきたのだ。今さら手を引けと言うのは野暮ってものだろう。この借りは絶対に返さねーとな。


 港には人っ子一人いないが、真っ暗ではない。桟橋や防波堤のあちこちにぽつぽつと明かりが灯っている。魚油を使ったランプだ。魚油を燃やすとなかなかきつい臭いがするし、たいして明るくもないが、港町のヴェーレではよく使われている。住人にとっては慣れ親しんだ臭いで、そこまで気にならないのかもしれない。


 あのランプは一晩もたないから、巡回して魚油を足す見張り番がいる。とはいえ、そんなものは避ければいいので、たいした問題じゃない。


 肝心なのは船だ。


 俺たちは桟橋から桟橋へと渡り歩いて船を物色した。あまり大きいというか、中ぐらいの船でも俺たちには動かせない。かといって、ずらっと並んでいる小さな手漕ぎ船だと一人か二人、せいぜい三人くらいまでしか乗れなさそうだから、これもだめだ。


 ちょうどいい大きさで、帆はあってもいいが、櫂もないと困る。まあ、櫂は別に調達してもいいから、まずはサイズだ。


「あれなんか、どうでしょうか……?」

 ギンジーが一艘の船を指さした。


 その船は、ひとりきりだった。


 船にひとりきりってのもおかしな話かもしれないが、なぜかその船の周りには他の船が泊められていない。「浮いている」。そんな印象を受けた。まあ、船だから当然、海に浮いてるんだが。


 俺はそういうことを感じないタチなのに、不吉、という言葉が脳裏をよぎった。


 あの船にはどうもよくない気配がある。


 もっとも、サイズはぴったりだ。


 それに、正直に言うと、俺にも後ろめたさがないわけじゃない。一度やると決めたことだからためらいはないが、船は船乗りの魂なのだ。俺はその魂を強奪しようとしている。


 そう。


 俺は船泥棒をしようとしていた。ヴェーレでは人殺しよりも非難を浴びるらしい、それはとてつもない大罪だ。


 露見したら、十中八九、処刑される。ただ殺されるだけじゃない。市中を引き回されて、斬首され、生首は胴体とともにさらされ、街中の人間に唾を吐きかけられて、石をぶつけられる。


 俺は罪を犯そうとしている。晴れ晴れとした気分とは程遠い。俺一人ならいいが、仲間を、友だちを道連れにしようとしているわけだしな。なんとかするつもりではいるが、見通しは必ずしも明るいわけじゃない。


 そんな今の俺の心境に、不吉なその船は妙にしっくりきた。大袈裟に言えば、その船は俺が犯そうとしている罪の形をしているように思われたのだ。


「よし。あれに決めた」

 俺が言うと、ギンジーが勢いこんで力強すぎるうなずき方をした。

「……は、はい! ぼ、僕がまず、の、ののの、の、乗りこむので、キ、キキキキサラギさんたちは、そ、そ、そのあとで……」

「いいけどな。震えすぎじゃねーのか、おまえ」

「だ、だ、だだだ大丈夫です。こ、ここ、ここにいてください。ふ、ふ、船のことなら、ぼ、僕に任せて。こ、こ、これでもサハギン、で、でですから」

「むむ……」

 ハイネマリーが眉をひそめて、

「とても不安なのだ……」

「ヌゥ……」

 ドンも腕組みをして、いぶかしそうにギンジーを見ている。

 ミリリュがギンジーの手を握った。

「ギンジーさん」

「えっ、あっ、はいっ……!?」

 ギンジーは魚の目を白黒させてドギマギしまくっている。

 どうでもいいんだが、ミリリュが握りしめているギンジーの手がオッパイにあたってるっぽい。

「どうか落ちついてください、ギンジーさん。あなたにならできる……かどうかはわかりませんが」

「ズコーッ」

 ギンジーはずっこけた。

 けっこうレベルの高い滑り芸だ。滑りすぎて、そのまま海の果てまで滑っていっちまえと思わずにはいられない。

 ミリリュも顔を引きつらせつつ、それでもめげずに、

「できるかどうかよりも、やるかどうかが大切だと、わたくしは思うのです。まずはやること。一歩踏みだすこと。踏みださなければ、できるもできないもないのですから」

「……ふ、踏みだす」

 ギンジーは一つ息をついた。

「そ、そうです……よね。わかりました、ミリリュさん。僕、やってみます」

「はい」

「……あの、もう少しだけ、こうやって手を握っていてもらってもいいですか?」

「それは……」

 ミリリュは首を横に振った。

「いやです」

「ズコーッ」

 ギンジーはまたずっこけた。こんなクソ寒いリアクションはめったにない。そのうちツボに入って笑ってしまうやつが現れたら図に乗りそうだから、気をつけねーとな。


 ともかく、ギンジーは足音を忍ばせて不吉な船に近づいていった。


 まだまだおっかなびっくりといった足どりだが、腐ってもサハギンだ。桟橋から船に飛び移る仕種なんかは堂に入っていて、危なげがない。


 ところが、ギンジーは船に乗りこむなり、

「ギョォッ!?」

 と跳ねあがった。


 俺は即座に銃を構えた。ミリリュもミスリルの剣を抜こうとしている。ドンの得物は背中に交叉させて鞘をくくりつけてある二本の剣だ。ドンはその柄に両手をかけ、ハイネマリーもやや遅れて船のほうに銃口を向けた。


「安眠妨害しやがって」

 誰だ。

 ギンジーの声じゃない。


 その男はもしかして、船の上で寝ていたのか。


「誰かと思ったら、サハギンかよ」


 むっくり起きあがるなり、そいつはギンジーをかつぎあげた。目にもとまらぬ早業というわけじゃないが、流れるような動作だ。ギンジーは迂闊なやつだが、そうじゃなくてもあれは逃げられないかもしれない。


「ギョオォォ……ッ!?」

 とギンジーが悲鳴をあげた。


 男がギンジーを放り投げたのだ。


 ギンジーは海にドッポーンと落ちた。


「はっ……!?」

 駆けだそうとしたミリリュを、俺は、

「待て」

 と止めた。痩せても枯れても、あいつは魚人だ。


 実際、ギンジーはすぐに浮きあがって、

「な、な、なななななっ、何するんですか、いきなり……っ!?」


「てめえ、海サハギンじゃねえな。陸の変種のほうか。そっちこそ、ひとの船で何してやがった」

 男は頭を掻きながら、もっともなことを言い返した。

「そ、そっ、それは……っ」

 ギンジーは黙りこんだ。正直に白状するわけにもいかない。そう思ったんだろうが、俺の判断は違った。


 俺は銃を下ろして進みでた。

 男がこっちを向く。

 このへんにはランプがないから、顔まではよくわからない。けっこう上背がありそうで、酒焼けしたような声からすると、そう若くはなさそうだ。

「あんたの船か」

 と俺が訊くと、男は肩をすくめて、

「他人の船で寝たりしねえよ」

「だよな」

「徒党なんぞ組んで、何のつもりだ」

「あんたの船をいただく」

「何い……?」

「もし、あんたが俺たちを涙の島まで連れてってくれるなら、話は別だけどな」

「涙の島だと」

「そうだ」

「てめえ、ヴェーレの人間じゃねえな。あそこがどんな場所だか、知ってて言ってやがるのか」

「海サハギンのテリトリーなんだろ」

「それがわかってて、なんで行く」

「用がある。行かなきゃならねーんだ。急いでる」

「ハッ……」

 男は顎をあげて短く笑った。

「それでおれの船に狙いをつけたわけか。まあ、いくら金を積んだって、海サハギンの縄張りに入ろうとする馬鹿は、このヴェーレにはいねえだろうしな。船を沈められちゃあ、たとえ命があっても生きてはいけねえ」

 それから男は、くっくっくっ……と喉を鳴らした。

 まるで、自分自身を嘲笑うように。

「なんにしても、酔狂だな。船乗りはどいつだ」

「しいて言えば……」

 俺は顎をしゃくって、立ち泳ぎしているギンジーを示した。

「そいつか」

「クッ……」

 男は噴きだした。

「こいつはいい。船もまともに操れねえのに大罪を犯して、あの涙の島に行こうってのかよ。やることなすこと阿呆の極みじゃねえか。おもしれえ」


「……え?」

 ミリリュが俺と男を交互に見た。

 ハイネマリーもきょとんとしている。

 ドンは動じていないみたいだ。


「おら」

 男は船縁にしゃがんで、ギンジーに向かって手をのばした。

「つかまれ」

「……は、はい?」

 ギンジーは慌てふためいたようにあっちを見て、こっちを見た。俺がうなずいてやると、ギンジーはこわごわと男の手をつかんだ。

 男は軽々とギンジーを船の上に引っぱりあげた。それから、そのへんに置いてあったらしい瓶を手にとって口をつける。中身はおそらく酒だろう。男は酒瓶を呷って、手の甲で口の周りを雑にぬぐった。

「おれはジャンカルロ。てめえらをおれの船で涙の島まで連れてってやる。あの島には暗いうちしか近づけねえ。さっさと乗れ。今すぐ出発だ」

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