第66話 ドングードゥアとは
オークのドン・ブラグンが連れていってくれたのは海燕亭という名の野外食堂だった。
そこには百以上の卓が並んでいるのだが、椅子はない。卓は俺の腰よりも少し高くて、立ち食い立ち飲みするのがこの店のスタイルだ。料理や飲み物は、周りに屋台のような調理スペースがたくさん並んでいるので、そこで好きな物を好きなように買ってきて自由に飲み食いすればいい。
テムジンとイチカをどうしようか、ちょっと悩んだが、大丈夫だとドンは請けあった。海燕亭の客は多種多彩で、馬を預けておける馬小屋もある。イチカは寝台ごとドンが運んでくれた。端のほうの卓なら他の客の迷惑にもならないからと、選んだ卓のすぐ脇に寝台を置いて、イチカにも水くらいは飲ませることにした。
「悪いのか」
と、ドンは一杯目の蒸留酒を一気に飲み干してすぐ、俺に訊いた。イチカのことだろう。
「よくはねえ」
俺は正直に答えた。ドンはいいやつだ。いつだったか、デッドヘッド監視砦でやりあったオークとは違う……とは思わない。あいつらだって気のいいやつらだったかもしれないが、あのとき俺とやつらは敵同士だった。ドンだって、出会い方が違えば殺しあっていたかもしれない。巡りあわせってのはそういうものだ。
「医者を知らねーか」
「イシャ。ヌウ。ドングードゥア、のことか」
「ドングードゥアってのはわからねーが、病気とか傷とかを治せるようなやつのことだ」
「シンカン、いるぞ。人間だ。オマエと同じ」
「いや、神官はだめだ。じつは、あいつも神官でな。でも、治せねーんだ」
「ヌウ。やはり、ドングードゥアか……」
ドンは、ふぬう、と鼻から息を吐いて、顎をゴシゴシこすった。
モモヒナは海老の串焼きをカジカジしているが、あからさまにしょぼくれている。
ミリリュは見つけてきた甘い物を食いまくっている。が、めちゃくちゃな速度でパクパク食っているわりに、表情が暗い。
ハイネマリーはうつむいて、動物の乳で作ったらしい酒をチビチビ飲んでいる。
ギンジーだけは、あれも食べこれも食べしながらあちこち眺めて、オホッだのムヒッだのとやかましい。
「オレ、わからない」
ドンはすまなそうに眉間に皺を寄せて、
「でも、探す、テツダウ、できる。オレの友だち、何か知ってる、かもしれない」
「充分だ。助かる」
俺が笑って拳を突きだすと、ドンは自分の拳をコツッとふれさせた。手加減してくれたんだろう。
「シカシ……」
と、ドンは表情を曇らせた。
「問題、ある」
「何だ」
俺はそう尋ねたが、だいたい予想はついていた。
大当たりだった。
ドンは顔をしかめ、顎をしゃくってギンジーを示した。
「アレだ」
「えっ……!?」
ギンジーが跳びあがって、
「ぼ、僕が何かしました……?」
「オレ、オーク。だから、そうでもない」
とドンは言った。
「シカシ、とくに人間、違う。ヴェーレの人間、船乗り、サハギン、嫌い。とても、嫌い。サハギン、ヴェーレの敵、だ」
「ええええっ!?」
ギンジーは両手を振って、
「いやいや、でもそれって陸サハギンじゃなくて海サハギンなんじゃ!? だって、僕ら陸サハギンとは接点ないはずですし! そうだ、そうです、それ絶対、陸サハギンじゃないですよ、海サハギンです!」
「ヌウ……」
ドンは低く唸った。
「シカシ、おまえもサハギン、だ。サハギンはサハギン。ミワケ、つかない」
「いやいやいや!? そんなわけないですって! なんていうんだろうな、僕から見たら言うまでもなく一目瞭然なんですけど、ええとまず、色! 僕ら陸サハギンより海サハギンのほうが鮮やかなんです! 青とか緑とか黄色とか赤とか! 僕らはくすんだ青みたいな、僕がそれですけど、あと、茶色っぽいのとかが多いんですよね。それから、姿形もずいぶん違います! なんて言うんでしょう、海サハギンのほうがギザギザしてて攻撃的っていうか、僕ら陸サハギンは丸っこくてキュートでしょ!? ぜんぜん違いますよ! 一緒にしてほしくないなあ!」
「……ヌウ」
ドンの腕がぷるぷるしている。
「キサラギ、あいつ、殴ってイイか。ウルサイ……」
「ああ。死なない程度にしてやってくれ」
「ちょちょちょちょちょちょちょちょっと待ってくださいよちょっとぉっ! そんな、ドンさんみたいなマッチョなオークに殴られたら、僕、一発で魚の骨ですよ!」
「とにかく……」
俺はため息をついた。
「仲間にサハギンがいるもんだから、この街の人間の協力をえるのは難しいかもしれねーってことか」
ドンはうなずいて、
「よく、殺されず、まだ生きてるモノダ」
「ええええええええぇぇー。そんなに危険だったんですかぁぁー。僕は海サハギンじゃなくて陸サハギンなのにぃぃぃー。とんだとばっちりじゃないですかぁぁー。あいたっ!」
と、ギンジーが後頭部を押さえて振り向いた。
どうやら誰かが何かを投げつけて、それがギンジーの後ろ頭に命中したらしい。
誰か、というか、投げたやつは、まだそこにいる。人間だ。日焼けしていて、ムキムキで、顔中傷だらけで、目つきがやばい。イッている。なかなかの強面だ。海の男ってやつか。何人か似たような風体の男たちを引き連れている。
ギンジーは頭をさすりながら、
「な、何すっ……」
「うっせえ黙れ」
男はギンジーを指さした。
「だいたいてめえ、何、魚人のくせして人間様の言葉ペラペラペラくっちゃべってやがんだ。ぶっ殺されてえのか」
「……こ、殺されたいわけっ」
「黙れっつってんだ、魚人。口を開くな。なまぐせえんだよ」
「あっ、そういえば……」
ギンジーは口の前に両手をかざして、はーっ、はーっ、と息を吹きかけた。
「ん? んん……? どうなんだろう、臭いのかな……? 普通? とくにきつい臭いはしないと思うんですけど……自分ではわからない、種族特有の臭いとかがあったりするのかも……」
「てめっ……!」
男は額に青筋を立てて、腰の湾刀に手をかけた。
ギンジーは、
「ギョギョギョォッ……!」
とオタオタアタフタしまくるだけだ。卓に立てかけてある銛のことなんざ、完全に忘れているらしい。情けねーやつだな。いわれのねーことで絡まれてるっつーなら、少しは気概ってものを見せろ。
「死ねや魚人……!」
男が湾刀を抜いてギンジーに襲いかかる。
俺は舌打ちをして進みでた。どうしようというあてがあるわけじゃないが、放っておくわけにもいかない。まあ、なんとかなるだろと思いながら男とギンジーの間に割って入ろうとしたら、ミリリュに先を越された。
ミリリュはでかいオッパイを揺らして飛びだすと、ミスリルの剣で男の湾刀をスカーンと弾き飛ばした。
「だいぶお酒をお召しになっていらっしゃるとお見受けいたします」
ミリリュはにっこり微笑んで、男の鼻先に剣の切っ先を突きつける。
「ですが、お酔いになられているのだとしても、キサラギ様に手向かわれるのでしたら、わたくしが容赦いたしません。お命がご不要でしたら、どうぞご自由に」
「……おっ、こ、このっ……エル……フなのか? エルフにしちゃあ……」
男はごくっと生唾を飲みこんだ。ミリリュのオッパイに目が釘付けになっている。
ミリリュは恥ずかしそうで、悔しそうでもあるが、我慢しているといった様子だ。
「みりりゅんだけじゃないよーん」
モモヒナが杖の先を男たちに向けた。
「あたしもドカーンの魔法で、ボッカーンってやっちゃうよー。まっくろこげすけになっても知らないからっ」
「フフッ」
ハイネマリーは銃を構えて、男に狙いを定めている。
「いい射撃の的になりそうだな……?」
「……何なんだ、てめえら」
男は鼻白んであとずさった。
ギンジーが振り返って、
「み、皆さん……」
その魚の目が潤んでいる。サハギンも涙を流すんだな。べつに泣かないだろうと思っていたわけじゃないが、へえ、という感じだ。
俺はミリリュに剣を引かせて、前に出た。
「あんた、船乗りか」
そう訊くと、男は唇を舐めて、
「……だったら何だ」
「俺はこの街にきたばかりでな。事情はよくわからねーが、あんたらが海サハギンを嫌ってることは今さっき知った。でも、俺の連れは、サハギンはサハギンでも、陸サハギンだ。あんたらに物ぶつけられたり、ましてやぶっ殺されたりするいわれはねえ」
「陸サハギンも海サハギンも知ったことか! サハギンはサハギンだろうが!」
「じゃあ、あんたにとっては、人間ならどこで生まれようがどんなふうに育とうが、どいつもこいつも同じってことか。それはそれで一つの考え方だし、平等っちゃあ平等だな」
「人間とサハギンを一緒くたにするんじゃねえ!」
「それはあんたの考えだ。あいにく俺の考えは違う。人間だろうとサハギンだろうと、エルフだろうとドワーフだろうとオークだろうと、俺にとって友だちは友だちだ。友だちでも、おかしなことぬかしやがったらぶん殴るし、喧嘩の一つもするさ。でもな。ギンジーはやかましくてうぜーやつだが、妙なことは言ってねえ。ただ、身に覚えのねーことを身に覚えがねーって言ってるだけだ」
「……俺たちが、どれだけサハギンに手を焼いてると思ってやがる」
「さあな。どっちにしても、ギンジーとは無関係だ」
「そんな理屈、通用すると思ってんのか!」
「通用しなかったら、引っこめるのか? あんたの理屈はそんなに安いのかよ。俺は、たとえ世界中に否定されようが、俺の理屈を、俺の正しさを信じる。曲げたりしねえ」
「……くっ」
男は踵を返した。
「馬鹿馬鹿しい! 行くぞ、おめえら! 時間の無駄だ!」
こうして男たちは引きあげていったが、海燕亭の俺たちがいる卓付近には重い空気が沈むように漂っている。いや、重いどころの騒ぎじゃない。不穏といってもいい。
「……ぼ、僕……」
ギンジーも、さっきまでとは打って変わって悄然としている。
「……ご、ごめんなさい……僕のせいで、なんか……僕がいなければ、こんな問題は起こらないのに……そ、そうだ、僕がいなくなれば……え、ええと、僕、村に帰るので……」
「いいのか、それで」
俺は卓に置いてあったビールを一口飲んだ。
「おまえが帰りたいんだったら、帰ればいい。本当におまえがそうしたいならな」
「……そう、したいというか、そうしたほうがいいんじゃないかな、というか……」
「そうしたほうがいいかどうかなんて、知ったことかよ。大事な判断は他人にゆだねるんじゃねえ。自分に訊いてみろ。外に飛びだしたいって気持ちは、本物だったのかどうかってな。おまえの答えは、おまえ自身が出せ」
「僕の答えは……僕が……」
ギンジーはうなだれて、何やらぶつぶつ呟いている。
ドンが苦笑いらしきものを浮かべて拳を突きだしてきたので、俺はその拳に自分の拳を強めにぶつけた。
周りの雰囲気は依然として悪い。最悪だ。ここにいるかぎり、よくなることはたぶんないだろう。
俺は寝台で薄目を開けてあえいでいるイチカをちらっと見た。
「ドングードゥア、か……」
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