第42話 嵐来る
ゴットヘルドがぶっ放すよりも、たぶん早かった。
ノール穴からノールが飛びだしてきた。
いや、違う。飛びだしたなんて表現は生やさしい。
ノール穴からノールどもがあふれてきた。
ゴットヘルドの銃が放った弾丸は一匹のノールに命中した。そのノールはもんどり打って倒れた。
ノールは臆病だ。イチカよりひどいビビリだ。少なくとも、俺が今まで出くわしたノールはそうだった。
こいつはどういうわけなんだ?
仲間が撃ち殺されたのに、ノールどもは気にせずどんどんノール穴から出てくる。
もちろん、俺もゴットヘルドにちょっと遅れて引き金を引いた。銃弾を浴びて、一匹のノールが派手にぶっ倒れた。
でも、それだけだった。
「きたきたァ! きやがったァッ!」
隻眼のオズヴァンが嬉々として叫んだ。
「ノール嵐だ……ッ!」
「グワハハハハハハハハ……ッ!」
ハゲのジークベルンがハンマーをヅダンッと地面に叩きつけて、
「久しぶりじゃのおッ! 祭じゃァッ! 祭ッ! 祭の始まりじゃァ……ッ!」
「え? え? え……っ!?」
へたりこみそうなイチカの両サイドをモモヒナとミリリュが固めた。
俺はイチカたちのところまで後退しながら二発撃って、二匹のノールをしとめた。
「ゴットヘルド、何だ、こいつは!?」
「ノール嵐」
ゴットヘルドはその場にとどまって、手当たり次第にノールを射殺している。
「たまにこうやって、やつらが大挙して鉄血王国に侵入してくることがある。ノールは腑抜けだが、このときばかりは止まらん。親玉を殺さんかぎりは」
「ルオオオオオォォ……!」
悪人面のヴィーリッヒが、ゴットヘルドに迫ろうとしていたノールを大剣の一撃で斬り伏せた。
オズヴァンが、ジークベルンが、押しよせるノールどもを斬り倒し、叩き潰す。
あちこちが騒がしい。
もしかして、ここだけじゃないのか。ノール穴はいくつもあるらしい。ノールどもはそのぜんぶから鉄血王国に侵攻しているのかもしれない。
「デルム・ヘル・エン・バルク・ゼル・アルヴぅ……っ!」
モモヒナがノール穴のところに爆発の魔法をチュドーンッと炸裂させた。吹っ飛ぶノールども。俺も、ゴットヘルドも撃つ。矢継ぎ早に撃つ。
一瞬、ノールどもの勢いが弱まった。
……と思ったら、すぐに戻った。
ドワーフたちには退くつもりなんかないだろう。でも、じりじりと下がっている。ノールどもの圧力が半端じゃないので、下がらざるをえない。
「おい、ドワーフ! いったん後退だ! 態勢を立てなおさねーと……」
死ぬぞ、と言いかけて、俺は口をつぐんだ。
だめだ。死ぬなんて言葉は、ドワーフにとって何の戒めにもならない。かえって喜ばすだけだ。敵と戦って死ねるのなら本望。やつらは勇んで死のうとするだろう。
ああッ。
めんどくせえ。
「俺がおまえらにもっといい死に場所を用意してやる! 今はとりあえず退け!」
「ほほう……!?」
ジジイドーフのジークベルンがハゲ頭を振り向かせた。全身、ノールの返り血にまみれている。
「二言はないじゃろうな、小僧!」
「ねえ。早くしろ」
「よかろう! オズヴァンッ、ヴィーリッヒ、おまえらも退くんじゃ! 考えてみりゃあ、ここは死に場所としては地味じゃからのう! 祭がきたんじゃ、その気になりゃあもっと華々しく死ねるじゃろ!」
どうやらオズヴァン、ヴィーリッヒも納得してくれたようだ。
俺とゴットヘルドが発砲して、ときおりモモヒナが魔法をお見舞いしながら、俺たちはノール穴から離れた。
もう金鎚を振って鍛冶仕事に精を出しているドワーフは一人としていない。
クソヒゲ男ドワーフどもは誰も彼も自らこしらえた武器を手に駆けまわり、幼女みたいな女ドワーフたちも短剣を携えてあっちへ走ったりこっちへ行ったりしている。
「ノールだ!」
「嵐だぞいッ!」
「ノール嵐だッ!
「殺せ!」
「ノールを殺せ!」
「一匹残らず叩っ殺せ!」
「ノールを!」
「殺せ!」
「ノールを殺せ!」
叫び、わめいて、飛び交う声、怒号、雄叫び。
ドワーフたちは殺気立っている。
実際、ノールどもをぶち殺している。
ノールどもは鉄血王国に次々と入りこんできている。やっぱりあちこちのノール穴から一気になだれこんできているみたいだ。
ノールどもは素手だ。手ぶらでやってきて、ドワーフたちが軒先に立てかけたり棚に並べたりしてある武器を盗む。そうしてやつらは手近なドワーフに襲いかかる。
ドワーフも当然、応戦しているが、思い思い、好き勝手に戦っているだけだ。家族や友だち同士でさえ、協力したり庇いあったりしている様子はあまり見られない。むしろ、ドワーフたちは競いあっているかのようだ。こいつは俺の獲物だ、おまえは手を出すな、俺は何匹殺した、おまえより俺のほうが多く殺している、というわけだ。キル数を稼いで自慢でもするつもりなのだろう。
そんなことをやっているから、ノールと一対一でやりあえばまず負けることはないはずのドワーフが、二匹、三匹、それ以上のノールに群がられて、あっさり倒される。
五、六匹のノールに袋叩きに遭っている男ドワーフがいて、女房か娘か、女ドワーフがたまらず助けに入ろうとしたら、
「くるんじゃねえ! 俺の死に様を汚すつもりか、バカヤロウッ!」
と一喝。
女ドワーフは目を潤ませて、
「ナイス・漢ッ!」
と親指を立ててみせる。
そんな信じがたい光景も俺は目にした。
腸が煮えくり返る。煮えかえった臓物を味付けして食っちまいたい気分だ。救いがたい阿呆どもだ。
俺たちはいったんゴットヘルドとハイネマリーの家まで戻った。そうしたら案の定、ハイネマリーがノールどもを相手に熾烈な戦闘を繰りひろげていた。
「ゴットヘルド……!」
「ああ」
俺とゴットヘルドはハイネマリーを囲んでいるノールのうちの二匹を撃ち殺した。
「行け、ドワーフ!」
俺が声をかけるまでもなく、オズヴァン、ジークベルン、ヴィーリッヒがハイネマリーの助太刀に向かった。
「ぬ……ッ!? よせッ! これはこのハイネマリーの戦いなのだ……ッ!」
ハイネマリーはそんなたわけたことをぬかしたが、ドワーフたちはかまわずノールどもを蹴散らした。
「……で!? ど、どうするの……!?」
イチカが腰巻き代わりのパーカーを押さえながら言った。下がりそうなのか。
「ああ」
俺はうなずいて、
「親玉を探しだして、しとめる。なんでも、そうしねーとこのノール嵐は終わらねーらしいからな。ドワーフ! おまえらも手を貸せ! 雑魚には目をくれるんじゃねえ! 狙いは親玉だ! 死ぬなら親玉を道連れにしてやれ! 漢が咲かせる死に花ってやつは豪華じゃねーとな……!」
「ドワハハハハハハァ……ッ!」
隻眼のオズヴァンが髭を湿らすノールの血をしぼりながら、
「そいつはいい! そろそろ親衛隊の連中が出張ってきやがるだろうからな! やつらの前にこの俺がノールキングをぶっ殺してやったら、あの煤玉野郎ども、さぞかし悔しがるだろうぜ……!」
ノールの親玉はノールキングっつーのか。親衛隊? まあ、ここはドワーフの王国だからな。王がいれば、直属の部隊くらいあるだろう。そいつらはたぶん、クソドワーフどもと違って統率がとれていて、ノール嵐が起こるとノールキングを倒すべく動くのだ。煤玉野郎。親衛隊は黒ずくめだとか、そんなところか。
俺は弾薬筒が入ったケースを確認した。ちょっと心もとねーな。と思ったら、ゴットヘルドがケースを一つ、投げてよこした。ゴットヘルドはそうとうな数のケースを持っているし、そこの棚からさらに補充するつもりみたいだ。
「よし! ノールキングを見つけだしてぶっ殺すぞ! ハイネマリー、おまえもこい!」
「……おぬしの命令など聞かんッ!」
「ああ? 怖ぇーのかよ?」
「こ、怖いッ!? ハイネマリーが、何を恐れているというのだッ!」
「俺は敵の玉をとりにいくんだぜ。おまえ、ビビってんだろ」
「ビビってなど……ッ! 行ってやる! 行ってやろうではないかッ!」
「ですが、キサラギ様!」
ミリリュのオッパイがはみ出てるんだが、そのことを注意するかしないか、俺はちょっとだけ迷った。
まあ、いいか。
「どうやってノールキングを探すのですか……!?」
「決まってんだろ」
俺は右手の人差し指でこめかみを叩いてみせた。
「勘だ」
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