第41話 父娘
いた。
いるじゃねーか。
イチカ。
……ちくしょうめ。
いた。
両足首を縄か何かで縛られている。それから、両腕を背中に回させられて、両手首も。口にも太い縄みたいなものを噛まされている。
そんな恰好で、イチカは寝転がされていた。
「イチカ……ッ!」
俺は立ち止まった。
イチカが俺を見上げている。
「……んーっ、んーっ……!」
「おまえ……」
俺はまばたきをした。
「なんで、下、何も穿いてねーんだ……?」
「んーっ、んんーっ、んーっ、んんんーっ!」
おそらく、見るな、見ないで、見るな、見ないでってば、とか言ってるんだろうが、そんなこと言われてもな。
つーかまあ、くわしくは見てねーし?
なんかあれだわー、はいてないっぽいわー、はいてねーわー、うん、やっぱりはいてねーわー、くらい? だしな……?
「わかったわかった」
俺は目をそらしてやった。
「これでいいだろ。な?」
「……んーっ……」
「ほにゃあーっ。いっちょんちょん! すぽぽーんだようっ!?」
「モモヒナ」
俺はモモヒナにミリリュから借りているミスリルのナイフを渡した。
「これでイチカの縄、切ってやれ」
「ほいよー。いっちょんちょん、待っててね。ちょんっ、ちょんっ、ちょんっ、とっ! はぁーい、いっちょあがりーっ」
「……ふぅ……」
とイチカが息をついた。
「ほら」
俺はパーカーを脱いで放ってやった。
「これ、着てろ。いや……着ても、あれか。隠れねーか。おまえはタッパがあるしな。まあ、腰のとこにくるくるっと巻いとけば、少しはいいだろ」
「……うん。ありがと」
「ハッ。ずいぶん素直じゃねーか」
「見るなっ! 今、巻いてるんだから……っ」
「心配すんな。見はしたが、見えなかったからな」
「見たんじゃない!」
「だから、見えなかったっつってんだろ。何が問題なんだよ」
「見ようとしたことが問題なの! はい! 巻き終わったから、もう大丈夫!」
「ふん……」
俺は、今度は正々堂々とイチカの全身をばっちり見てた。
……まあ、そうするしかなかったんだろうけどな。
イチカは腰に巻いたパーカーを押さえて、
「な、何?」
「いや……」
俺はちょっとだけ目を伏せて咳払いをした。
イチカはパーカーの袖と袖を右腰のところで結んでいる。
前で結んだら股間が、後ろで結んだらケツが丸見えになるので、右か左か、どっちかのサイドで結ぶしかない。その選択自体は間違っていないし、他にどうしようもなかっただろうが、右腿が付け根までのぞいてしまっているし、動いたらもっと大変なことになりそうだ。
「しっかり結んどけよ、おまえ。ほどけたらじっくり見るぞ」
「そこは見ないでよっ!?」
「うっせえ。そんなもん見るに決まってんだろうが。さっきろくすっぽ見なかっただけでも感謝しろ」
「ろくすっぽってことは、ちょっとは見たってこと……?」
「あ? そりゃおまえ……」
「……見たんだ……」
イチカは下を向いて、唇を噛んでいる。
肩がぷるぷるぷるぷる震えている。
「いっちょんちょん、どしたー?」
モモヒナが腰を折ってイチカの顔をのぞきこんだ。
イチカは首を振って、
「……なんでもない」
俺はため息をついた。
「泣くことねーだろ……」
「泣いてないしっ」
「泣いてんじゃねーか」
「だって、見られたしっ。旦那さんになってくれる人以外には、絶対、見せないつもりだったのに……っ」
「どうせノールどもには見られたんだろ」
「思いださせないでよ! それはなかったことにしようとしてるんだからっ」
「だから、ほとんど見てねーっての」
「ちょっとは見たんでしょ!」
「毛までは見てねーよ」
「毛ってっ!」
イチカは両手で顔を覆った。
「わたしっ、薄いから、あんまり生えてないもん……っ! てことは、かなり見えたってことでしょ!」
「何を打ち明けてんだ、おまえ……」
「っ……!」
イチカはしゃがんで、自分の頭をぽこぽこ叩いた。
「死ぬ! 恥ずかしくて、死んじゃう……!」
「しゃがむと見えるぞ」
「み……っ!?」
イチカは慌てて立ちあがった。
大忙しだな。
俺は少しだけ笑って振り向いた。ゴットヘルドがゆったりと歩いてくる。
「おまえの女は無事だったようだな」
「ああ。まあな……って、こいつはべつに俺の女じゃねーよ」
「そ、そう! 違うからっ!」
俺につづいてイチカも全力で否定したのに、ゴットヘルドは完全に無視だ。
「女は大事にしろ。用がすんだのなら、長居は無用だ。引き返すぞ」
「わかった。行くぞ、イチカ、モモヒナ」
「……わたしはあんたの女じゃないからっ」
「はいよーんっ」
ゴットヘルド、イチカ、モモヒナと一緒に戻ると、ミリリュが孤軍奮闘、悪戦苦闘していた。
「み、皆さん……! 遠くへ行かないで……! 散らばってはいけません! そんなに分散してしまったら……!」
ミリリュはあっちへ行ったりこっちへ行ったりして懸命にドワーフたちを呼び戻そうとしているが、ハイネマリーもオズヴァンもジークベルンもヴィーリッヒも夢中でノールを追いまわしている。
「あれがドワーフだ」
ゴットヘルドの緑色の瞳は怒りよりも悲しみに沈んでいた。
「ああやって敵を深追いして、ドワーフは死ぬ」
「度しがたいな」
俺は銃を構えた。
ドワーフたちは腰にカンテラを吊しているから、こう暗くても狙いやすい。
「え、ちょっ……」
イチカが何か言っているが、気にせず俺は引き金を引いた。ズドーンッ。
「オイヤッ!?」
ハゲのジークベルンが飛びあがった。その足許で俺の放った銃弾がバツンッと跳ねたからだ。
ハゲドワーフは大慌てで振り返って、
「な、何をしやがるんじゃッ!? 殺す気かッ!?」
「ああ」
俺は次弾を装填して、ハゲドワーフのハゲ頭に照準を定めた。
「次は外さねえ。アホなことやってねーで俺の言うとおりにしねーんなら、撃ち殺す」
「な、なッ、なッ、な……ッ!」
「これは俺の戦争だからな。俺の命令どおりにしてもらう。できねーんなら、指揮官に従えねー兵隊は邪魔なだけだ。消えろ。言っとくが」
俺は隻眼のオズヴァン、それからハイネマリーに狙いをつけて、撃った。
「……ッ!」
ハイネマリーはすくみあがった。
俺としてはけっこう外したつもりだが、少なくともハイネマリーにとっては、顔のすぐ脇を銃弾が通りすぎていったように感じたはずだ。
俺も、もうちょっと外すつもりだったんだけどな。
「誰だろうと同じだ。二度は言わねーぞ。今すぐ撤退だ」
ドワーフたちはもちろん不本意だっただろうが、やつらも銃の威力をまざまざと見せつけられている。それに、ノールがもう近くにいないこともあって、渋々俺の言うとおりにした。
帰り道でも、俺とゴットヘルドはノールを見かけるたびに撃った。弾薬筒は豊富にある。尽きることはなかった。
ノール穴から出て鉄血王国に戻ると、さすがの俺も多少は気が抜けた。
「……なんという戦いだ……ッ!」
ハイネマリーは顔を真っ赤にしておかんむりだ。
「このような屈辱……ッ! 生まれて初めてなのだッ! 死んだほうがましだ……ッ!」
「おい」
いきなりゴットヘルドがハイネマリーに詰めよった。
そして、分厚い手でその頬を張り飛ばした。
なかなかいい音がした。
「ふざけるな」
「……ッ!? なッ、何をする……ッ!?」
「ぶん殴ったんだ。悪いか」
「わッ、悪いに決まっているッ! 何の権利があって、そんな……ッ!」
「おれはおまえの親父だ」
「ハイネマリーは認めていないッ! おぬしが父親などとは……ッ!」
「それでも、おれはおまえの親父だ。死んだほうがましだとか、軽々しくぬかすな」
「おぬしに何がわかる……ッ!」
「じゃあ、おまえには何がわかるんだ」
「……何が……って……ッ」
「おまえにおれの気持ちがわかるのか。女房に死なれ、二人の息子に死なれた。おれの親父も、お袋も戦って死んだ。兄弟も死んだ。何人もの従弟がくたばった。友だちも。おれにおまえの気持ちがわかるのか」
ゴットヘルドの声音は静かだ。落ちついているように聞こえる。
だが、その魂が伝わってくる。
魂に刻まれた痛みが、ひしひしと。
「おまえが立派に戦って死んでも、おれは嬉しくなんかない。おれの気持ちがわかるか、ハイネマリー」
ハイネマリーは顔をそむけた。
「……わからない。父さんの気持ちなんて、わかりたくない。ハイネマリーは、ドワーフだもの」
「そうか」
ゴットヘルドは目をつぶってため息をついた。
「だったら、しかたないな」
「父さんなんて、嫌いだ……!」
ハイネマリーが駆けてゆく。
俺は肩をすくめた。
「とんだじゃじゃ馬娘だな」
「あれの母親もああだった」
ゴットヘルドはかすかに髭を揺らした。笑ったのかもしれない。
「おれが選んだ女だ。その娘だ」
俺はゴットヘルドの肩を叩いた。
「だったら、しかたねーな」
目を見あわせると、ゴットヘルドは今度こそ笑った。
「……ムッ」
と、寡黙なヴィーリッヒが悪人面をいっそうゆがめた。そんな表情をすると、もう紛うことなき極悪人面だ。
「ゴットヘルド」
名を呼ばれて、ゴットヘルドはノール穴に銃口を向けた。
「ああ」
「……ほぇ?」
モモヒナもノール穴を見て、すぐに身構えた。
俺はノール穴に向きなおった。
悪寒がした。
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