第40話 関所破り
俺が肩にくくりつけている光筒や、ドワーフたちが腰につけているカンテラの明かりが、蛍みたいに揺れる。
ノールらしき影を発見したら、撃つ。
発見し次第、撃つ。
当たろうが当たるまいが、撃つ。
撃つ。
撃つ!
ノールのトンネルはドワーフのそれほど広くない。支道なら人間の俺らは頭がつっかえるし、本道でもなんとか立って歩けるかという程度の高さだ。幅だって俺が両腕を広げたくらいしかない。
銃声はものすっげー響く。
響きすぎるほど響く。
耳が破れそうなほど響く。
頭が割れそうなほど響きまくる。
「ひゃー。ぐわんぐわんするようー」
モモヒナはほとんどラリっている。
「……ど、どきどきします……何でしょうか、この気持ちは……」
ミリリュはなぜか息が荒い。ハァハァしている。まあ、気持ちっつーか、けたたましい銃声が心臓にまで響いてるだけなんじゃねーのという気もするけどな。
俺と一緒になって撃っているゴットヘルドは平気そうだが、他のドワーフたちは肝を潰したり怒りくるったりで忙しそうだ。
「こッ、こんなのは……ッ!」
ハイネマリーが詰めよってきて、俺の胸倉をつかんだ。
「こんなのは、戦いではないッ、断じて……ッ! ただひたすら銃をぶっ放しているだけではないかッ!」
「どけ」
俺はハイネマリーを押しのけて、ドゥゥンッと銃をぶっ放した。
そうしたらハイネマリーが、
「きゃっ」
と存外かわいらしい悲鳴をあげて頭を抱えたのでおかしかったが、俺は笑ったりしない。これは遊びじゃない。俺にとっては戦争だ。当然、真剣勝負だ。
俺はレバーを下げて薬室に弾薬筒を込めながら、
「おまえらの戦いを、俺はべつに否定しねえ。でもな。それ以外の戦いもあるってことだ。俺の戦いは、これだ」
レバーを上げて、狙いを定め、引き金を引く。
ズドゥゥゥゥゥン……!
ゴットヘルドも撃った。
ドォゥゥゥゥゥゥン……!
もはやノールのトンネルは硝煙が立ちこめて見通しがきかないほどだ。
「肩は痛まんか」
ゴットヘルドにそう訊かれて、俺は撃つときに銃床を押しあてる右肩を動かしてみた。
「どうってことねーよ」
「そうか」
「ああ」
「おまえに教えることはなさそうだ」
「とくに訊きたいこともねーな」
俺はまた撃った。
撃っては進み、進んでは撃ち、撃っては進む。
「ひでえもんだ!」
と隻眼のドワーフ、ノール殺しが趣味のオズヴァンがわめいた。
「どこにノールがいるかもわかりゃしねえ! ふざけてやがる!」
「まったくじゃ!」
ハゲのドワーフジジイ、ジークベルンは今にも俺にハンマーで殴りかかってきそうだ。
凶悪そうなドワーフ、ヴィーリッヒだけは黙りこくっている。
「うははは!」
俺は笑いながら撃った。
撃ってすぐ薬室に弾薬筒を込める作業が癖になってきた。もう意識しないでできる。
ノールの新しい倉庫とやらまでたどりつくのに、かかった時間は二時間くらいだろうか。途中に「関所」とドワーフが呼んでいるノールの防衛拠点が三つあったが、俺とゴットヘルドがぶっ放しまくるとノールどもは尻尾を巻いて逃げていった。関所は数十匹のノールに守られていて、ハイネマリーはここで数名の被害を見こんでいたらしい。でも、俺たちは死傷者を出すどころか全員無傷だ。
「……こんな、馬鹿な……ッ!」
門付きの木柵で閉ざされた倉庫とやらを前にして、ハイネマリーは悔しそうに地面を何度も蹴った。
「これは冒涜なのだッ! ドワーフの戦いに対するッ! 我々の雄々しき歴史を踏みにじり、汚す行為だ……ッ!」
「おう。もっと汚してやる」
俺は振り返って、ミリリュ、モモヒナの顔を見た。
「一気に陥とすぞ。モモヒナはとにかく魔法で爆発させろ」
「ずこーんばこーんだねっ」
「……なんか違うような気もするが、まあそんな感じだ。ミリリュは不用意に前に出るなよ。イチカを見つけたら確保。わかったか」
「はい……っ! かしこまりました、キサラギ様!」
「よし」
「わッ、我々は……ッ!?」
と、ハイネマリーが言いかけて、激しく頭を振った。
「いやッ、我々は我々の戦いを完遂するまでだッ! オズヴァンどのッ、ジークベルンどのッ、ヴィーリッヒどのッ! いざ、突げ……」
ハイネマリーたちドワーフが突撃を開始する前に、俺とゴットヘルドは木柵めがけて銃を撃った。
レバーを下げて薬室の扉を開け、ぶらさげてあるケースから弾薬筒をとりだして薬室に入れる。レバーを上げて薬室の扉を閉め、引き金を引いて射撃する。これを一動作として、四秒もかからない。一分間に十五発撃てるということだ。俺とゴットヘルドが時間差をつければ、ほとんど間断なく撃ちまくれる。
ドワーフたちがびびっている間に、俺とゴットヘルドは木柵を穴だらけにしてやった。
ノールどもが出てくる様子はない。
俺は木柵に歩みよって、閉まっている門に足をかけた。
押したら、開いた。
中に入ると、トンネルと違って天井が高い。四メートルまではなさそうだが、三メートルくらいはあるんじゃないのか。金属だの木だので作られた棚があって、いろいろな代物が積みあげられている。物だけじゃない。
いる。
いる。
いやがる。
あっちにもこっちにもノールが。
ノール。
肌が灰色だが、人間の子供みたいだ。毛髪は黒か、褐色。黄色い目がやたらとでかい。黒か暗色の衣を身につけて、短剣やら斧やらで武装している。
数は多そうだが、銃を恐れているのか、どいつもこいつも物陰からちらっと出ては引っこむ、その繰りかえしだ。
「ポルテポルプルポルプルポル!」
「プルピルポルプルペルポルポ!」
「ピュルプルピュルポルプルペルプ!」
みたいなふうに聞こえる、あれがやつらの言葉なのか。珍妙な響きだ。
「つかまってる人間の女を撃つなよ、ゴットヘルド」
俺は言いながら、ノールどもが集っている一角に銃弾を放った。
逃げる。逃げる。一目散にノールどもが逃げてゆく。
「承知」
ゴットヘルドも別方向に銃撃を浴びせた。
「デルム・ヘル・エン・バルク・ゼル・アルヴぅ……っ!」
モモヒナが魔法を発動させて、さらに別の場所でちゅどーんと爆発を引き起こした。
そうやってノールどもを下がらせて、俺たちは進む。
ずんずん倉庫の中に入りこんでゆく。
「イチカさん……!」
とミリリュが声を張りあげた。
ミリリュはきょろきょろしているが、俺は銃口を下げて足を止めた。
手をあげて、引き金を引こうとしたゴットヘルドを制する。
今、聞こえた。
目をつぶる。
聞こえる。たしかに。
間違いない。
「こっちだ……!」
俺は駆けだした。正面左手の棚。あそこを左だ。
曲がったら、ノールがいた。
「失せろ!」
俺はそのノールを蹴っ飛ばして突っ走る。
明かりは俺の腕にくくりつけてある光筒だけだ。暗い。暗くって見えやしねえ。
でも、聞こえるんだ。
声が。
あいつの声が。
声とも言えないような、呻き声が。
この向こうだ。
ところが、そこにノールどもがいやがった。一匹や二匹じゃない。十匹以上。俺は銃をぶっ放そうとして、思いとどまる。まずい。
あいつはこの先にいる。流れ弾が当たったら事だ。
「くそ……!」
「わたくしにお任せを……!」
ミリリュが俺を追い抜いて、ノールどもに突っこんでゆく。銃で撃たれたときと違って、やつらは逃げない。迎え撃つ。ミリリュは高速剣の先制攻撃で一匹斬り捨てたが、連中は束になってかかってくる。七剣の継嗣ミリリュでも、これは……!
「やっと戦える……ッ!」
ハイネマリーか。
それから、オズヴァン、ジークベルン、ヴィーリッヒ。ドワーフたち。
オズヴァンが突貫して戦斧をぶん回し、ジークベルンがハンマーでノールを叩き潰して、ヴィーリッヒが大剣の一閃で薙ぎ払う。ハイネマリーは両手の短剣を縦横無尽に振りまわしてノールを斬り刻んだ。
崩れた。呆気ないほど、たやすく。ノールどもが。
「きさらぎっちょん……!」
モモヒナが追いついてきた。
「ああ!」
俺はうなずいて、逃げ散ろうとしているノールどもの間を突っ切った。
「イチカァ……ッ!」
活動報告ではお知らせしたのですが、先日身内に不幸がありまして数日間、更新を停止しておりました。
なんとか平常運転を取り戻すべくがんばろうと思いますので、今後ともよろしくお願いします。