第39話 戦術
イッチバーン。
オズヴァン。年齢、八十八。ちなみにドワーフの平均寿命は百五十くらいらしい。愛用の武器は戦斧。趣味はノール殺し。特技もノール殺し。チャームポイントはノールに抉られて潰れた左目。とりあえずノール殺せりゃ何でもオッケーどぇーす。
ニバーン。
ジークベルン。花の九十二歳。愛用の武器はハンマー。ハイネマリー・ファンクラブ会員ナンバー1。いやそんなもんはねーんだが、とにかくハイネマリーがかわいくてたまらないらしい近所のジーサン。白い髭はフサフサだが、頭は見事に禿げあがってやがる。
サンバーン。
ヴィーリッヒ。凶悪そうな面構えの四十八歳。愛用の武器は大剣。どうやらゴットヘルドの友だちらしい。無口でニヒルなドワーフ君(はぁと)。
以上。
「なーんだ」
俺は鼻先で笑った。
「三人も集まったじゃねーか」
「三人しかッ! 集まらなかったのだ……ッ!」
ハイネマリーはプンスカしている。頭の上から湯気くらい出そうな勢いだ。
「たった三人ではッ! とてもとてもノールの倉庫にはたどりつけんぞッ! どうするつもりなのだ……ッ!」
「おまえは案内してくれりゃあいい。あとのことは俺が考えるし、どうにかする」
「どうにもなるものかッ」
「やめたっていいんだぜ?」
「そうはいかんッ! ハイネマリーはドワーフだッ! 誓いを立てた戦いからは決して逃げん、逃げるわけにはいかんのだッ!」
「まァ、いいじゃねえか」
隻眼のオズヴァンが、ぐえっひぁひぁ、と笑った。
「勝つか負けるかなんざァ重要じゃねェ。問題は戦う理由があるってことだ。その戦いで何匹ノールをぶっ殺せるか、だ」
「ワシがッ!」
ハゲのジークベルンがハイネマリーの肩を叩いて、
「嬢ちゃんのことは、このワシがッ! 守るッ! 命に替えてもなッ! 嬢ちゃんは何の心配もいらんッ!」
「……ジークベルンどのッ。ナイス・漢ッ」
「ナイス・漢じゃッ!」
「………………」
悪人面のヴィーリッヒは無言だ。黙ってハイネマリーを見つめている。ひょっとして、ロリコンなのか? いや、違うな。
「おれも行こう」
金鎚を振るっていたゴットヘルドが棚から銃をとった。
「キサラギ。おまえに銃の扱い方を教えねばならんしな」
「いいんだぜ。無理しなくても」
俺が軽い口調でそう言っても、ゴットヘルドはわずかに肩をすくめてみせただけだった。まあ、この男はやるといったらやるだろう。止めても無駄だ。
「……くるなッ」
たとえ、娘でも。
ハイネマリーは火が噴きだしそうな瞳でゴットヘルドをねめつけた。
「おぬしにはきてほしくないッ。戦いが汚れる……ッ」
「おれがいると思わなければいい」
ゴットヘルドは目を伏せた。
「おれも、おまえがいるとは思わん」
「詭弁だ……ッ!」
「なんにせよ、おれは行く」
「くう……ッ」
ハイネマリーは地面を殴りつけた。
「こんなッ! 最後がこんな戦いになろうとはッ! なんたるッ! なんたる屈辱ッ!」
「何だ、おまえ」
俺は心底呆れた。
「負けるつもりなのかよ。さんざんえらそうなことぬかしといて、口先だけか」
「……なッ!」
ハイネマリーは絶句した。
俺はため息をついて、
「言っとくけどな。俺は勝つつもりだぞ。ついでに、誰も死なせる気はねえ。やるからには完勝を目指す。目指すっつーか、完勝する」
「こちらはエルフや魔法使いを入れても八人しかおらんのだぞッ!? 相手はおそらく百匹を超えるだろうッ! 完勝するだと……ッ!?」
「ったりめーだ」
「話にならんッ。キサラギどのッ! いや、キサラギッ! おぬしは戦いをちっとも知らんのだッ!」
「そんなことはありません……!」
ミリリュが胸を、というかでかいオッパイを張って進みでた。
「キサラギ様ほど戦いをご存じの方はおりません! キサラギ様は卓越した戦術家であり、傑出した戦略家でもあります……! 命がけの戦いをくぐり抜けてきてもおられます! 戦いを知らないのはあなたのほうなのではありませんか……!?」
「そうだーっ!」
モモヒナが拳を振りあげた。
「きさらぎっちょんは、けっこうすごいんだよーっ! モキモキしてるんだからっ。シュパッといって、ジュポッてなって、ファッってなるんだからねっ」
うん。
さっぱり意味がわかんねーけどな。
「とにかく、やることは決まったんだ。ぐだぐだ言ってねーで、出発しようぜ。おっかなくて心の準備が必要だっつーなら、待ってやってもいいけどな」
「必要ないッ! 常在戦場ッ! 覚悟はできておるッ!」
「上等だ。案内しろ」
つーわけで、俺たちはノールの倉庫へと向かうことになったわけだが、ここらでノールについて説明しておいたほうがいいだろうな。
俺はドワーフじゃねーから聞きかじりだが、誤解する余地があるような込み入った話じゃない。
ようするに、ドワーフがここ黒金連山に王国を築いて、その生産物をかすめとるためにどこからか移住してきたのがノールどもだったってだけのことだ。
ところで、オルタナの南にそびえる天竜山脈に、ノームっつーちんちくりんの種族が住んでいる。こいつらは天性の坑夫で、手先が器用で細工物が大得意、絡繰りと呼ばれる機械まで作ったりするが、排他的というかヒッキー気質で、他の種族と交流したがらない。天竜山脈をぶち抜く地竜大動脈道という長い長いトンネルを人間のために掘ったらしいが、そのためにアラバキア王国はとんでもない対価をノームに払ったんだとか。くわしいことは知られていないようだが、とにかくノームはほとんど幻の種族に近い。
ノールはそのノームの近縁種族と見なされている。見た目はわりと似ているらしい。
ただし、その性質はノームと似ても似つかない。独創性にあふれた職人気質のノームと違って、ノールは何でも盗む。自分の手で生みだすより、盗んでそれを活用するのがノール流らしい。
ノールどもはドワーフたちからありとあらゆるものを盗んできた。武器も防具も、その他の道具も、食い物も、果てはドワーフの赤子まで盗んだ。
なんでも、ノールの中で育ったドワーフがノールとしてドワーフから物を盗み、ドワーフに殺された、なんておぞましい出来事もあったんだとか。
鉄血王国は黒金連山の中に張りめぐらされたトンネルがその領土だが、ノールもトンネルを掘りまくっている。ドワーフのトンネルみたいに立派なものじゃない、ただ行き来できるだけのみすぼらしいトンネルだが、おそらくその全長は鉄血王国のそれを遥かに上回る。
しかも連中は、黒金連山の麓から、涙の河流域までその版図を広げようとしている。
今はノールの標的はドワーフとその生産物や食糧にとどまらない。この地を訪れた他の種族の者たちも、ノールに狙われている。
イチカみたいに。
……で、鉄血王国のあちこちに、ノールのトンネルとの接点があるわけだ。
接点というか、ノールがドワーフから盗むためにあけた穴なんだが。
もちろん、ドワーフはそんな穴を見つけると即、ふさごうとする。
ふさいでも、すぐにノールは別の穴をあけるのでいたちごっこだが、ふさがないわけにもいかない。基本的には。
たまに、あいたままにしておく。
その穴から、ノールのトンネルに攻め入るためだ。
ノールのトンネルにも太い本道と、間道、支道的な細いものがあって、本道と直結している穴は、監視して残しておく。間道みたいなトンネルなら、ノールもドワーフを侵入させないために崩してしまえるが、本道となるとそうもいかない。ドワーフもちゃんとノールを研究してるってことだ。
そんな穴をドワーフたちは、ノール穴、と呼んでいる。
そのうちの一つの前に、俺たちは立っていた。
「まあ、単なる穴だな」
俺は、ふん、と鼻を鳴らして中に入りこんだ。
「……ちょッ! ちょっと待つのだッ!」
ハイネマリーが追いかけてきた。
「あ? 何だ」
「何もかにもあるかッ! そんな不用意に……ッ! だいたい、おぬしは倉庫までの道を知らんだろうがッ!」
「知らねーけどよ。そんなの、後ろからおまえがあっちとかこっちとか教えてくれりゃーいいだろ」
「なッ、なんと適当な……ッ!?」
「きさらぎっちょんはねー。いっつもそんな感じだよー」
モモヒナが言うと、ハイネマリーが頭をぶんぶん振って、
「それでどこがッ、どこが戦術家なのだッ!」
「うっせーな……」
俺はおもむろに銃を構えた。
撃ち方だけはゴットヘルドから聞いてわかっている。
俺は引き金に指をかけた。
トンネルの向こうに何かいる。
壁にへばりついて、こっちをうかがっている。
ノールだ。
俺は引き金を引いた。
痺れるような、反動。銃口から銃弾と硝煙が噴きだして、ズッドォォォォォォン……と、なかなかすさまじい音がした。
ぎゃっ、という声が聞こえたが、外れたか。ノールは逃げてゆく。
「今回は、こいつが俺の戦術だ」
俺は硝煙に目を細めながら、ぺろっと唇を舐めた。
「始めようぜ。戦争だ」




