第38話 悲しき鎚音
ハイネマリーは有志とやらを募るために勇んで出かけていった。
残された俺たちは沈んでいた。
この俺ですら何か物を言う気にもなれない。
認めるしかないだろう。正直、考えが甘かった。ハイネマリーのノリが軽い……いや、軽くもねーか、暑苦しいし、とにかく、ぜんぜん大丈夫いけるいけるみたいな雰囲気を醸しだしていたから、余裕でなんとかなるんだろ、くらいの気持ちでいた。
まさか、戦力半減必至の決死作戦に挑まないといけないとは。
しかも、ドワーフってやつらはどうも、「戦いに生き戦いに死ぬ」=正義、みたいに考えているようだ。たぶん、戦って死ぬことはさほど、いや、まったく恐れていない。おそらく、こんな戦いにも喜んで手をあげる命知らずがごろごろしているのだろう。
きっと、やつらにとって大事なのは、よく戦い、華々しく散ることだ。
結果的に勝利できなくても、漢らしく戦って死ねれば上等。
ハイネマリーは十五人いれば半分死んで勝てると言っていたが、本当にそうか。どっちかというと、十五人もいれば納得いくような戦いができるってことなんじゃねーのか。
必ず勝てる、という確信があるとは、ちょっと思えない。途中で戦いを投げたりはしなさそうだが、勝つためなら何でもする、みたいな執念はおそらくないだろう。
だいたい、半分死ぬことが前提の作戦なんて、それ、作戦とは呼べなくねーか?
理想は損害ゼロの確実な勝利だ。
それが無理でも、被害はなるべく抑える。
そのために、知恵を絞る。利用できるものは何だって利用する。
それが戦いってものじゃねーのか?
「……漢、か」
俺は床を蹴って椅子から立ちあがった。
「違うな。俺は漢なんかじゃねえ」
ずっとうつむいてしょんもりしていたモモヒナが顔を上げて、
「……きさらぎっちょん?」
「ちょっと出てくる」
「どこへ……?」
ミリリュに訊かれたが、俺は答えなかった。家を出ると、ハイネマリーの親父とおぼしきドワーフが相変わらず金鎚を振っていた。俺は迂闊にも、そのときになってから初めて気づいた。
他のドワーフは斧だの剣だの、あとは鎧のパーツだのを作って、それを工房的な家の前にずらずらっと誇らしげに飾っていた。
ハイネマリーの親父……じゃないかもしれないが、親父ってことにしておく、ハイネマリーの親父は、違う。
何だ、こいつは。
俺は棚に並んでいる物体をじっくり眺めた。金属製の、細長い筒。手で握れるような部品がついている。そこは金属じゃない。木製だ。引き金。これって……、
「銃か」
俺が呟くと、ハイネマリーの親父がぴくっと肩を震わせて手を止めた。
「わかるのか、人間」
と、ハイネマリーの親父はこっちを見ずに言った。
なんつーか、すごみのある声だ。
俺はうなずいて、
「ああ。なんとなくな。飛び道具だろ」
「そうだ。だが、なぜ知っている。こいつはおれが考案した武器だ」
「あ? そうなのか? うーん。なんでだろうな……」
俺は頭をひねった。考えてみたが、よくわからない。
「でも、すげーな。自分で考えて作ったなんて」
「どうだかな」
ハイネマリーの親父は金鎚を床に置いて、顔の汗をぬぐった。
「おれはゴットヘルド。ハイネマリーの父親だ」
「やっぱりそうか。俺はキサラギ。旅をしてる」
「物好きだな」
「誰にどう思われても気にしねーよ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」
「そいつはいい」
ゴットヘルドは、ニヤ、と笑った。
「おれも同じだ。そうじゃなけりゃあ、銃なんぞ作らねえ」
「それって、どういうことだ?」
「人間にはわからねえか」
ゴットヘルドは立ちあがって、棚から銃を一挺とった。
「おれたちドワーフはトンネルを掘るときに火薬を使う。もうずいぶん昔からだ。だが、穴掘り以外に火薬を用いることはしねえ。ましてや、戦いに利用するなんざ、あっちゃならねえ。戦いは……」
ゴットヘルドは銃を構えて、
「戦いは、白兵だ。肉弾だ。おれたちは弓なんぞ使うエルフを臆病者だと嗤う。魔法なんぞ使う人間を腰抜けだと嘲る。おれたちは男なら斧かハンマーか大剣、非力な女は二本の短剣を敵にぶちこんで殺す。それがおれたちの誇りだ。おれたちの流儀だ。飛び道具なんぞ、おれたちは使わん」
「だが、あんたは作ってる。その銃を」
「そうだ」
「なんでだ?」
「くだらんと思うからさ」
ゴットヘルドは銃を下ろして、鼻から風のような息を吐いた。
「誇りとやらにこだわって、死ななくていい者が無駄に死ぬ。まるで死ぬことが正義だとでも言わんばかりにな。くだらねえ。戦いってのは手段だろう。勝つために戦うんだ。死ぬためじゃねえ。これがおれの信念だ。だからおれは銃を作る。敵に近づかねえ、敵に近づかせもしねえで、銃で敵を殺す。誰が何と言おうと、おれはそのための方法を追求してやる。くたばるまでな」
そのくだらない戦いであんたは誰を失ったんだ、と尋ねようとして、俺はやめた。野暮ってものだ。
訊かなくたって、わかる。
ゴットヘルドのドワーフにしては大きな身体には、その娘と同じ色の瞳には、悲しみが満ちている。その悲しみはゴットヘルドを何度も引き裂いただろう。ゴットヘルドを狂わせただろう。
その果てに、ゴットヘルドはたどりついたのだ。
死ぬための戦いなんてくだらない、という信念に。
でも、楽じゃねーだろうな。
漢祭常時開催中のドワーフ社会で、ゴットヘルドは間違いなく異端だろう。
ハイネマリーが俺たちにゴットヘルドを紹介するどころか、声もかけなかった、目もくれなかったのも、きっとそのせいだ。
娘は父親の信念を受け容れていない。認められないと思っている。
父と娘は引き裂かれている。
漢、か。
「……くそくらえだ」
俺はひっそりと呟いて、棚の銃を手にとった。
「ゴットヘルド」
「何だ、人間」
「俺の名前は教えたはずだぜ」
「ああ。聞いた。何だ、キサラギ」
「こいつを俺に貸してくれ」
「何だと……?」
「理由があって、俺は戦わなきゃならねえ。でも、あいにく俺にふさわしい武器を持ってなくてな。こいつは俺にぴったりだ」
ゴットヘルドは据わった目でじっと俺を見つめた。
俺は撥ね返すくらいのつもりでその視線を受け止めてやった。
この男はきっと、大事な誰かを亡くしたときも泣いたりしなかっただろう。
涙なんか流さずに、ひたすら金鎚を振るって鉄を鍛えていたはずだ。
そうすることしかできない、不器用な男だ。娘に理解してもらえなくても、この男は自分を貫くことしかできない。
「銃を使うのなら、ドワーフはおまえを認めんぞ」
「あんたは誰かに認められたくて生きてんのか? 俺は違う。俺を認めるのは、べつに俺だけでいい。俺自身が認められねーような俺なら、何の価値もねえ」
「銃は貸さん」
ゴットヘルドは顎をしゃくってみせた。
「くれてやる。だが、それはやめておけ。改良に改良を重ねた最新型の銃がある。元込め式といってな。銃身の後ろから弾薬筒を装填できる。その先込め式の銃よりもだいぶ扱いやすいはずだ」
「キサラギどの……ッ!」
と、後ろから紙を引き裂いたときのような声が響いた。
振り向くと、ハイネマリーが十人くらいのドワーフを連れて立っていた。
……もう集まったのかよ。
早ぇーな。ドワーフ。死にたがりどもめ。
「何をしている、キサラギどのッ! その男が作ったものなど持って、いったい何のつもりなのだ!」
ハイネマリーの後ろにいるドワーフたちがざわめいている。眉をひそめたり、鼻柱に皺を刻んで怒りをあらわにしているドワーフもいる。
「何って言われてもな」
俺は銃口をドワーフたちのほうに向けた。そうするとあとずさったドワーフもいるので、銃のことは一応、知られてはいるようだ。俺は銃を下ろした。
「ハイネマリー。おまえの親父に貸してくれって頼んだら、くれるっつーからもらっとくことにした。それだけだ」
「キサラギどのッ! おぬしはその銃で戦うというのかッ!?」
「そんなものは戦いじゃねーってか」
「そのとおりだッ! 戦いとは……ッ」
「俺は仲間を救いだす」
イチカはノールの倉庫にいる。その姿をもう一度、想像してみた。
あいつのことだから、泣いてんだろうな。
怯えて、震えているだろう。
「そのための戦いだ。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもねえ。誇りもへったくれもあるか。仲間を救いだせなきゃ、俺にとっちゃあ何の意味もねーんだよ」
「……それは、真の戦いではないッ」
「勝手に言ってろ。武器は手に入ったしな。ノールの倉庫の場所くらいは、おまえの親父でも知ってんだろ。教えてもらって、俺はそこに行く」
「だが……ッ! すでにハイネマリーは、戦うと誓ったのだ。ドワーフとして、戦いの誓いを破ることはできんッ」
「ややこしいんだな。まあ、好きにしろよ」
「……しかしッ」
ハイネマリーはちらっと後ろを見た。
十人ほどいたはずのドワーフが、一、二……四人しかいない。
もう半分も残ってねーし。
「おぬしが銃などを使うというのなら、手勢は集まらん。これでは、とうてい倉庫にはたどりつけんだろう。この戦い……勝てんぞ」
PV! PV! PV!!




