第37話 五割
大鉄拳門は一言でいうと豪壮だった。
ようするに石造りの巨大なトンネルの入口なのだが、鉄やら真鍮やらでガツッと補強されたりバビッと飾られたりしているその威容に目を奪われない者は不感症のアホだ。
俺は大鉄拳門を見て、ハイネマリーの言う「オトコ」の意味がちょっとわかったような気がした。
たしかにこいつはオトコ、漢と書くほうのオトコだ。
漢の浪漫だ。
大鉄拳門をくぐってトンネルに入ると、漢らしく篝火がズラズラっとガンガン焚かれていて、漢らしく削られた天井や壁、床を照らしていた。
その漢っぽいトンネルを少し行くと、金属で金属をカンカン叩いているとおぼしき漢の音が聞こえてきて、漢心がくすぐられないと言ったら嘘になるだろう。
漢祭の予感がした。
予感は当たった。
天井が高くてかなり幅があるトンネル通りの左右に横穴みたいな住居スペースが並び、広がっている鉄血王国の市街に足を踏み入れると、髭もじゃで背が低くて、でも筋骨隆々のドワーフたちが、あっちでもこっちでも金鎚を振るっていた。
そこかしこに炉がある。
金床は一家に一台以上常備されているみたいだ。
金鎚でカンカンやる音に混じって、ドワーフたちの怒声、気合い、ときには笑い声や雄叫びが響く。
なんて声だ。とにかく大きくて太い。
すげえ。
この光景、この轟きには、圧倒されるか胸を躍らせるか。どっちかだ。
俺はもちろん後者で、はっきり言って興奮した。
「どうだッ、キサラギどのッ!」
ハイネマリーが笑顔を弾けさせて、バンバン俺の背中だの肩だのを叩いた。痛え。とんでもない力だ。おかげで俺はちょっとテンションが落ちた。それでも俺にしては高めだけどな。
「すさまじいだろうッ、我が鉄血王国はッ! これが鉄血王国ッ! 血湧き肉躍り炎舞い鋼鍛えられるドワーフの楽園なのだッ!」
「うーん。いや、マジ想像以上だわ。ドワーフはキてるな。キまくってる。どんだけキてんだよ。ドワーフやべえ。やばすぎだろ、これ」
「ははは! キサラギどのの申されようはいまいち理解できん! がッ! 我々ドワーフを褒めていることはわかるぞッ!」
「音が音がー」
モモヒナは耳をふさいで、目を回している。
「ここが、ドワーフの街……」
ミリリュはきょろきょろしっぱなしで、ずいぶん物珍しそうだ。
「しっかし……」
テンションが上がっていても、俺はそれとなくドワーフたちの様子をうかがうのを忘れていない。
たいていのドワーフは鍛冶仕事に没頭しているが、たまには俺たちのほうに目をやるドワーフもいる。
というか、俺とモモヒナに視線を向けるドワーフはそんなにいないが、ミリリュだけは別だ。なかには露骨に顔をしかめたり、そのへんにペッと唾を吐いたりするドワーフもいる。
エルフはドワーフを見下しているみたいだったが、どうやらドワーフも同じくらいエルフを嫌っているらしい。
まあ、それは予想の範囲内だったから、どうでもいいとして。
「女の姿がさっぱり見あたらねーな、ハイネマリーどの」
「それはそうだ!」
ハイネマリーは俺の背中というか腰をごしごし撫でながら、
「男の仕事はカジと戦い! 女の仕事はカジと戦い! 大昔からそう決まっているのだからなッ!」
「ん? 何? カジとカジ……? ああ、鍛冶と家事か。でも、戦うのは男も女も変わらねーんだな」
「もちろんだともッ! 戦いを知らんドワーフなどいない! 男だろうと女だろうと、ドワーフたる者、敵に激しく迫って白兵戦を挑み、これを粉微塵に粉砕するのだッ! ナイス・漢だ……ッ!」
「ナイス・漢」
俺が即座にそう返すと、ハイネマリーは俺の胸に頭をゴリゴリこすりつけた。
うん。
そこそこ痛ぇーけど。
いいけどな。
そんなこんなで、俺たちは熱い漢どもが文字どおり火花を散らしまくっている市街地を歩いていった。
漢祭最高潮の地点から外れてきたような感じがするので、たぶん市街地の端のほうなのだろう。ハイネマリーが、
「ここだッ!」
と足を止めて、横穴を指さした。
「ここが我が家だッ! 遠慮せずに入ってくれ、さあッ!」
入るのはかまわないんだが、その横穴の前にも金床があって、炉まである。
素人目にもなかなか立派に見える鍛冶空間で、一人のドワーフが諸肌を脱いで金鎚を振るっていた。
もちろん、男だ。
蝶々結びできそうなほど髭が長くて、上半身が一際逞しい。
ちなみに、そのドワーフの毛髪はオレンジ色で、瞳は緑色だ。
どう見てもハイネマリーと血の繋がりがある。年の離れた兄貴か、まあ、普通に考えれば親父だろう。
ハイネマリーはそのドワーフをガン無視して、家なのだろう横穴にずんずん入ってゆく。いいのか?
俺はハイネマリーのあとを追いながらドワーフから目を離さなかったが、相手は一度もこっちを見なかった。鍛冶に集中しているのか。だが、何か違う。ドワーフは明らかにこっちを気にしている。それなのに、わざと見ないようにしている。そんな気配があった。うーん……?
とにかく俺たちは、こうしてハイネマリーの「家」に邪魔することになった。
入ってみると、中はわりと普通の家だ。居間らしきスペースがあって、水回りがあって、寝室がある。壁を這っている金属の管は水道管か。
岩盤を掘ってそこを住居用に整えたらこんな具合になるだろう。意表を衝かれるようなところはとくにない。
俺たちはハイネマリーにすすめられるまま、金属製の椅子に座った。
ハイネマリーは金属製のコップに飲み物をついで持ってきてくれた。
「ふにゃー。ありがとー」
モモヒナはさっそく一口飲んで、
「ブフーッ」
と噴きだし、こほっ、こほっ、と咳をした。
「か、から、から、からっ」
「む?」
ハイネマリーは自分のぶんをぐいっと飲んで、
「辛いだと? これが? ふむ。人間の口にはあわないのか」
ミリリュは飲まずに匂いを嗅いで、顔をしかめた。
「……お、お酒、ですか? かなりきつそうな……」
「ふんッ」
ハイネマリーは鼻で笑った。
「エロフといえども結局はエルフの一種なのであろう。軟弱なエルフにとってはきついのかもしれんな。だが、漢ならば」
……そうきたか。
しょうがねえ。
俺はぐびっと飲んだ。
おぅ……ふ……っ。
一瞬で目が回りそうになったが、気合いでこらえた。
俺はこっそり咳払いをして、
「うめーな。うん。いやー。うめーわ、これ。口に合うわー。口に合わないわけねーわー。口に合っちゃうわーこれ。やばいわー。癖になるわー。癖になっちゃいたくなるわー。なんか生まれそうだわー。出てきそうだわー。閃き的なものが。やべーなーこれ」
「さっすがキサラギどのッ!」
ハイネマリーは親指を立てた。
「ナイス・漢ッ!」
「ナ、ナイス・漢」
「ぬ? 何か顔色がすぐれないような……?」
「き、気のせいだろ。絶好調だし。俺。なんだったらあれだし。腕立て伏せとかしたいくらいだし」
「おおッ、キサラギどのも腕立て伏せをたしなまれるのかッ!?」
「あ? ま、まあな。たしなまれなくもないな。うん。それなりにな」
「では、やりますかッ!」
やるか、ボケ。
……いやいやいや。待て待て待て。
当面、こいつの協力は必要不可欠だ。俺を漢と見なしておいてもらえないと困る。
「それより、教えてくれ、ハイネマリーどの」
「んッ!? 何をですッ」
「準備があるっつってたよな。どんな準備をしなきゃならねーんだ? 俺としちゃあ、ハイネマリーどのに任せっきりにしたくない。聞かせてくれ」
「むおおおおおおおォッ! なんたる責ッ! 任ッ! 感ッ!」
「普通だろ、このくらい」
ははは……と、笑いながら、俺は内心、げっそりしている。
想像以上に疲れるな、これ。
「……で、準備ってのは?」
「うむッ」
ハイネマリーは酒を一気に飲み干して、プハーッ、とやってから、
「ノールの倉庫はいくつかある。だが、キサラギどのの仲間が拉致された地点から考えて、十中八九、一番新しい倉庫であろう。ノールは倉庫を厳重に警備しているのだが、まだ新しい倉庫は保管物も多くなく、そうでもない。とはいえ、手勢が必要だ。有志を募って突撃隊を組織せねばならんッ!」
「あ。そうなの?」
「さようッ!」
「それって、何人くらい?」
「最低でも十人は必要でしょうなッ!」
「ふーん……」
話がでかくなってきやがったぞ、おい。
「まあ、心配は無用だッ!」
ハイネマリーは右の拳で左の掌をバシーンと叩いた。
「ノールはドワーフの天敵。心あるドワーフは常にノールの血に餓えている。一声かければ十人くらいはあっという間に集まるであろうッ!」
「あ、あの……」
ミリリュがおそるおそる手をあげた。
ハイネマリーは横目でミリリュを睨んで、
「何だ、エルフ」
「それは、その……どの程度、危険なものなのでしょうか。つまり、十人で攻めこめば、確実に突破できるものなのか……」
「ハッ! これだからエルフはッ!」
ハイネマリーはふるふると頭を振ってみせた。
「おぬしらは不死の王との戦いでも影森に依るばかりで、ほとんど打って出ることはなかった。我々ドワーフの鉄斧兵団が壊滅したボード野の戦いでも、おぬしらは援軍に駆けつける約束を破り、多くのドワーフを見殺しにしたのだ」
「そ、そんなっ……それはあまりにも一方的です。わたくしたちも、援軍を派遣しようとはしたのです。しかし、諸王の軍勢に阻まれて……」
「何と言おうと、エルフは約束を果たせなかった! それは事実だッ! 果たせなかったということは、果たさなかったのと同じなのだッ! エルフは真の戦いを知らぬ! 戦いとは己の命を賭けて行うもの! 殺るか殺られるか! 生きるか死ぬか! それが戦いだッ! だからこそ戦いは熱く、美しい! そうさな……」
ハイネマリーは顎をつまんで、なんということもないような口調で言った。
「倉庫の守りは少なく見積もっても百匹はいよう。おぬしらをふくめて十五人ほどで攻めこめば、犠牲は半分、七人か八人ですむのではないか。生存の可能性は五割。まさしく、生きるか死ぬかだなッ!」
俺はハイネマリーの無垢な笑顔を眺めながら、胸のうちで呟いた。
フォーエバー、イチカ。
愛などいらぬ。PVが欲しい。




