第32話 ショートコント
「えっ……」
イチカが目を瞠って俺を見た。
「あ?」
俺はイチカの視線を受け止めてやった。
「何だ。どうした」
「……何だもどうしたも何も。言うに事欠いて、みんながんばれって」
「俺は丸腰だからな」
「アルノートゥでいっぱい買い物したんでしょ!? 武器くらい買わなかったの!?」
「買わなかったな」
「なんで……っ」
「うっせーな。いいから準備しろ。くるぞ」
「っ……!」
イチカは泣きそうな顔でショートスタッフを構えた。なんかもう泣き癖ついちまってるな。もうちょっと我慢するようにしねーと、俺に飽きられるぞ。
「デルム・ヘル・エン・バルク・ゼル・アルヴぅ……っ!」
モモヒナがいきなり爆発の魔法をリザードマンたちのど真ん中で発動させて三人ほど吹っ飛ばしたが、そのうち二人はすぐに起きあがりそうだ。
「しゅっ……! りゃっ! はっ……!」
ミリリュはオッパイをぽゆんぽゆんさせながら先頭のリザードマンと斬り結びはじめた。
別のリザードマンがミリリュに向かって槍を突きだしたが、これはモモヒナが、
「もはーっ」
と杖で弾いた。
「わ、わたしは……!」
イチカは飛びだして二人を援護するべきか、その場で待機するべきか、迷っているみたいだ。
俺が指図してやってもいいが、少し迷わせておくか。イチカがわたわたしてる姿はわりとおもしれーし。
テムジンはちゃんと距離をとって、こっちをうかがっている。よしよし。いいぞ。
「はぁぁっ……!」
と、ミリリュが電光石火の一撃をリザードマンの首筋に見舞った。リザードマンはまだ倒れていないが、あれはたぶん致命傷だ。七剣メルキュリアン家継嗣の肩書きは伊達じゃねーってわけか。
とはいえ、最初にモモヒナの魔法を食らった二人が加わって、そのうち三対二になりそうだが、しばらくは四対二だ。
俺は悠然と河原まで歩いていって、腰をかがめた。
「ちょっ……キサラギ!?」
イチカがこっちを見てぎゃーぎゃー言っている。
「こんなときに、何してるわけ!? あんた、もう少し真面目に……!」
あーうっせーうっせー。無視、無視。
うん。
これなんかいい感じだな。これもいい。
俺は選り抜いた手頃な石ころをリザードマンめがけて投げつけた。
「おら!」
「ギャッ」
これが物の見事に、ちょうどモモヒナを槍で突こうとしていたリザードマンの後ろ頭に命中した。当然だけどな。俺だし。
「おら!」
気分がよくなって、俺はまた石ころを投げた。
「ギャッ」
「おら!」
「ゴッ」
「おら! おら!」
「ファッ」
「ガッ」
「うはははっ。すげーな、俺。百発百中じゃねーか」
リザードマンどもは俺が石をぶつけるたびにこっちを見る。
だが、やつらが相手にしているのは、魔法も使えるカンフーマスターと今はエロフだがかつて神童と呼ばれたソードダンサーだ。俺に攻めかかってこようとしたらその二人に背を向けることになる。もちろん、俺がそういう位置どりを心がけているわけだけどな。
「おらおら! 俺のほうなんか見てると、モモヒナとミリリュにやられちまうぞ!」
俺はやつらを嘲りながら、つづけざまに石ころを投げる。
河原には石ころなんかいくらでもあるので、投げ放題だ。
「ギャッ」
「ヒッ」
「ガホッ」
「ギッ」
「アガッ」
「んー。敵とはいえ、哀れになってきたな。つーか、あと一人か」
「さぁぁ……っ!」
ミリリュが最後のリザードマンを斬り倒し、華麗と言ってもそう大袈裟じゃないような流麗な仕種で血振をした。
「でもおまえ、オッパイはみだしかかってるぞ」
「はぅっ! も、申し訳ありません! お見苦しいものを……!」
「にゃはーっ。終わったねーっ」
モモヒナは、いい汗かいた、とでも言いたげな爽やかな表情だ。
俺は投げずに終わった石ころをひょいと浮かしたり握ったりしながら、
「まあ、俺のおかげで余裕だったな」
「あんたはただ、適当に石を投げてただけじゃない!」
「おまえは何もしてねーけどな」
事実だからぐうの音も出ねーだろと思ったら、イチカが本当に、
「ぐぅっ……」
と言いやがったもんだから、俺としたことがつい笑っちまいそうになった。おまえ、あれだわ。地味に才能あるわ。ショートコントとかは無理っぽいけどな。コメディアンになれるぞ。コメディアンヌか。今から転職したほうがいいじゃねーのか。
「お見事でございました、キサラギ様……!」
と、ミリリュがオッパイの位置を直しながら駆けよってきた。
「あのような戦い方があるとは、わたくし、想像だにしませんでした! 臨機応変にその場の状況を利用して戦局を有利にし、勝利を決定づけてしまう! キサラギ様はすばらしい戦術家です……!」
ちょっと褒めすぎじゃねーのかと思わなくもないが、戦術家か戦術家じゃねーかっつったら、戦術家か。むしろ、かなりハイレベルの戦術家だよな。
「まあ、ここが川だっつーのでピンときたよな。やっぱ。そこは俺だしな」
「きさらぎっちょん、石投げうまうまだねー」
モモヒナがそのへんに転がっていた石ころを拾って、
「ひょいっ!」
と投げた。
そうしたら、ものすんげー勢いで、遙か遠くまで飛んでいった。
「あははっ。あたしも得意かもだーっ」
「……まあな。飛距離とか威力とかも大事だけどな。狙ったとこに命中させねーとあれだしな。そこだよな、問題は」
「そっかあ。あたしはそういうの、そんなにじょうずじゃないかもだねー」
「でも、いいんじゃねーか。石投げてみるっつーのも」
「んー。けど、あたしは魔法でどっかーんってやったほうが、気持ちいいかなあ? いっちょんちょんは?」
「えっ!? わ、わたし?」
「うんうん。ちょっと、石ぴゅーんって投げてみて」
「石……」
イチカは石ころを持ちあげて、振りかぶった。
「えいっ!」
投げた。
落ちた。
イチカ自身の足許に。
「ぷっ……」
こらえきれなくて、俺は噴きだしてしまった。
「くっ……」
ミリリュも。
「わひゃひゃひゃひゃーっ」
モモヒナは腹を抱えて容赦なく大笑いしている。
「い、今のは! 違うっ! 間違っただけ!」
イチカは顔面を紅潮させて、別の石ころを拾った。
「もう一回……!」
振りかぶって、投げた。
「えい……っ!」
落ちた。
真下に。
イチカはしゃがみこんで頭を抱えた。
「っ……! なんで……っ」
「いや、俺が訊きてーよ。何なんだよ、おまえの右手。神が宿ってんじゃねーのか。今度からあれな。おまえのこと、神の右手って呼ぶからな」
「やめて! お願いだからっ、それだけは……!」
「どうしてもやめてほしいんだったら、それ相応の態度ってもんがあるんじゃねーの」
「や、やめて、くださ……って、どうしてこんなことで、わたしがそこまで下手に出なきゃいけないの!?」
「精一杯努力しねーと求めるものはえられねーぞ、神の右手」
「だから、呼ばないでってば!」
「ところで……」
と俺が言うと、イチカは両手で耳をふさいで、
「呼ぶなっ!」
「呼んでねーよ」
「え?」
「聞こえてんのかよ、神の右手」
「呼んだし!」
これなら鍛えればショートコントもなんとかいけるかもな、と思いながら、俺は石ころを拾った。
涙の河に、ぽつ、ぽつ、と小さな皿みたいなものが浮かんでいる。
あくまで皿「みたいなもの」であって、皿なんかじゃねーわけだが。
皿みたいなものが、ぼしゃっ、とせりあがった。
あーあらあら。
リザードマンさんじゃあーりませんか。
俺が石ころを投げると、そのリザードマンの眉間に当たって、
「ギャッ」
と水中に顔を引っこめた。
でも、小さな皿みたいなものはリザードマンの頭で、ようするにたくさんいる。
「この川、リザードマンの住処なのかよ」
俺は石ころを持てるだけ拾って、ため息をついた。
「やれやれ、だな」
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