第31話 手をのばす
歩いていても休憩していても野営してさあこれから寝るぞってときも、イチカのやつがどこに行くのどこに行くつもりなの何をするの何が目的なのとやかましいので、とりあえず俺はしばらくの間、イチカとは一切口をきかないことにした。
イチカは俺に無視されつづけると、しまいには半べそをかきはじめたが、まあやつにはいい薬だろう。
求めれば答えがえられる、なんていう甘っちょろい考えは捨てるべきだ。
どうしても答えが欲しけりゃ自分でひねり出せばいいし、それができなくて他人にすがるのなら、ただクレクレするだけじゃなくて工夫しなきゃダメだろ。
「たとえば、超絶おもしれーショートコントか一発ギャグを披露するとかな……」
俺が焚き火に枯れ枝をくべながらぽつりと呟くと、向かい側に座っているイチカがぴくっと肩を動かした。
「……ショートコント?」
イチカは俺に訊いているのだろうが、俺はあくまでただ呟いているだけだ。
「あー。ショートコント見てーなー。ショートコントなー。もしメタクソおもしれーショートコントとか見せつけられたら、今後の予定とかうっかり口に出しちまうかもな。ショートコントがおもしろかったらなー。つい言っちまうかもなー。可能性としてはあるよなー」
「ショート……コント……」
イチカはうつむいて、真剣に考えこんでいるみたいだ。
ちなみに、モモヒナとミリリュは横になって寝ている。
まだ影森の中だ。この森には危険な夜行獣も棲息しているので、野営中は交代で見張りを立てないとまずい。
「ショートコントって」
イチカは上目遣いでうかがうように俺を見た。
「一人でできるもの……?」
俺は当然、返事なんかしない。あくまで俺は呟いているだけだからだ。
イチカは唇をぎゅうっと噛んで、また下を向いた。
「……でも、ショートコントなんて、わたし……ネタとかないし……そんな、即興でとか無理だし……け、けど、一発ギャグくらいなら、なんとか……」
とかなんとかぶつぶつ言ったあげくに飛びだしたのが、それかよ。
イチカは両手をチョキの形にして、それを左右の目の横にあてがった。
「か、仮面、舞踏会……」
……………………………………。
…………………………。
………………。
…………。
俺はため息をついた。
「い、今のは、なしっ!」
イチカは顔を真っ赤っかにして両手を振った。
「え、えっと……布団が……ひっこんだ。あっ、違った、そうじゃなくて、えと、ふ、吹っ飛んだ。やっぱり、今のもなし! ええと、さ、逆むけ……逆むけ? こ、これはだめ、逆むけじゃなくて、な、な、なし……梨? よくわかんなくなってきちゃった、えっと、ええと……もう、むしろショートコントのほうが……」
それ以上傷を増やすな、傷口をほじくって広げるなと助言してやりたいところだが、あいにく今は無視中だ。
つーか、そこまでいっちまうともはや哀れだな。
俺はいたたまれなくなって、モモヒナとミリリュを揺り起こした。
「おい、モモヒナ。ミリリュ。起きろ。そろそろ交代だぞ」
二人はすぐに起きて、俺は寝転がった。
「ぬー? いっちょんちょん、なしたのー?」
「イチカさん、どうなさいました? 何かあったのですか?」
「……なんでもない」
イチカは落ちこみまくっていて、モモヒナとミリリュに慰められていたが、知ったことか。俺は眠った。
そんなこんなで、影森を出るのに三日もかかった。
まあ、直線距離にしたらそこまでじゃないんだろうが、何しろ地の裂け目で分断されまくっているので、まっすぐ進めない。
俺がアルノートゥで買ったものの中には地図もふくまれているが、どの地図にも影森のことは詳しく書かかれていなかった。
おそらく防衛上の都合などもあったりするのだろう。エルフは自分の足で影森の地理を覚えて、記録のたぐいは残さないことになっているらしい。
ミリリュに案内させなかったら、俺といえどもきっと迷子になっていた。
影走りなどの危険な猛獣をほとんど避けられたのも、ミリリュのおかげだ。
俺は方角だけは示しているから、ミリリュはもしかすると、だいたい行く先に見当がついているかもしれない。
でも、モモヒナは知らない場所ならどこでもいいみたいで気にしていない様子だし、土地鑑が皆無で方向感覚も微妙なイチカはさっぱりだろう。
それでもようやく質問しなくなってきたイチカに満足しつつ、大昔の戦いの跡だという枯れ山や、霧深い灰色湿原を北東に突っ切って、四日。
俺たちはとうとう涙の河と呼ばれる川にぶちあたった。
俺は河原でテムジンを立ち止まらせて、涙の河の上流を指さした。
「俺の目的地はあそこだ」
「あそこって……」
イチカは俺が示した方向に目をやって眉をひそめた。
「山……?」
「わおーっ!」
モモヒナは元気一杯、ぴょこぴょこ跳びはねた。
「山だーっ! 山ぁーっ! やぁーまやぁーっ!」
なんか間違っているような気もするが、楽しそうだし、目くじらを立てることもないだろう。
ミリリュが我が意をえたり、とばかりにうなずいた。
「やはり、黒金連山」
「まあな」
俺は首をぐいっと曲げた。関節が鳴るかと思ったんだが、鳴らなかった。
「黒金連山にはドワーフっつー寸胴で髭もじゃの種族が住んでるらしい。エルフはドワーフが嫌いなんだろ」
「わたくしは、とくに嫌いということは……」
ミリリュはさっと目をそらした。その反応からすると、嫌いとまではいかないが得意じゃない、といったところか。
「ひげもじゃさんかー」
モモヒナは自分の指を髭に見立てて、にひひー、と笑った。
「ドワーフドワーフっ。早くドワーフに会いたいねー」
「……ドワーフ」
イチカは眉根を寄せて不安そうだ。相も変わらずビビリだな。
「そのドワーフっていう人たちに会うのが、あんたの目的なの?」
「さあな」
「っ……」
「どうだかな。わっかんねーぞ。違うかもな」
「はっきりしなさいよ! ここまできたんだからっ!」
「いやだ」
「なんでっ」
「何も泣くことねーだろ」
「泣いてないっ」
「目が赤くなってんぞ」
「これはっ……! 違う、目にゴミが入っただけっ」
「何!?」
俺は慌てたふりをして下馬し、イチカに迫って肩をつかんだ。
「目にゴミが入っただと!? どっちだ!? 右目か、左目か!?」
「えっ……?」
「見せてみろ、俺がそのゴミ、きっちりとってやる!」
「……や、そっ……い、今のは、言葉の綾っていうか……」
「うっそーん」
「っ……!」
イチカは俺の胸をバシンッと平手で叩いた。
「いってーな。何すんだ、凶暴女」
「嘘つくからでしょ!」
「目にゴミ入ったとか、最初にくだらねー嘘ついたのはおまえじゃねーか」
「そ、それは……っ。それは……わたしが悪かったけど……」
イチカは鼻をぐすぐすさせている。ほんと、こいつからかうとおもしれーな。
もっとも、遊んでいる場合でもなさそうだ。
「ぬふー……?」
モモヒナがきょろきょろしている。
ミリリュがそれに気づいて、剣の柄に手をかけた。
どこだ?
俺は剣に手をのばそうとした。やめて、ひっそりと苦笑する。
ねーんだよな。ソウルコレクターは、もう。俺としたことが。まあ、それがどうしたっつー感じだけどな。
俺は一撃必殺の魔剣ソウルコレクターを失った。盗んでいったのは、たぶん不死族だ。もともとソウルコレクターの持ち主だった義勇兵サジも、似たような腕が四本ある不死族に追われて、俺が見つけたときは瀕死だった。
あの不死族はソウルコレクターの行方を追って、どうやってか知らないが、とうとう俺にたどりついた。
不死族のことはよく知らねーけどな。それくらいあの魔剣は連中にとって大事なものだってことか。威力、効果を考えれば、納得できなくもない。
ソウルコレクターを奪われた夜、俺は殺される寸前だった。俺だけじゃなく、一緒にいたミリリュやイチカ、モモヒナだって死んでいたかもしれない。あの剣でかすり傷でも負わされていたら、そうなっていた。
俺は、俺たちは、運がよかった。
もちろん、奪回することも考えた。白状すると、めちゃくちゃ考えまくった。
しかし、考えれば考えるほど、それは実現性に乏しい望みだと結論づけざるをえなくなった。
そりゃそうだ。
あの不死族は俺たちが寝ていた部屋に忍びこみ、まんまと魔剣を奪って、あっという間に姿をくらました。どう捜す? サジは旧イシュマル王国領の奥地でソウルコレクターを手に入れたと言っていた。旧イシュマル王国領は不死族の根拠地らしい。そこまで行ったって、何の手がかりもないのに、やつを見つけられるか? やつは魔剣の奪還を命令された使いっ走りにすぎないかもしれねーわけだしな。つーか、おそらくそうだろう。
普通に考えれば無理だし、普通じゃなく考えても無理だ。
じゃあ、どうする?
「川だーっ……!」
モモヒナが叫んだ。それと同時かその直前に、川音とは違う水音がした。
俺は涙の河のほうに目をやった。最初、ワニかと思った。ちょっと似ていなくもないが、そうじゃない。ワニは二足歩行したりしない。前足というか手に槍を持っていたりもしない。ワニ人間。いや、トカゲ人間か。トカゲ人間が川から頭を、身体を出した。
一人じゃない。
二人、三人、四人……五人。
五人いる。
「あれは……!」
ミリリュがミスリルの剣を抜いた。
「見たことはありませんが、たぶんリザードマンです……!」
リザードマンたちが次々と川から上がってくる。
「よし」
俺は腕組みをして、力強くうなずいた。
「みんながんばれ」
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