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自分達の幸せを

ゴーン……ゴーン……


買い物を終え、夕暮れの潮風に吹かれながらのんびりと宿へ戻る道中の事だった。

小高い丘の上に建つ、白亜の美しい教会から重厚な鐘の音が響き渡る。


教会の広場には、大勢の参列者に囲まれた新郎新婦の姿があった。


「わあ……結婚式だ! 綺麗……!」


エリンが目を輝かせて足を止める。

海を背景にした広場では、純白のドレスが風になびき、人々が惜しみない拍手と祝福の声を送っていた。

「神の御加護を!」「末長くお幸せに!」

参列者は誰もが笑顔で、公に認められた二人の門出を祝っている。


「ねえ、見てきていい!?」


目を輝かせて聞くエリン。

二人は一瞬視線を合わせ、頷く。

するとエリンは参列者の中へと飛び込んでいった。


それを優しさと寂しさ、悲しさなどが入り混じった複雑な目でエリンの向かう先を見る。

エドワードとエヴァはどうしても教会が苦手だった。

二人は禁忌を犯してしまったために、神に祝福されるどころか断罪されてしまうのではという恐怖。

教会など神聖な場所には、近づく事すら躊躇われた。


新郎と新婦は参列した人々と代わる代わる握手をしていた。

結婚式ではこの握手が幸せのお裾分けという意味があるらしい。

私達は幸せです、祝ってくれてありがとう、あなた達も幸せになってください。

そう願って手から手へ幸せを届けるのだ。


ふと、エドワードは自分の手を見てしまう。

自分の手はあの新郎新婦の手から幸せを受け取る資格はない。触れてはいけない。

血の繋がった妹を――愛してはいけない女を抱いてしまったこの手は祝福を受け取る器としてあまりにも不適格だ。

離れた場所から見ている事しか許されない。


(俺たちは……)


エドワードの胸を、言いようのない寂寥感がかすめる。

どれほど深く愛し合っていても、どれほど固い絆で結ばれていても、自分たちの愛は、光の下では認められる事がない。

誰からも祝われず、神の前で誓うこともできない。

ただ「兄と妹」「叔父と姪」という偽りの役を演じなければ人前に出る事すらできない。


ふと隣を見ると、エヴァもまたどこか遠い目で新婦を見つめていた。

いつもポジティブな彼女の瞳に、どこか孤独の影が差していた。


エヴァの視線は、離れた場所からでも輝いてよく目立つ、新婦の左手薬指で光る真新しい銀の指輪に釘付けになっていた。

それは白日の下で「私はこの人の妻です」と周囲に知らしめる印だ。

エドワードから贈られた指輪は大切に持っている。だが、指に嵌める事はできない。


「亡き夫の忘れ形見」という嘘で指輪を常に嵌めておくこともできない事はない。

それでも、それだけはどうしても嫌だった。

贈られた指輪はエヴァにとってエドワードの妻である印、それ以外の意味を持たせる事はできなかった。


だがそれは同時に、二人の絆の証明であるエリンには別の意味を持たせてしまっている事実に直面する。

だからこそ、安心してエドワードを「パパ」と呼んで暮らせる地を探さなくてはならない。



――その時だった。


「 はい、幸せのお裾分けだよ! わたしもいつかあんなふうに、結婚できるかな?」


戻ってきたエリンが新郎新婦の真似をして二人の手を取り、ぎゅっと握りしめて笑った。


「…………」

「…………」


エドワードとエヴァは驚いたようにエリンを見る。


その無垢な笑顔には、自分たちの境遇への嘆きなど微塵もない。

ただ、大好きな両親と共にこの場所で、同じ景色を見ていることへの喜びがこれでもかと溢れていた。


ああ、その笑顔のなんと眩しい事か。

エドワードの心に溜まった冷たい霧が、ふっと消えていく。


エドワードは再びエヴァと視線を合わせた。

エヴァもまた、先ほどまでの寂しげな表情を消し、いつもの勝気で強気な愛する妻の顔に戻っていた。


(ああ……そうだ。誰にも認められなくても、俺達の正解はここにある)


「おじさん、ママ、どうしたの?」

「いや……なんでもない。そう、なんでもないんだ」


エドワードはエリンの頭をくしゃくしゃと強く頭を撫で、エリンはきゃーっと嬉しそうに笑顔になる。


「それにしても結婚だって?エリンはまだ10歳だ。そんな事考えなくていいんだよ」

「ちょっと、お兄ちゃん。何焦ってるの」

「あと、少なくとも俺に勝てるくらい強くないと認められないな」

「だーめだこりゃ。完全に親馬鹿モードに入ってるよ……」


エドワードを諫めながらエヴァは思う。

そうだ、この子は正しく人を好きになり、そして結ばれ、皆に祝福されながら光の当たる道を歩いて欲しい。


よっ!と力を入れてエドワードはエリンを抱き上げ、その背中を包み込む。

エヴァも二人に寄り添い、エリンの頭を優しくなでる。

エリンは抱き上げてくれる父、寄り添ってくれる母に囲まれ嬉しそうだ。


港に沈む夕日が、三人の黒い髪と赤い瞳を、誰よりも赤く染め上げる。

賑やかな祝福の声から離れた場所で、三人の重なった影はどんな"正しい"家族よりも深く、強く、結びついていた。


「よーし!お兄ちゃん、エリン、宿に戻ろう!あ、その前にどこかに寄ってご飯食べよう!」

「うん! 貝とエビと……あー楽しみ!全部食べちゃうから!」

「……ほどほどにね」


潮の香る夜の帳が下りる中、三人は手を取り合い歩き出す。

背後で鳴り響く祝福の鐘の音は、今の自分たちには遠い世界の出来事だ。

けれど、エリンが握りしめる手のひらの熱だけは、何よりも確かな現実としてここにある。

少なくとも、この小さな手から伝わる熱は十分なほど幸せにしてくれるのだ。

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