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宴にあこがれる名もなき化け物  作者: 杜ノ宮紅花


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1/6

〈あれ〉


 とある里のはずれ。

 山奥に進んだ先に、さびれた数寄屋(すきや)造りの離れがある。


 化け物の()み姫がいると噂されるその屋敷で、妖狐の少女が独りぽつねんと、座敷の鏡台をのぞき込んでいた。


 ――鏡の向こうで、〈あれ〉がじーっとこちらを見つめている。


 (よわい)七歳の瑞々(みずみず)しい白肌と、深栗(ふかぐり)色のさらさらとした髪の毛。

 そして、異質な、両目にまとわりつく黒い闇の(もや)


(やっぱり、とれないや……)


 その黒もやは、ごしごしと擦っても、水で洗っても、決して消えることはない。

 物心ついた時から、両目はこの気味の悪いもやもやに覆われていた。


 目は見える。


 でも、相手からこちらの目は見えない。


 名もなき不気味な化け物。

 忌み子の姫。



 通称、〈あれ〉〈それ〉〈これ〉。


 里の大人たちが忌々しげにそう呼ぶから、鏡の中の〈それ〉は〈あれ〉なのだ。



 〈あれ〉には名前がない。

 話し相手も、触れ合える相手も、誰もいない。


 週に一度、里の者がこの山奥の離れにやって来て、玄関に一週間分の物資を置いていく。


 彼らの会話に聞き耳を立てることはできても、話しかけたり、人前に現れることは禁止されている。


 与えられた本を独りで読んで学び、与えられた食料を独りでやりくりして生き延び、人の温もりや常識を知る機会はない。



 生まれた時から、どうしてなんだろう。



――そういうものだからです。



 ふいに、記憶の欠片が脳裏をよぎる。

 分からないけれど、そういうものなんだ。



 だから、きっと、仕方ない。



 〈あれ〉は、縁側に座った。


 常夜の闇のなか、月光で照らされた庭と、池の周りに群生する赤いヒガンバナ。

 それらを何となく見て、ふんふんふーんと、鼻唄を歌ってみる。


 遠くから、楽しげな祭囃子(まつりばやし)が聞こえて来る。

 里には一度も行ったことがない。気になるけれど、ここを出てはいけないから仕方ない。


 太鼓の音に合わせて、足をぶらぶらさせてみる。

 やわらかいほっぺを、むにゅっと両手で持ち上げて、笑ってみる。


 よく、分からない。


 『黎明(れいめい)の宴』の本に書いてあった笑顔って、どうやって作るんだろう。

 祭りの音と鈴虫の鳴き声が彩る夜に、孤独な少女は独り、きょとんと首をかしげたのだった。






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